夢か現か……
ポツポツと降り始めた雨。
あの日もこんな雨だったと、懐かしむ余裕はない。
目の前には、「反乱軍」と呼ばれる私が護るべき民達で作られた軍が迫っている。
彼らが求めているのは、私の死。
私が何をしたのだと問うこともできず、ただ悪役とされた私。
己の身分を護る為か、はたまた同情か……私を護るとその手に剣を持った彼らも大切な民だ。
玉座を降りるだけでいいなら、私は大人しく従えただろうか?
いや、きっと無理だろう。
私は「負け犬で良かった」と言えるほど、物分かりは良くない。
現状を甘んじて受け入れることなどできるはずもなく、私は窓の外を見る。
彼らが玉座に据えたい男を見つけた。
希望に瞳を煌めかせ、周囲の期待に答えるべくその身を燃やす男。
民を虐げる王を除こうと、剣を手にとった時の私と周囲の人間の関係に何処か似ている。
違うのは、刃を向けられているか、いないか、だけなのかもしれない。
だが、その違いは天と地ほどあるだろう。
「陛下」
「私が出よう。皆は、避難しろ」
「しかし……」
「よい。いけ。これが、私の最期の命だ」
悔しそうに、悲しそうに私を見る騎士に、多少無理をした笑みを浮かべ、手を振る。
王冠は玉座に、マントは床に置いて、私は剣だけを持って外へと出た。
向けられる数多の視線。
居心地の良いものとは、到底言えない。
「王よ。罪深き王よ」
「芝居がかった台詞は不要だ。お前か私か……玉座に据えられるのはどちらがいいか、天が勝手に決めてくれる」
静かに剣を抜けば、応じる勇者殿。
いつか、私のように捨てられるかもしれないと、その瞳は物語っていた。
どうやら、次の王は賢いようだ。
剣を交わらせ、無言で告げる想い。
届いてなどいないかもしれないが……少しでも通じるものがあれば、無駄死ではない。
「あああっ!」
声を上げ、私にとどめを刺そうと剣を振るう勇者殿。
腹を貫き、滴り落ちる血と匂い立つ鉄臭さ。
あっけなく背から地面に倒れ込めば、雨がとどめを刺すかのように落ちてくる。
何が悪かったのだろう?
力で民を抑える王を除き、民を護る為に外交に力を入れ、年寄りや子供を護る法を整え……「善王」と呼ばれるまでになった私は……
何を間違えた?
城へと流れこんでいく民。
ああ、私が玉座に座ることが間違いだったのか?
偽りの王を玉座に座らせ、私は歴史の闇に消えればよかったのか?
血に染まっていく身体、遠のく意識。
もしかしたら、これは夢だったのかもしれない。
民のことなど何も考えていない王に嫌気がした私が見ている短い夢。
結末は決していいものだったとは言えないが……。
私を見下ろす「勇者」と呼ばれている青年。
笑いたくば、笑うがいい。
愚かだと罵るがいい。
私はそんなお前とお前を「勇者」と呼ぶ人々を笑おう。
血に染まった身体を打つ雨。
私があの王をこの手で討ち取った時もこんな雨だった。
夢のなかかもしれないけれど……ああ、そうだ。
きっと、これは夢だ。
「負け犬になりたくない」と強く願う私の悪い……
「陛下。あなたは、優しすぎたのです」
遠のく意識の中、誰かが私にそう呟いた。