クロノブラックの秘策(笑)です! ~スパイスの絆~
クロノブラック。どんなときも冷静沈着でいられる特殊な訓練を通信教育にて受けた戦士。
その冷徹さに、人々は恐れをなしたという――
「くそぉおぉぉぉっぉおっぉおっぉ!! 魔法少女めぇぇ!! 私が言われたらイヤなことを全部言いやがってっ!!!! 幼稚園で先生に習わなかったのか!? 人にされてイヤなことは人にしちゃだめだってっっ!!!! そうか! 魔法少女どもは幼稚園中退の低学歴だったんだな!! あぁーー! 私が特殊な修行受けてなかったらもうアレだ……ほんとアレ……もうヤバかったからホント……っ!!!」
ここは『賢者の会』の本部。
ぜぇぜぇと息を荒げてブチギレているのは『クロノブラック』こと、長宗我部 黒乃だった。
「ま、まぁまぁお姉ちゃん……落ち着いて……」
なだめるは妹の『シロノホワイト』こと長宗我部 白乃だった。
「そ、そうだな。私らしくないところを見せた。すまない」
「う、ううん。気にしてないから」
白乃は、「お姉ちゃんらしいけどなぁ」と思ったけど何も言わなかった。
「気を取り直してだな、白乃」
「な、なぁにお姉ちゃん」
さっきまでブチギレて髪をわしゃわしゃしていたためか、黒乃の髪は静電気でモワモワしている。本人的には気を取り直したつもりでも、どこかしまらない印象を抱かせた。
「お前に諜報活動を頼みたい」
「ちょ、諜報活動……ス、スパイってこと……?」
「ああ」
そう言った黒乃の髪の毛が隙間風に煽られ、さらにフワフワしてしまった。白乃はさすがに言ったほうがいいかなぁと思ったが、やっぱり止めておいた。
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場所と時間変わって岳たちの学園。 岳は先日の出来事を盛りに盛ってクラスメイトたちに自慢げに話して聞かせていた。
「――ってなワケで、最後に犯人の女性は言ったの。『あぁ、岳さまという人間の鏡みたいな人に出会えて
本当に良かった。私は岳さまのお蔭で罪を犯さずにすみました』」ってね」
ふふん! と鼻を鳴らして胸を逸らせる岳。
「すご~い!」「ちゃんと魔法少女やってたんだ~」「カッコイイ!」「岳お姉さま抱いてください!」
「でも最後に『シロノホワイト』におもらしさせちゃうトコ、岳ちゃんらしいよね」「ねー! ははは!」
クラスメイトたちは岳の話は盛ってあるということを理解していたが、それはそれで面白いので楽しく聞いていた。
「岳は調子いいなぁ、ほんと」
「……ふふ。でも、そういうところが大好きです」
少し離れたところから見守るのはカグヤとボナペントゥーラ。
――キーンコーンカーンコーン。
鐘の音を聞きクラスメイトたちは各々の席に着いた。朝のホームルーム開始の時間だ。
しばらくすると、担任教師がやって来た。
「みんなおはよー」
担任教師は気だるげに入室してきた。
「先生はー、昨日もお見合いパーティー行ったんだけどねー、全然いい人いなかったよー、ほんと。年収2000万以上、身長180センチ以上、25歳以下にまで条件下げたのにー。世の中腐ってるよねほんとー。てなわけで、今日は転校生がいるので紹介するよー」
生徒たちに世の中の理不尽さを身を以て教える模範的教師である。
その彼女が「入ってきていいよー」と言うと、教室の前の扉が遠慮がちにガラガラと開けられた。
「あ、はい。ど、どうもです……」
ぺこりぺこりとお辞儀をしながら申し訳なさそうに入ってくる少女。
栗色のミディアムヘア、くりくりした小動物のような瞳、小柄な体系は庇護欲をそそる。そんな美少女であった。
「はいー。こちら転校生の長宗我部 白乃ちゃんですー。まぁせいぜい仲良くしてあげてねー。長宗我部さん、自己紹介してねー」
白乃は家で練り上げてきた自己紹介文を思い出そうとした。
「……あ」
すると、岳、カグヤ、ボナペントゥーラの存在に気が付く。
様子からするに自身が『シロノホワイト』であることはバレていないようだが、万が一バレたらと考えると、緊張で頭が真っ白になってしまった。
「え、ええっと。わ、私、お姉ちゃんの命令で……その、この学校にいわゆるスパイっていうか……ちょ、諜報活動に来てます! ひ、人とお話しするのは苦手だけど好きですっ!」
本来の予定であれば、事前に家で考えてきた自己紹介文を暗唱するはずだった。
「え、スパイ?」「中国かロシア?」「怖~い」「でもちょっとカッコイイよね」「何人ヤったんだろ~」
等、クラスメイトたちがざわつく。
「ち、ちがっ! 違います! 言い間違えちゃった!! あ、あの、スパイとかじゃなくて……!! そ、そうだ! スパイス! スパイスって美味しいよねって言おうと思ったんです!!」
流石に無理がある。言い終わった瞬間そう思った。
しかし、ここの学園の生徒たちは岳やカグヤと同じような頭の作りをしている。
「そっか~言い間違えか~」「スパイス美味しいよねー」「スパイスバイイングとかよく行くの~?」「スパイスってなに?」
とのように、都合よく勘違いしてくれた。
白乃はほっと胸を撫で下ろす。
「スパイス大好き転校生の長宗我部さんだねー、質問とかある人いるー?」
担任教師が言った。
すると、数人のクラスメイトが手を挙げた。
「はーい。それじゃあ、円城寺さんー」
担任教師に指名された岳は、一番に選ばれたことが嬉しかったのか嬉々として立ち上がった。
一方で、白乃の方は……
――あ、あの娘、魔法少女の……。
バレていないとはいえ、どうしてもドキドキしてしまう。
――ど、どんな質問が来るんだろぅ……。
身構える。次こそはさっきみたいなミスはしないぞと誓う。
「スパイス通の長宗我部さんに聞きたいのだけれど、アメリカやヨーロッパではスパイスを加熱処理してから流通させていることは有名よね。それに対して、日本ではそれを行っていない。『日本家政学会誌』によると、加熱処理をしていないスパイスには食中毒の原因となる微生物が混入している場合があるらしいわ。にもかかわらず、加熱処理をせずに流通させる日本のやり方……どう思う?」
白乃は困惑した。
まさか適当に言ったスパイスの話をここまで広げられるとは。
白乃はスパイスについては素人同然であった。
「え、ええっとぉ……加熱処理とかは……やっぱりちゃんとやった方が、いい、のかな……? そ、それが世界基準だしね」
白乃は岳の言うことがほとんど理解できなかったが、知ったかを使って切り抜けることにした。
「そうよね! そうよねっ!」
同意が得られてテンションの上がる岳。
白乃はへへへと愛想笑いを浮かべる。
「ちょっと待てよっ!」
しかし、声を上げた者が現れた。
白乃は声の主の方を見る。
――あ、あの娘も、魔法少女の……。
「ボナペントゥーラ……私に意見すると言うのかしら?」
反論を唱えるボナペントゥーラに対し、岳は強気に出た。
「黙って聞いていれなくてねっ! 欧州や米国におけるスパイスの加熱処理……それは放射線で行われている! スパイスの中のわずかな微生物なんかより、放射線が人体に与える影響の方を懸念すべきじゃないの? ね! 長宗我部さん!!」
白乃は、自分に話を振られたこと、それと、スパイスの話がまだ続くことに動揺を隠せない。
「ほ、放射線……そうだよね。そ、そこも専門家によって意見が分かれるところだよね……いわゆるアレだよね。あ、あの……あ、雨降って地固まる。みたいな」
白乃の知ったかはまだ続く。ちょっと調子に乗ったのか、わけのわからないことわざまで飛び出した。
しかし、そんな彼女をよそに、岳とボナペントゥーラは舌戦を繰り広げる。
「岳のバーカ!」
「ボナペントゥーラのアホー!」
「岳のシスコン!」
「ボナペントゥーラの超アホー!」
「岳のおもらし好きの変態野郎!」
「ボナペントゥーラのすごいアホー!」
「ってか岳お前語彙少なすぎだろっ……」
低レベルなやり取りをかわす岳とボナペントゥーラ。
「お二人とも、熱くなりすぎです」
にらみ合う岳とボナペントゥーラを遮るように声を発したのは、カグヤだった。
――ま、また魔法少女の人!!
白乃は、魔法少女には変人しかいないことを悟り始めていた。
「いいですか? 食物全てにおいて、それがどんな健康食材であっても『食べる』ということには必ずリスクが付きまといます。それはスパイスも例外ではありません。たとえば、スパイス通なら誰もが知るナツメグ……長宗我部さんは食べたことありますよね?」
またも突然話をふられた白乃。
「ナ、ナツメグ……当然ありますよ! で、でも、ナツメグは食べ方によって毒にも薬にもなるっていうか……その……」
またも渾身の知ったかぶりを惜しげもなく披露。
「その通りです。さすがはスパイス大魔王の長宗我部さんです。ナツメグにはミリツチシンが含まれています。生での大量摂取では、動悸、嘔吐、幻覚症状が出ることがあり、稀ですが死亡例もあります……ね、スパイス大魔王の長宗我部さん」
なんでこの人たちはいちいち自分に話をふるのだろうかと白乃は不思議に感じた。
「そ、そうです! どんなモノを食べるにもリスクはあります! だ、だから、小さなことに囚われ過ぎず、楽しく、正しく、美味しく食事することが大事なんですっ!!」
白乃は自分の生きてきたうちで最高の知ったかを披露した。
「そう……だったわね。私、スパイスを愛するあまり、大切なことを見失ってた」
白乃の言葉に対し、岳はしんみりとした様子で言う。
「……うん。ボクも、基本を忘れてた。いがみ合うよりも、みんな一緒に笑顔で食べた方が美味しいってことを!!」
ナペントゥーラはそう言って、岳のところへ駆け寄る。
「岳っ!」
「ボナペントゥーラッ!」
熱い抱擁を交わす二人。
それに対し、クラスメイトたちは……
「感動した……」「映画化決定だよぅ」「キマシタワー!」「友情って、ほんといいよね」「道徳の授業みたいだね」
と各々の感動を声にしていた。
このクラスちょっとどうかしてるのではないだろうか……そう考え始めた白乃。
そんな彼女の隣にやってきたのはカグヤだった。
「ありがとうございます」
礼を言うカグヤ。
「え……?」
「あなたのスパイス愛のお蔭で、私たちの友情は守られました」
「そ、そんな……わ、私はなにも。それに、スパイス愛はあなたたちの方が……」
それは事実である。
「いいえ。あなたは間違いなく、スパイス大魔王です」
「そ、そうですか」
スパイス大魔王は、ちょっといい話風にされていることに違和感を抱いたが、まぁいいかと思うことにした。
「岳~! 本当はお前のこと大好きだからな~!」
「ええ! わかってるわ! 私も、うさみんとあなたを嫁にするって決めてるの!!」
抱き合う二人を見て、岳×ボナペントゥーラというカップリングが大好きなカグヤは……
「ふふ。これぞ、雨降って地固まるですね」
そう言って、ニコリとほほ笑んだ。