あなたが落としたのはどちらですか?
ほのかは仕事の帰り道、公園の中を突っ切った。
新入社員歓迎会で少しほろ酔いいい気分。
普段ならこんな夜に誰もいない公園など通らない。ひとりなら……。
そう、ひとりでは無かった。
歓迎会で少し喋って、良いなあ~と思った同じ課の一年先輩と一緒だった。
松谷隼人さん。彼なら送り狼に変身してもいいかも……なんて警戒心が緩む程度には酔っていた。
こんなところに池があったっけ? と思ったときには遅かった……。
「ほのかちゃん!!」
ガボガボ…!
水の中をゆっくりと落ちていく。
池の底は見えず、ゆらりと白い影が揺らめいて見えた気がした。
急に襟首を誰かに掴まれ、急速に上へと引き揚げられる。
助かった……!!
「あなたの落としたのは、この女性ですか? それともこの一億五千万円のブルージャンボ当たりくじですか?」
「……」
ザバンと水から出されたが、足は空中をプラプラとおよいでいる。
まるで首根っこを捕まれた猫のような状態にある。
松谷さんは池の畔に立って呆然と……いや、驚愕のあまり目を見開いたまま私と私の後ろの何かを見ている。
ああ、こんな場面を絵本で読んだことあるよ。
あれは確かきこりが斧を落とす話じゃなかったっけ?
巨大な女神様が鈴を転がしたような美声でお定まりの質問を松谷さんにした。
松谷さんに落とされた訳じゃないんだけど。
足許不注意で自分で落ちただけなんだけど。
前髪から滴を滴るのを不快に思いながら、松谷さんを凝視した。
助けて下さい!!
松谷さんが生唾を呑み込みながら、宝くじと私を見比べる。
まさか人ひとりの命と宝くじを秤になんかかけないよね?
ああ、駄目だ。
完全にイっちゃってるよ。
松谷さんはもう一度ゴクンと喉を鳴らして、出した答えは……。
駄目だよ、本当の事を言わないと何も貰えないんだよ。
アンタ、このお話読んだ事ないの?
ドクドクと煩い心臓の音が耳のすぐ側で聴こえた。
「俺が落としたのは……一億五千万円のブルージャンボ当たりくじです」
Noーーーーーー!!!!!
「……では、これを」
超巨大な池の女神様は、私の襟首を掴まえたまま、すすっと池の表面を滑るように移動し、あっさりと宝くじを松谷さんに渡した。
その後、池に引きずり込まれる瞬間に彼がポツリと呟いた。
「ほのかちゃん、ごめんね」
許せるかーーーー!!!!
ばかーーーーーー!!!!
◆◆◆
「申し訳ございませんが、換金期限が過ぎております」
いそいそ、そわそわ、こそこそ、ドキドキとしながら、松谷隼人はほのかと交換に手に入れた宝くじを駅前ビルの一階にある宝くじ売り場に持っていった。
そこで聞かされた衝撃の事実。
確かにそのブルージャンボは当選していた。
ただ、換金期限の一年を1日過ぎていた。
彼は膝から崩れ落ちた。
一億五千万円あったら、時計を買って、車を買って……と算段していた彼の夢は一瞬で泡のように潰えた。
慌ててほのかが沈んだ公園へ彼は引き返した。試しに池の中にボールペンを投げ入れてみたが、彼はボールペンを失っただけで、何も起こらなかった。