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AGAIN

AGAIN

作者: スカイ

 その女性は唐突に彼の前に現れて、開口一番こう言った。

「私を殺してくれ」と。

 それからつうっと涙を流し、彼の足元にうずくまってしまった。

早朝人気の無い森を独り歩いていた彼は、反射的に構えた銃を慌てておろして謝るはめになった。彼女の名前は○○○と言った。(これは後で彼女が彼に話していた。)

 子供の様にうずくまる○○○をどうしたら良いものか、とおろおろと見つめる。彼は、彼女と彼を出会わせた神を恨んだことだろう。

無言でうずくまる彼女をじっと見ると、背が小刻みに震えているのがわかる。彼は大きくため息をついて、○○○の背中に呼びかけた。

「……何故そんな事を、私に頼むのです?」

 そう彼が訪ねると、○○○は何事もなかったように顔を上げて、

「ごめん、冗談」

 一歩退いた彼に、それだけ呟いた。

それから彼女は立ち上がり、頬にかかった長いブロンドの髪を耳にかける。彼女は長身で(男の彼が少し見上げてしまうほどに)、そして大層スレンダーな身体をしていた。明るい茶色の瞳には、涙の後は見つけられない。

「貴方、本当に私を殺す気だったでしょ?」

見上げる彼に悪戯に微笑み彼女は言った。

「……何故そう思います?」

「だって貴方、私に銃を向けていたじゃない」

 当たりでしょう? と小さく首をかしげる。

彼は一度彼女に見惚れたように動きを止め、すぐに険しい顔になった。

「それだけの事で? こんな森の中です。物音がすれば銃だって構えますよ。熊でも居るのかと思ったのです。気に触ったようでしたら、すみません」

捲し立てるように一気に彼が言うと、○○○はニヤリと笑った。

「あんな小さな銃で熊を倒すつもりだったの?」

笑いを含む彼女の言葉に、彼は一度目を丸くした。それからすぐに、嫌な顔をする。

「ああ……。その通りですね。貴女は正しい。確かに私は銃を構えましたよ。それは熊を殺すためなんかじゃない。けれど、だからと言って貴女を殺そうと思ったわけではありませんし、増して貴女の『殺せ』という頼みに応じるつもりは微塵もありませんよ」

はあ、とため息をつきながら彼が見つめると、彼女は涼しい顔で見つめ返した。

「何、怒っているの?」

目を逸らした彼の顔を、わざとらしく腰をかがめて覗き込む。

「怒っていません」

露骨に嫌な顔をする彼を、面白いものでも見るかのように見つめた。

「貴方、モテないでしょ?」

「余計なお世話です」

ニヤリと笑う○○○を横目でにらんで、彼はゆっくり立ち上がり、うんざりした顔で口を開く。

「そもそも何故見ず知らずの私に、あんな事を頼んだのです?」

彼が僅かに口調を荒げると、○○○は急に真面目な顔になった。

一息ついて立ち上がって、近くにあった木にもたれる。

「私ね、死にそこねっちゃったの」

「は?」

抑揚をつけずに話された彼女の言葉に彼は眉をひそめる。

「死にそこねちゃったのよ。独りで村を出て、暮らしていたの。成人してからずっと。

けれどやっぱり村が恋しくて。仕事を引き上げて村で暮らそうと思って戻って来たのよ。

それが皆……殺されていたの」

もう嫌になっちゃった、と呟き○○○は下を向く。表情は解らない。

「ええと……いつ?」

俯く彼女に彼はそっと声をかける。

「一月前」

すぐに返事が返された。

そしてそれだけ言うと彼女は、俯いたまま木の幹に身体を擦り地面に倒れ込んだ。

彼が驚いて、○○○に駆け寄る。彼の位置からは彼女の顔は隠れて見えなかったが、小さく鼻をすする音が聞こえ、一先ず胸をなでおろした。

周囲を確認して、彼女の隣に腰を下ろす。

「ごめん、見ず知らずの貴方にこんな姿を見せてしまって」

「今更何を言っているのです? もういいですよ。好きなだけ泣いて下さい。私が周りを見ていますから」

膝まであるロングブーツの紐を弄りながら彼がそう言うと、彼女は小さく「ありがとう」と言い、それからしばらくうずくまって動かなくなった。時折○○○の背が小刻みに震えるのがわかる。

彼がまた、立ちあがって周囲を見渡す。

特に何も無い。

動くものは何もない、鬱蒼とした静かな森である。

小動物は何匹か遠目に見た。

大動物は幸いまだ出会ってはいない。だから彼は無傷でここにいる。

熊がこの森に居るかどうかは解らない。けれど、足跡、糞それから抉られた木。

証拠がまるで、一つもない。

だからきっとこの森には居ないのだろう、と彼はとっくに結論を出していた。

それこそ、彼女と出会うずっと前に。

彼がもう一度、黒い目を細めて周囲を見渡す。

まるで時が止まっているように、音はなく動くものはない。

背の高い木の隙間から見える小さな空を見上げ、一つ大きくため息をついた。

長い長いため息。

どうしてこうなってしまったのか――。と、そう語る様な。

木々の間の小さな空を、鳥が一羽横切った。

木が揺れて葉が一枚落ちてくる。それは彼の足元に落ちた。そしてまた、無音になった。

数歩離れた地面へ目を落とす○○○はまだうずくまっていた。泣いているのか、寝てしまったのか彼の位置からは解らないだろう。ゆっくりと目をつぶり、もう一度開かれた彼の瞳は儚く揺れていた。

彼はまた小さくないため息をついて、樹の幹にもたれる。

黒いジャケットの胸元を緩め、銀のロケットペンダントを取り出し、開く。中の写真は四人の家族で、右側に立っているのが彼だった。隣に立つ女性を見て微笑んでいる。手は座っている息子の肩に置かれていた。写真の下に小さく、家族の名が刻まれている。しばらく見つめた彼は、ロケットを閉じ両手で握りしめて、大切そうに服の中にしまった。

大きくため息を吐き、腰に吊るした銃をおもむろに手に取る。手を伸ばして真っすぐ構えられた銃は、どこを狙うでもなくすぐに下ろされた。

間髪いれずに彼の耳が幽かな音を拾い、下ろした銃を持つ手に力がこもる。

それは○○○が立ちあがった音で、彼女は両手で髪をかきあげ、うーんと伸びをしていた。

「見ていてくれたの? ありがとう」

「そりゃあ、約束ですから」

土を払って立ち上がる。彼女の顔を見ると、やはり彼が少し見上げる形になった。

とても整っている顔だ。睫毛が凄く長い。彼女はよく見ると非常にラフな格好で、腰には銃を吊っていた。動きには隙がない。まるで豹の様な――

「惚れちゃった?」

ニヤリと笑って○○○は言う。

「まさか。ご冗談を」

彼が淡々と返事をすると、つまらないの、と呟いた。

それより、と彼が言う。

「もう良いのですか?」

「……うん。ありがとう」

寂しげに微笑んだ彼女の瞳には、やはり涙の跡は見られない。

「ごめんね。立ち止まらせてしまって。何処かへ行く途中だったのでしょ?」

「……いえ。特にあては無いので。大丈夫ですよ」

ごめんね、ともう一度呟いた彼女に、彼は一瞬寂しげな顔をして小さく微笑んだ。

「貴女は、これから何処へ?」

「私も、決まっていないなあ……。もう街に戻る気もしないし村へも戻れない」

彼女もつられて小さく微笑む。薄い茶色の瞳は少し陰っていた。

「では、お互いあての無い旅ですね」

「ははっ、そうね。良い旅路を」

「そちらこそ、良い旅路を」

 村と反対方向へ進む○○○の背中を静かに見送って、先へ進もうと振り返る。

彼がふと視線を落とすと、彼女が居た場所には何か丸まった紙切れが落ちていた。拾い上げて開いたものは人を喰うと伝えられてきた種族の村『※※※※※』の絶滅を知らせる一月前の小さな記事と、犠牲者の名を載せた追悼記事で、右下に先のペンダントに刻まれた家族の名が載っている。最後に広げた紙は、※※※※※の村人達を殺して消息を絶った一人の男の写真だった。

写真の中の男は、紛れも無く彼だ――。

彼は暫く紙を見つめ、丁寧に折りたたんでズボンの後ろポケットに入れた。

それから、上着の胸ポケットを探り煙草の箱を取り出す。箱を開け一本取り出して口元まで持っていったが、一度遠くを見つめ、吸わずに箱にしまい胸ポケットに戻した。

「さて」と独り呟き、ゆっくりと足を踏み出す。


静かな森に、銃声が轟いた。


読んでくださってありがとうございました。


この作品は、学校の小説大会で大賞を頂いたものです。(といって小規模のものですが)


彼らの立場に私達が立たされた時、私達はどういう反応をするのだろう。

テーマにしたものは「悪と正義」その他諸々……

皆が被害者で、加害者。

違う世界を持つ者たちが出会った時、私達がもつ"ものさし"は本当に正しいものなのか。


感想、指摘、いただけると幸いです。

ありがとうございました。


Sky

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