第三話 ボーイ・ミーツ――……Ⅰ 【蓮視点】
視点変えです
僕――東城 蓮がそれを見たのは、数少ない友達と一緒にカラオケに行った帰り道だった。
二学期も今日で終わり、明日からは冬休み。
午前だけで学校が終わった僕らは、無事に二学期が終わった事を出しに夜八時まで歌い続けた。
その後皆でファミレスに寄り夕飯を食べ、結局解散したのは夜の九時。
高校生にもなって……と思われるかもしれないが、こんな夜遅くまで遊んだのは初めてだった。
いくら明かりの絶えないと言されるこの街でも、流石に住宅街は暗い。
急に寒気がして、手をこすり合わせる。
冬だから寒いのはおかしくないのだが、これはそういうのじゃない。
この感覚があった時は、いつも幽霊を視るのだ。
僕には霊感がある。
友達に言うと大抵馬鹿にされるのだが、嘘ではない。
何となく左に違和感を感じ、足が止まった。
「なっ……」
大型犬のような何かが、目の前を左から右に横切った。
散歩かと思ったが、飼い主も居ない。
それに何より、目に入ると強烈な違和感を覚えるのだ。
これは、絶対におかしい。
いつもボンヤリと視える幽霊とは別格の、妖怪か何かかもしれない。
「付けてみるか」
唯の好奇心でこの判断を下した時には、あんな大事になるとは思っていなかった。
第三話 ボーイ・ミーツ――…… 【蓮視点】
飼い慣らされた犬と言うのは、存外後ろがお留守なものだが、流石に狼ともなるとこちらに気づいているようだ。
狼と言っても、幽霊やら妖怪やらの類だが……。
だけど襲ってくる様子もないし、今まで幽霊に何かされた覚えもない。
距離もそこそこ離れて追っているし、危なそうだったら直ぐに逃げればいいだろう。
そう思って、追跡は止めなかった。
因みに唯の狼ではないことは確定している。
人通りのある道を通っても、誰も気にしないどころか気づいてすら居ないようだからだ。
時折フラリと横道に逸れる狼を何とか追っていたら、着いた先は如何にもな感じの半壊状態のビルだった。
この時点ではまだ僕は、この非日常にワクワクしていたんだと思う。
こっそりと、中を伺う。
「狼男……と、女の子?」
中には狼男が居た。
やはり、幽霊というよりは化け物だったようだ。
今日は満月だから、そういうことも有るだろう。
だが、そんな事よりも気になるのは、その場に女の子が居た事だった。
何やら女の子と狼男が話しているようだが、何を言っているのかまでは聞こえない。
だが、女の子の反応から何となく予想がついた。
月明かりのせいかもしれないが、顔色は真っ青で、体もガタガタと震えている。
食べてやる、とでも言われているのかもしれない。
「た、助けなきゃ……」
喉が掠れていた。
自分では冷静なつもりだが、唾も出ない程緊張していたようだ。
周りを見渡す。
武器になりそうな物はなかった。
仕方なく――砕いた後だろうか、コンクリート片を手に持つ。
邪魔になったカバンは、壁に立て掛けておいた。
コンクリートを持つ手が震える。
狼男に当たらなかったらどうしよう。
女の子に当たったらどうしよう。
いや、きっと当たらない。
だって、こんなにも手が震えているのだから。
狼男がゆっくりと女の子へと近づいて、後ろから抱きついた。
そのまま首に齧り付くのかと思ったが、どうも違うらしい。
狼男の腰が、女の子のお尻に押し付けられている。
女の子は今にも泣き出しそうな表情だ。
何をしようとしているのか分かった瞬間、僕は既にコンクリートを投げていた。
コッと、期待したよりも軽い音が響く。
全くダメージにはなっていないようだが、狼男はこっちを向いた。
こっそり逃げる、と言う手は選択肢から無くなった。
「そ、その女の子から離れろ化け物!!」
入り口から飛び込み、いつでもコンクリートを投げられるようにする。
「殺れ――」
狼男が軽く唸る様に何かを言うと、暗闇に紛れていた狼達が姿を表した。
二匹、こちらへ向かってくる。
追いかけていた狼こそが、狼男なのだと思っていた。
まさか、群れだったとは。
どうしよう、どうしようと思うばかりで、何も考えられなくなる。
コンクリートを投げたくらいで何とかなるだなんて思っていたのが、酷く馬鹿な事に思えた。
固まっている僕の目の前で、狼が横に吹っ飛んで視界から消える。
「えっ……」
僅かに一回瞬きしたその瞬間には、一瞬にして距離を詰めてきた女の子に右手を握られ、夜の街を走って逃げていた。
どのくらい走っただろうか。
細い道も、足場が悪い道も、とにかく走った。
とても狼から逃げ切れるとは思わなかったが、女の子の誘導は完璧だった。
横を向いてようやく通れるような場所、手を使えないと入れないような場所。
そう言う所を一瞬で見つけて、スルリと体を潜り込ませる。
直線はいつも四足歩行動物が苦手だと言われる下り。
まるで、この辺りを熟知しているかのようだ。
ふと、目の前が開ける……。
何処をどう走ったのか、気づいたら駅前まで出ていたようだ。
ちょうど止まっていたタクシーに、強引に押し込められた。
「ここまで来れば帰れるわよね?」
「え……あ、うん」
唐突過ぎてついていけない。
が、タクシーで逃げるんだと言うことは判った……だか――
「ぼ、僕お金持ってない……」
「はぁ?」
仕方ないのだ。
カラオケに食事、全部自分の財布からお金を出せば無くなるのは自明だろう。
いくら緊急事態だからって、タクシーの無賃乗車は出来ない。
「あぁもうっ、私も残り少ないのに!」
頭を抱えた女の子がいつの間にか財布を取り出し、五千円札を僕の手に押し付けた。
そこで初めて、彼女を正面から見た。
凄い美少女だ、輝いてすら見える。
背が小さいから年下だと思ったが、その意志の強そうな瞳を見て悟った。
僕以上にしっかりしている人なのだろう、と。
それと同時に、こんな可愛い女の子、守りたい……とも思った。
脇道にそれていたが、ようやく頭の理解が追いついてきた。
彼女は一緒に来ないつもりだ。
「う、受け取れないよ! それに、なんで……。一緒に逃げよう、車に乗れば――」
「逃げ切れないわ。今ここで二手に別れた方が、どちらかが生き残れるかもしれない」
そうだろうか?
狼の姿は見えないから巻いたようだし、三十キロ程度の速度で車の速度に追いつくとは思えない。
高速道路にでも乗ってしまえば――なんて、言い争ってる時間がもったいない。
「な、ならタクシーに乗るのは君の方だ。女の子だし、お金だって君の物だし――」
「ぐっ――私、は……」
彼女が言いよ淀む。
「話は終わったか?」
突然の声。
その方向へと僕が向く前に、彼女のスラリとした足が、僕を反対のドアまで蹴り飛ばした。
「とにかく出してっ!!」
彼女のあまりの剣幕と状況の異常さに驚いたのか、タクシーが慌てて発進する。
走り出した車から、狼男が女の子に躍り掛かるのが見えた。
その僕の目の前で――無情にもドアは閉められたのだった。
多分もう少し視点変えたまま続けます