仮面夫婦もどき以下にしかなれない
結婚式を翌日に迎える女性の苦悩。
マリッジブルーどころの話ではない。
本当にどうしよう。
私、ルイス=エルターニアは真剣に頭を抱えていた。
私の家、エルターニア家は中流ながらも貴族の家柄である。
まあ私の家は中流の所為か比較的自由にさせてくれてはいたが、それでも貴族。色々なしがらみや慣習は在る。
そして私はその貴族の娘なのだ。
……恋愛結婚などできないと物心ついた時からわかっていたし、結局のところ家の為に自分の家柄より上の男に嫁ぐことになる。それはわかっていたことだった。
貴族の娘としては珍しく許嫁という者がいなかったため、実感はあまりなかったけれどもきちんとわかっていた。その男に出来る限り仕えて三歩下がって微笑むという普段の私ならありえないことも、嫁いでからはしっかりやる覚悟もあった。……それがどんな男であれ、だ。
わかっていた。覚悟していた。
……いた、つもりだったのだけれども。
『…君が、僕の?…………ふうん、たいしたことないんだね』
『顔も平凡。家柄も並。頭も性格もよくはなさそうだ』
『まあ使えなくても好みじゃなくても既に決まったことだしね。我慢しようか』
『ああ、言っておくけど僕が君如きを好きになったりなんてありえないから。無駄な期待しないでね』
『――それじゃあ、挙式後からよろしく。精々妻としての役目を果たしてよ、ルイス=エルターニア』
「死んでしまえエドガー=クイン!!!」
一瞬で怒気が最頂点に達する。
思わず横にあったクッションを壁に投げつけてしまった私は悪くない。
思い出した会話は、一か月前程私の婚約者として決まった男との初対面時のものだ。
もう一度言うが、婚約者との会話だ。初対面だ。
初めて自分の婚約者――しかも噂ではかなりのイケメンとか――という男に会うのだから多少なりとも胸をときめかせていた。親たちが気を利かせて初対面は二人きりで、とかやってくれたことにもちょっと嬉しく思ったりしていた。ああ、多少の期待はしていましたとも!
それがどうしたことか、あの男にっこりと笑って自己紹介した私をじっくりじろじろ上から下までねめつけた挙句に「たいしたことない」とか言い放ちやがったのだ。
思わず固まりそうになりながらも必死で笑顔を保っているところへ追い打ちをかけるように紡がれた言葉に我を忘れかけた。更に親たちが戻ってくるまでの二人きりの時間散々の侮辱の言葉を頂き、殺意すら湧いた。顔や体格などの見た目から始まり頭のよさとか性格とかまでそれはもうメッタメタな言われようだった。性格にはついてテメェに言われたくねぇよと心底思ったのは言うまでもない。
それでも一応婚約者であり何より私よりかなり上の身分の人間だからと、にこりにっこりにっっこり笑い続けて耐えて耐えて耐えまくった。罵り返したくなろうが蹴り飛ばしたくなろうが、そこにあった花瓶で殴り飛ばしたくなろうが我慢した。私すごく偉かった。
それから一時間後、親たちが帰ってきたところでようやくその対面は終了。
胸に渦巻く黒い怒気……というかもう殺意レベルのそれを抱えつつも、笑顔の両親からの「彼はどうだった?」という質問に同じく笑顔で返した。やっぱり私偉い。
……まあもちろん、部屋に戻り一人になってからは大爆発したんだけれども。
貴族どころか乙女にあるまじき暴言を吐きまくりクッションを壁や床に叩き付けまくった。一言一句記憶に刻まれてしまった暴言を思い出すごとに同じくらいの暴言を叫び、あの男に見立てたクッションをズタボロにしてやった。それでも晴れないあの感情!この殺意!!嗚呼本当に死んでしまえ!!!
……ゴホン。そうは思ってももうあの時点でほぼアレとの結婚は確定事項だった、着々と挙式の準備は進められていった。
そうしてる間に気づいた最悪なことには、どうにもアレのあの最低な反応は私に対してのみらしいということ。親や友人たちにはあの甘いルックス(これだけは噂通りだった)で凄い親切面してるらしい。テメェふざけんなよ。
更にアレの家はかなりの上流貴族。古い血筋に加え、国政に強い影響力があり外界にもかなりのネットワークがあるとかないとか。箱入り娘の私はあんまりよく知らないけど、そんな私すらよく耳にする家柄だった。
加えてアレは長男。つまりは、順当にいけばその家督を継ぐ人間である。よってその名前や噂なんかもかなりの数飛び交っていたし、あわよくばと隣を狙うお嬢様方が絶えなかったとも聞き及んでいる。不公平だふざけんな。
故にこの挙式は親からすればとてつもない良縁であり、友人たちからするとルイス羨ましい!となっている。おかげでアレの愚痴が一切合切言えないし、試しにとほんの少しだけ友人にアレの愚痴を言ってみたらマジ切れされた。理不尽だ。アレマジでふざけんなよ、である。
二週間ほど前、私が結婚式で着るウエディングドレスを選んだときも酷かった。
あの初対面から出来る限り会わないよう避けていたのだが、その行為はどうにも他の人たちには私が恥ずかしがっていたやっていたように見えていたらしい。余計なおせっかいで再び二人きりの空間に閉じ込められて衣装選びをさせられた。
目前に広がるかわいらしいドレスの数々には胸躍ったが、いかんせん一緒にいる相手がアレでは何もかもがマイナスになる。二人きりになった瞬間睨まれるし今にも侮辱されそうだしで緊張感に包まれていたように思う。
それでも目の前のアレは自分より上の身分だと必死に言い聞かせて、この状況を打破しようと面倒だったら一人で決めますよーということをオブラートにくるんで優しく笑顔で言った。
のに、帰ってきた返事は即否定だった。
何のために二人きりにされたのかわかってないのか、僕一人でいるところを誰かに見られて妙な勘繰りをされたらどうするんだ、大体二人の挙式なのに君が一人で決めようだなんてありえないだろう……といったことを長々と言われた。
こめかみがピクピクと動いただろうがそれでも私は笑っていた。
ではそれならと半ばヤケになって1つ衣装を(別の部屋で)着る度にアレに見せては話しかけ細かいことまで問い詰め…を繰り返し追い返そう作戦をした。
……が、結果は惨敗。その一つ一つにそれはもう丁寧な罵声を頂いて結局最後まで居座られるという、殺意生産時間以外のなにものでもなかった。
まずは基本に忠実にAラインの比較的一般的(に見えるだけの高級品)ドレスを着て見せれば『君のその貧相な体型がそんな一般の人が着るようなドレスで隠れると思うの?』との言葉を鼻で笑われながら頂き、ではもっとボリュームのあるものをと胸元やお尻あたりが豪奢な刺繍やフリルで隠れるプリンセスラインのドレスを着て見せれば『馬子にも衣装って言葉がぴったりだね。プリンセスラインなんて華やかなが君みたいな顔に似合うわけないだろう』との言葉をため息交じりに頂き、それならいっそシンプルにとマーメイドラインのドレスを着て見せれば『さっき君の体型を貧相って言ったよね?それなのにに思いっきり体型の現われる服着るだなんて馬鹿の極みじゃないの』との言葉を嘲笑付きで頂き……テメェ本当に殺してやろうかと心から思った。
さすがにラストのマーメイドスタイルは自分でもないなとは思ったけど、アレの言い草はそれ以上のものだった。そんなのが延々十数着分続いたんだからもう……私の殺意レベルが一気に上がったような、そんな感覚だった。
それでもなんとかアレが認めたドレスがあったからそれに決定した。『まあそれくらいでいいんじゃない。これ以上のもの着ても君が浮くだけだし』って言われたやつだったけどな。
そして今日。結婚式前夜の今。
……衣装選びの後も何度か会ったが怒気という名の殺意は会うほどに増す一方だった。
けれども、残念なことにアレとの結婚は確定事項。今更逃れる気などない。
が、これから先への不安は異常なくらいにある。ほら、切れた私がボコ殴りしないかとか料理に毒盛ったりしないかとかね。
考えれば考える程に真っ暗な将来しか見えないことに頭を抱えるしかない。
どれもこれも最終エンドは私が牢獄に囚われているシーンだ。もちろん罪名は旦那殺しである。
「……どうしようもないんだろうなあ」
大きく、肺の空気を全て出し切る様にため息を吐いた。
うん、諦めようか。
男性視点はまた後日。