水墨画
はじめまして、はじめましてではない方はお久しぶりです。今回のお話は中華ハイファンタジーです。水墨画から異世界転移をした主人公、出会った仙人に思い付きで仙人になりたいと伝えます。果たして彼は仙人になれるのでしょうか?それとも?
楽しく読んでいただけたら嬉しいです。
何時だろう?寝てたのか?
日差しが部屋に差し込んでいる。
まぁいい、朝でも昼でも夕方でも、俺にはもう関係ない。
ただ時間が過ぎるだけだ。
壁の掛け軸にも日差しが当たってる、水墨画だ。
俺の部屋には明らかに異質で不釣り合いな物。
俺のじーさんが生前分与だとか、無理やり部屋の壁に押し付けられた物だ。もう家族はみんな先に逝っちまったが。
掛け軸は水墨山水画というらしい、岩山と小さな家とじーさんが雲に乗ってる。仙人だろうか?
どうせなら俺の枯れてる人生も、この絵みたいな仙人になって霞を食べて生きてみたいな。
◇◇◇◇
以前の俺はSE、システムエンジニアだった。
過度の労働、終わらないデスマに俺の体は耐えられなかった
朝起きると体が動かなくなっていた。意識はある、目は動く、でも手も足も動かせない、声も出せない。一人暮らしの俺には地獄のような時間だった。スマホには会社から恐ろしいほどの着歴があった。
なんとか動くようになったのは半日を過ぎてからだった。救急車を呼び病院に運ばれドクターストップがかかった。
俺はそのまま会社を辞職した。
そこからは記憶が曖昧で、ただ何となく生きてる。
◇◇◇◇
「人生には三つ坂がある、上り坂、下り坂、まさか」
上司の受け売りだ。
今、まさかを実感している。
確か、俺は失業して部屋に引きこもっていた。生活のリズムも狂って、食生活も狂っていた。
立ち上がった時に足元がふらついて、壁に手をつこうとして、掛け軸に手をついた、はずだった。
とぷんっ
音がした。
俺は掛け軸の絵の中に転がるように入っていた
掛け軸は水墨画でモノクロだったはずだが、今の俺が見える周囲は総天然フルカラーで、緑の木々があってゴツゴツの岩と青い空があって。
俺はふらついて中に入ったはずだったが、地面にコロンと転がっていた、どこも痛くない。
「お主どこから来た?」
目の前にいた爺さんに、穏やかに声をかけられた。
白い頭巾を被った頭、白い長い髭、ゆったりとした着物姿、少し厳しそうな目元、絵の中に描かれていた仙人の姿そのものだった。
「え、えーと、えーと」
声がやたらと高い、あと喋りにくい。
「えーと…」
話せなくて涙が出て来そうになる。
なんだこの豆腐メンタルは。涙腺もゆるい。どうなったんだ?
「お主、その年齢ではないな?」
言うが早いか爺さんは俺を抱え上げた、軽々と。
いや俺、成人男性で平均はあるし。すごい爺さんだ!と思ってたら
俺の手足はものすごく小さかった。
「えええーーー!」
やたら高い声に小さい手、俺は幼児だった。
爺さんは雲にのり家に連れ帰ってくれた。
俺は初めて雲に乗った。テンションが上がった。
「キャァーーーしゅごーい!」
なぜだろう、シンプルな単語しか言語化されてない気がする。
爺さんは俺を抱え上げたまま、俺が掛け軸で見ていた家に入ると、大きな甕の中を覗き込ませた。中には水が満々と湛えられていた。
「お主とちと話そうか」
そう言うと、俺を甕に入れ水の中に沈めた。
掛け軸の次は水?
しかし苦しくない、冷たくもない。
周りは甕の中ではないようだ、水の中は薄明るく周囲はぼやけていた。ん?手足が長い、元の姿に戻ってる!
あー変な夢見たんだ。雲に乗るとか楽しい夢だった。もっと楽しめば良かったな。で、ここは?
目の前に爺さんがいた。
「お主の今の中身はそれか」
「あ、はい」
「お主なぜここにいる?ここの者ではあるまい。」
「はい、多分」
「お主、何か用があって参ったのではないのか?」
「………用?」
用、用か…きっとこの爺さん仙人な気がする。
これ夢かな?それともアレかな、異世界転生とか?俺は異世界でチートで無双できたり?ちょっとドキドキする。
俺は掛け軸に入る前に考えていた事を思い出した。
「あーえーと、俺、仙人になってみたいです」
「ふむ」
仙人の爺さんは白くて長い髭を手で梳かしながら話して来た。
「仙は仙たる意味を持ち、在る。お前が仙人になろうとするのは何故か?」
えーと、仙人になりたい志望動機かな?
「あーんー何というか、生きるのに疲れたと言うか…仙人だったら楽できるかなー?て」
我ながら酷い理由だ。
爺さんは目を細めて俺を見ている。怒ってるのか笑ってるのか、わからない目だった。
俺は今になって緊張してきた。
「そうか仙人は楽をできるか、そうかもしれんなぁ。しかしな、お主、何ができる?」
「え?」
「見た所、道に詳しいようでも無い。仙骨もない、気も練られておらぬ、何の才もないようだが」
爺さんの言ってる事が何一つわからない、タオ?センコツ?キをネル?
場違いな面接に来た気分になった。
「あ、ならいいです。それより、帰りたいんですけど。どうしたらいいですか?」
俺は早めの判断をした、絶対に仙人になりたい訳じゃない。
「簡単に捨てるのだな、ふふ。しかしな、帰ると言っても、その道は無い。お前はここに在るから今ここなのだ。なぜおるのか探さねば帰れぬぞ?」
爺さんはサラリと酷い言った。
それから俺と爺さんで、祖父と孫みたいな生活が始まってる。
人生に「まさか」はあった。
ここまで読んでくださりありがとうございます、主人公の彼は仙人の元で一緒に暮らす事になりました。これから彼はどうなってしまうのか?
次回更新は明後日の予定です。次回もよろしくお願いします。