炭酸と約束
十分に冷えたコーラが僕の喉を潤す。
炭酸が喉ではじけて少し痛いが、しばらくすれば快感に変わる。子供の頃から忘れることのない快感に酔っている横で、幼馴染の西村紫はつまらなそうに、お茶を口に含む。
「なんか、くやしいな」
口に含んだお茶を飲み込み、紫がそんなことを僕に言ってくる。紫は小さい頃から炭酸が苦手で、夏の暑い日にはお茶やオレンジジュースで喉を潤していた。
「もう、十六なんだしチャレンジしてみたら?」
「年齢とか関係ないよ。苦手なもんは苦手なの。でも羨ましいの」
なんだそりゃ、と思いながらも口には出さない。
昔から、炭酸が飲めないくせに、紫は炭酸が飲める僕を羨ましがる。きっと小さいころ祭りで僕だけラムネを飲んで、ビー玉を手に入れていたのが羨ましかったとか、そんなところだろう。
「よっちゃんは今年の夏祭りどうするの?」
急に紫が聞いてくるが、口にコーラを含んでいて答えることができない。
飲み干して、一呼吸置きとりあえず、んーと唸ってみる。
「別に決めてないけど? 紫は?」
「私も決めてなーい。今年も一緒に行く?」
どうするかなぁ、行ってもいいんだけど。
いい加減、幼馴染という関係に甘んじて一緒に居過ぎている気がする。そのせいで、幾度となく、紫を僕の彼女だと思うクラスメイトの誤解を解いてきた。
高校に入学して、春が過ぎ、夏が来て、何回もクラスメイトの誤解を解くうちに、紫は僕の彼女ではないことがようやく定着してきた。
そんな中、夏祭りに一緒に行くというのは、また誤解を生みかねない。
別に誤解をされるのは嫌ではないんだが、誤解されるたび、誤解を解くたび、関係が変わっていく感じもする。
紫に失礼な気もしてくる。今更失礼だとか気にする間柄ではないけれども。
ここは慎重に事を運ばなくては。
「友達と行ったら? チカちゃんとかミキちゃんとか」
「んー、二人とも彼氏居るからこっちから誘うのも悪い感じがするしなぁ。それに二人とも小食でスタイルもいいじゃん? そんな二人と行ったらドカ食いできないじゃん」
「別に、好きなだけ食べたらいいじゃん。太らないんだし」
「そういう問題じゃないのー」
女子はいろいろ複雑なのよと紫は付け加える。
好きなものを好きに食えないなんて、女子って不便な生き物。
「よっちゃんの友達だって彼女持ち多いでしょ?」
「そんな多くないんでない? というか恋愛話あんましないし」
高校生にもなったのにその辺の話題に気恥ずかしさを感じているのは事実で、友達の恋愛事情に関してはあまり詳しい方ではない。
「えー、知っとこよ友達の恋愛事情くらい。最近だってよっちゃんとこのグループの田崎君、B組の吉沢さんと付き合いだしたでしょ?」
「知らん」
冷たいなぁと紫がお茶を飲み終え、空になったペットボトルをペコペコ両手で凹ませながら言ってくる。
冷たいんじゃなくて、気恥ずかしいだけなんだけどね。紫には言わないけど。
ていうか僕はそもそも、そんなに祭りに行きたい訳ではない。祭りの雰囲気は好きだが、紫のように食い意地が張っているわけでもないし、十六歳なので、クジとか輪投げとか興味ないし。
「行かないって選択肢は?」
「そんなものは無い! 夏に失礼だ!」
変な持論を展開する紫。紫らしい返しに思わず笑いそうになる。
そもそも何で、夏に祭りをやるのだろう。紫のヘンテコな持論を聞いてそんな疑問が沸いてきた。
「何で祭りって夏にやるのかな?」
「知らない。暑いからじゃない?」
全く理由になっていない。今度は思わず笑ってしまった。
「それでどうする? 一緒に行く?」
ここで会話が一周してしまった。どうやら決断をしなくてはいけないようだ。
まぁ、誤解されれば解けばいい話で、難しく考える必要はないのかな。
「じゃあ、一緒に行くか。今年も」
「ん、了解!」
僕の答えに満足そうに笑顔を見せる紫。そんな笑顔を見て僕も安心してしまう。
「コーラ、残ってるよ」
紫に言われコーラが一口分残っていることに気付く。ずっと握っていたので当たり前だが買ったときよりもぬるくなっている。
「早く飲まないと、炭酸抜けるんじゃない?」
「だったら飲んでみる? 微炭酸コーラ」
紫との夏祭りへ行くか行かないかの話しの中で、炭酸が僅かながら抜けてしまったコーラを紫はまじまじと眺める。
「んー、おいしくなさそう」
そう言いつつ、紫はペットボトルを取り上げ、太陽に透かして眺めてみている。
ペットボトルのそこから小さな気泡が上がっている。
「そこまで言うなら、飲んでみよっかな」
そこまで強く押していないのに紫はそんなことを言って唇をペットボトルの口につける。
今さら間接キスくらいでどうこう言う間柄じゃあない。
それが幼馴染ってやつだ。
ペットボトルをくいっと上げ、残りのコーラを紫は口に含む。眉間に皺を寄せ、一気に飲み込んで見せた。
「なんか、薬飲むときみたいだな」
そんな紫の姿を見て笑いながら言う俺に紫は、
「全然炭酸抜けてないじゃん!」
なんて言って、少し大げさに咽た。
「これは何かお詫びに祭りで奢って貰わなきゃ割りに合わないよ!」
紫らしい無茶苦茶な要求を受ける僕。
「じゃあ、ラムネのビー玉やるよ」
それいつもくれるじゃんと文句を言う紫を無視し、公園のベンチ脇に置かれたゴミ箱へ、二人分のペットボトルを投げ入れた。




