君の隣の道化師は
「付き合ってないよ! ただの友達!」
ずっと好きだった君からの何気ない本音。一番近い存在だとしても、気持ちまでは隣り合わせにはならなかったみたい。
君のことで泣いたのは、あれが最初で最後だよ。
♦︎
「見て見て! 夏限定スイカサイダー! 凄いよね!」
「うん、凄いチャレンジ精神だね。製造元も、買った君も」
僕はそう言っていつものように笑ってみせる。彼女は少しムキになったようで、僕の目の前でスイカサイダーとやらを飲んでみせた。…… なにも言わぬままキャップを閉めて僕の机にそっと置き、自分の席へと歩いていく。がっかりした感じが漂う小さな背中を見て、僕はまた笑った。
『片思い』から『友達』に切り替えてからもう一年。普通なら、新しい恋なんてのを見つけようとするのかな。でもね、好きというのはガムのようにねちっこいものだ。剥がすのに時間がかかって、剥がそうとすると辛くなって。そういうのを乗り越えてこそ成長というのだろうけどさ。
残念ながら、君との距離を大切にしたいと思うから。好きというねちっこい感情を剥がさずにいるのだ。 君との距離を変えずに、好きという感情を抑える方法。自分なりに考えて、選んだ結論。それが今の僕となっている。
嘘笑いはもともと得意だったから。君の前では笑うことにした。それは別に、楽しくないのに笑うとか、嬉しくないのに笑うとかじゃなくて。悲しくても、笑えるようにって。
どこまでいっても望んでる結末にはならない。辛いくらいなら、側にいることをやめればいいのかもしれない。でも君は、僕を友達といってくれたから。この辛さが、君を好きだという証明なら。辛いままでいい。この距離は、僕にとっては大切なんだ。
♦︎
「部活?」
「今日は休む。バイトは?」
「なし! 駅前のたい焼き食べたい! ジャーマンポテトのやつ!」
こうして一緒に帰れることも、君が誘ってくれることも。友達だからの一言だ。そこに深い意味など、もう求めてない。君といると楽しい、それだけでいい。…… 意外と僕は勝手な人間なのだ、自分の幸せのためにしか動いていないのだから。
でも、一年も経つと慣れてしまうものだ。好きだけど、辛さは薄れていくものだ。消えはしないけど。だからと言って、また『片思い』に戻る気はない。近すぎず遠すぎない、そんな距離が君にとっての僕の立ち位置だと思うから。
「せ、先輩! き、今日部活は来ませんか⁉︎」
昇降口へ向かう途中、後輩に声をかけられた。
「うん。今日は休むって部長にも伝えてるから」
「あの…… ちょっと話したいことがあって! あの、その…… デートとかだったら、申し訳ないんですけど………… 」
「…… 大丈夫だよ。 ごめん、誘ってもらって悪いけど今日は」
「いいよ! 後輩の悩みを聞くのも先輩の役目ってもんだよ! たい焼きはまた今度にするよ! 夜ご飯食べれなくなるかもだし!」
君はそう言って、気にすることなく階段を降りて行った。…… ほらね。『片思い』なら辛いけど、『友達』ならありがとうと思える。これでいい、これが僕らの関係の結論だ。
「…… すみません、邪魔、でしたよね?」
「全然、邪魔なんかじゃないから気にしないで。それに僕らは」
「ただの友達だからさ」
♦︎
「うん、このしょっぱさがたまらない!」
バーカ、バーカ。
「でも二個も食べるにはしょっぱすぎるかな!」
下手くそな嘘つきめ。
「しょっぱいなぁ、しょっぱいなぁ」
なにが大丈夫なのさ。全然大丈夫じゃないし。
「一人で二個は食べれないかなぁ」
いいよ! だってさ。なんにもよくないし。
「…… 誰か、食べてくれないかなぁ」
誰かなんて決まってるくせに。ほんと、下手くそ。
「………… 嫌だよ」
誰かの隣になんて、行かないでよ。
「…… しょっぱい」
今日のは思わず泣きたくなるくらい、しょっぱいや。
終………