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ヒューマンドラマ

別れる前に、きちんと話をしましょう

作者: 小山田 華

別れる前に、お互いに相手を知ろうとコミュニケーション図った方がいいよねという話です。

特に山場もありません。普通の話。



「あんたねぇ、一昨日のあたしの誕生日、忘れてたくせになに言ってんのっ!」

「んだと? お前なんか食えねぇもん毎日作りやがって! だから俺は菓子パンの世話になってんだよっ!」

「なんですってぇ!」

「うっせぇ!」


 目の前で展開されている痴話げんか。

 同棲して二年って言ってたっけ? 倦怠期ってやつかなぁ? 多分そうだね。

 昨晩、私の家に押し掛けてきた由香は開口一番、


「あんなクソ野郎とは別れてやるんだから!」


 って言ってたなぁ。

 それでもって鬱憤を晴らすようにお酒飲んで寝落ちして。

 朝、目覚めたら彼から来てたメール。


『話がある。10時にいつもの喫茶店で』


「別れるなら、あたしが振ってやるっ! こンの、ダメ男っ!」


  由香はスマホに向かって怒鳴ってたけど、やっぱり心細かったのかな? 由香は嫌がる私を強引に引っ張って、この喫茶店に連れて来たのだから。

 来ちゃったものは仕方ない。仕方ないから大人しく座っているのに、ループされて終わる気配のないケンカ。

 うーん。早く帰りたい。


「あー、スミマセン。私、話してもいいデスカ?」


 二人の剣幕に押されて、思わず敬語。

 口挟んだ私を、大輔さんは容赦なく睨んでくる。逆に由香は嬉しそうな顔をした。


「なんだよ! お前由香の味方する気かよっ」

「別にしません」

「ええっ!? なんでっ? あたし達友達でしょっ!」


 一変して信じられない、って驚いてるけどね、由香。私からすれば味方になり切れないのも当然なんだよ。

 アンタが私にどれだけ迷惑かけたか知ってるの?

 私がアンタの相手をしてたから、可愛い可愛い紗江(生後6ヶ月)を昨日は光広に預けっぱなしだったんだよ。


「聞いてよ。大輔があたしの誕生日忘れてさぁ! 連絡もなしで酷いのよっ」


 って叫びながら、お酒飲みまくって、くだを巻いて、本当に大変だったんだからね!

 私の天使、紗江が怖がって泣きそうな顔してたんだからね?


「まず、由香は一昨日の誕生日を大輔さんに忘れられて、しかも先週は連絡一切なく、連日午前様だったことに腹を立ててる。オーケー?」

「そうよ!」

「で、大輔さん。由香の誕生日、忘れてたの?」

「…っ、悪かったな!」

「全然覚えてなかった?」

「日にちは覚えてないけど! 今月だってのは覚えてたぞ!」


 胸張って言ってるよ、大輔さん。由香は『ナニ言ってんの』って不満顔だけど。

 でもまあ、一応覚えてたんだねぇ。


「へぇ、由香。今月だって覚えてたって。よかったね」

「それじゃ意味ないでしょ! プレゼントもないしお祝いの言葉もないなんてっ」

「由香、プレゼント欲しかったんだ。そっか、おめでとうも言ってもらってないんだ。大輔さん、お祝いする気なかったの?」

「んなわけないだろ! 月末に由香と旅行に行きたいから、休みもぎ取るため先週はずっと残業してたんだぞ」


 ほう。旅行に行くために? 残業していた、と。


「ああ、それで仕事して午前様だったのね。もしかして、忙しすぎて連絡も疎かにしたとか?」


 私が首を傾げて言うと、大輔さんはばつが悪そうに小さく頷いた。


「忙しくて。旅行行ったら謝ろうと思ってた。その分いろいろとしてやろうとか…」

「あ、あたし、旅行なんて聞いてない!」

「休みとれるかわからなかったし、サプライズのつもりだったし。お前が誕生日のこと言いだしたら言うつもりだったっ!」


 最後の方は半ばやけくそ的な声。

 誕生日を言い出さない方が悪いって顔してるなあ、大輔さん。


「サプライズで準備してたのかぁ。由香、自分の誕生日のこと言わなかったの?」

「そんなの、なんか、催促してるみたいで嫌だったから。それに、付き合ってたら誕生日は普通知ってるものじゃないの?」


 そっか。自分から誕生日だって言うと『催促』っていう風に取られることもあるもんね。

 でも目の前には付き合ってても誕生日知らなかった男がいるよねぇ。大輔さんの普通は由香と違ったんだね。


「そっか。大輔さんは日にちは覚えてなかったけどね。でもいいなぁ、旅行準備してくれてたんだよ。ね、大輔さん。今でも由香と二人で旅行に行く気?」

「当たり前だろ。休みは取れたし、由香の誕生日祝いなんだから」

「へえ、良かったね、由香。お祝いもプレゼントもあるみたいよ」

「…でも、そんなことで騙されないからね! さっき、あたしの作った料理、食えないって言ったじゃない。しかも、あたしのご飯食べた後、パンとかお菓子とか食べて。嫌味ばっかりっ!」

「あー、そんなことも言ってたね。由香はそれを嫌みに思ってたんだねぇ。大輔さん。全然食べれないの? 私、由香の料理って結構凝ってて美味しいと思うんだけど」

「料理はうまいよ。それは認めるけどさ」


 眉間に皺寄せて黙り込む。

 おや? その先は?


「けど?」

「いくらドレッシングに凝ってたって、サラダメインの夕飯って物足りないんだよ。俺は肉や魚を腹一杯食いたいんだ。それに俺、白米好きだし」

「白米?」


 何故ここで白米?

 私は由香を見た。私と視線が合うと、訊く前に由香が答えをくれた。


「あたし、雑穀米が食べたいから白米って最近出してないの。だけど、ご飯が物足りないなら、そう言えばいいじゃないっ!」

「言えるかよっ! お前だって働いて疲れてて、でも毎日飯作ってくれてるのに、もう一品増やせとか」

「え?」


 目を丸くする由香。

 大輔さんがそんなこと考えてたなんて、微塵も思っていなかったって顔。


「だから、パンとかお菓子とか食って我慢してた」

「我慢なんだ?」


 苦笑して私が言うと、大輔さんは口をへの字にした。


「そうだろ。市販のパンとかポテチだぞ。由香のうまい飯と比べりゃ我慢だろ」

「由香の料理、美味しいんだって。良かったねぇ。ところで大輔さんは由香が別れるって言ったら、別れるの?」


 私の言葉に、大輔さんはぎょっとした顔をした。


「そ、そんなわけないだろ。一緒に旅行だっていきたいし」

「行きたいし?」

「誕生日祝いもしてない! それに」

「それに?」


「由香のこと、好きだし」


 ごにょ、っと小声で。でもしっかりと言い切った大輔さん。

 私は由香を肘で小突いた。


「ふぅん。大輔さんああ言ってるよ、由香?」

「あ、あたしだって大輔と旅行行きたいに決まってるじゃない! す、好きなんだから、料理だって苦じゃないよ。食べたい物あるなら、ちゃんとあたしに言ってよ! 旅行だって準備があるんだから前もって言ってほしいよ」

「俺も、誕生日ちゃんと覚えてなくて。…ごめん」


 二人はちゃんと、正面から互いを見ている。話をしようとしている。

 これなら二人でちゃんと話もできるだろう。

 私は傍観者から邪魔者に変わったみたい。


「じゃ、由香。私帰るよ。大事な家族待ってるし」

「え、あ、彩。その、ありがとっ」


 立ち上がった私に、由香が真っ赤になって慌ててお礼を言ってくれた。

 

「ここ、奢ってくれたらそれでいいよ。それから、これからは話し合いをちゃんと二人でして、どうしようもなくなってからウチに来てちょうだい」






「たっだいまー」

「おー、おかえり」


 愛しの旦那様が愛娘を抱えてお出迎え。


「どうだった?」

「コミュニケーション不足での喧嘩だったみたい。別れなくて済みそうだったよ。何でいい大人がちゃんとした話ができないんだろうね」


 愛娘、紗江を受け取り、その耳元で『ねー?』と言えば、あーうーと言いながら紗江が笑う。


「感情的なときに話は無理だろう。感情のぶつけ合いだろうからな。中立な第三者がいるといいらしいぞ。今回はお前がいてよかったってことだろ。ところで、お前は俺に言いたいこと、ないわけ?」


 お。なんだ突然。

 ああ、紗江がいるからかな。私たちにとって紗江が『中立な第三者』。

 言いたいこと、言いたいこと。

 あ~、一個あったなぁ。


「紗江がいなかったら光広とは別れてるかもねー?」

「ははは、面白い冗談だな」

「紗江。離婚したらママに付いてきてねー?」

「ははは。笑えない冗談だな。」

「紗江。冷蔵庫の奥のプリン食べちゃったのは秘密ねー?」

「ははは。冗談もいい加減にしろ。アレ、俺のお取り寄せだろ。え、食っちまったのか? マジ?」


 急に慌てだす光広。どう言おうか悩んでたんだよね。

 まあ確かに前二つは冗談だけど、プリンはないんだよ。

 今朝、由香が景気づけで勝手に食べちゃったんだもん。


「ね、光広は? 私に言いたいこと…」

「プリン、食べちゃったのか?」


 眉尻下げないで、光広。

 もの凄く悪いことを私がしたみたいじゃない。プリン食べたの、私じゃないんだけど。

 どうしよう。プリンお取り寄せするにも日にちかかるだろうし。

 あ、そうだ。昨日見た広告。確か駅前で。 


「ごめんね。ホントにプリンはないんだ。でね、プリン買いに行かない? 駅前デパートで北海道物産展やってるって。きっと御当地プリン売ってるよ」

「え? 北海道? 行く行く。ついでに生チョコも買うっ!」


 目を輝かせて、いそいそと出掛ける準備を始める光広。

 甘党な彼を宥めるには甘いもので!

 ありがとう! 北海道物産展!

 

 紗江はそんな私たちを見て、キャッキャと笑っていた。




お読みいただき、ありがとうございました。

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