壊れた世界の向こう側
廃屋の古びた扉を蹴破り、オレと脳筋のアフェールドが部屋に突貫をすると
「待ってください。お、お母さんは病気なんです!!」
と言って少女が駆除対象の姿が見えないように立ちふさがってきやがった。くそ、ガキが泣きながら親を庇うこのシチュエーション。最悪だな。胸糞悪いぜ。オレは頭を掻きながら母親だった者を必死に殺させまいとする少女を目に入れて黙考する。
人から変異する食屍鬼の処理で、もっとも面倒くさいパターンは人間だった頃の身内がゴチャゴチャと言ってくるケースだ。奴らは親族が異形に変貌してもいつまでも守ろうとするんだ。
そして、多くの場合が手遅れなのだ。この母親と呼ばれた者と同じように…
変色した皮膚が鱗になっているか。くそ、もうどう見ても、人間の姿を保っていない。手遅れだ。
「どう見ても変異しているぞ?」
この脳筋はそんなこと見ればわかるだろうに一々と。だから、躊躇って…
いや、偽善はやめるべきだ。ここで少女が可哀想だからといってこの化け物を殺さないままに放置するのはこの子や近くに住む住民に更なる不幸を増やすだけだ。
わかっている。わかっているんだ。そんなことは…
そして、そんなことではコイツらをすべて消し去ることはできないのだ!!
「駆除対象として、殺すしかないだろう」
オレは憐憫の情を悟られまいと化け物を睨みつけてそう言う。そもそも、近隣の住民から連絡が入ってオレたちは駆けつけているのだ。駆除しないわけにはいかないだろう。ああ、やってられないぜ。
「どけ、嬢ちゃん。くそ、構ってられん!!」
この唐変木! 子供を力尽くで退かすなよ!! 子供なんだから配慮してやれよ。
「イヤ、離れて!! お母さんを虐めないで!!」
と言って、母親を庇うために再び彼女の親だった者の前に両手を広げて立ち塞がる。
「オレはキミみたいな小さな子にこんなことを言いたくないけどさ。君のお母さんはもう既に亡くなっているだよ。そこに生きているように見えるのはさ。キミの母親の皮を被った別の何かなんだよ…」
「何を言っているの! お母さんよ。昨日まで私の名前を呼んでくれたわ!! 病気なのよ。助かるの!!」
ここまで変異していては脳の構造も変わっているだろうな。果たして昨日マトモな会話が成立していたのだろうか?
顔を手で覆って泣き叫ぶ彼女。やるせないが…
「お母さん!? …な、なんでぇ!!」
ッチ、悠長にこんなことを考えている場合ではなかったか!! 切り裂くような悲鳴に反応して視線を少女に戻すと、
「痛いよ。お母さん、やめて!!」
と生きたまま母親に肩を喰われて泣いてやがる。ここまで変異しているのに泣き叫びながら母にしがみつく少女。救われない。本当に救われないな…
「殺るしかないぞ。装填可動式弩砲を持て」
くそ、やるしかない。化け物からガキを無理やり引き剥がすアフェールドに声を掛けられて、オレは急いで装填可動式弩砲に魔装弾を装填し、引き金に掛けた指に力を込めた。
装填可動式弩砲から放たれた魔装弾が化け物の体を捉えた。異貌に変化した化け物はオレの撃った魔装弾に籠められた劣化系の遺伝子情報改変魔導式によって体の融解が徐々にはじまっていった。
「グ、ググ、ガァァァ!!」
煩いな。いや、これも死にいく人が最後に叫ぶ嘆きだと思えばなんてことはないか。最初は腕をバタつかせてもがいていた化け物も、徐々に溶けて消え去る。
分解できなかった衣服という繊維だけがそこに先ほどまで化け物がいたことを示すように残っている。その化け物の元家族であった少女が衣服がある場所に駆け寄り、その繊維の塊を抱き寄せるように掴み、泣き叫ぶ。
「仕事は終わったからさっさと帰るぞ。ジェラード」
そんな状況を無視して淡々と出口の扉を指すアフェールド。オレは彼に頷いた後、ここから逃げるように駆け出した。
「この人殺し! 人殺し! お母さんを返せ!!」
廃屋から出ると少女の怨嗟の声が聞こえてきた。それは母を殺したオレたちへの罵倒。母親を失った悲しみの声。オレはそれらの慟哭を背に歩き出す。やるせなさを胸にして…