閑 話 私の存在する意義 参 【皇視点】
今日二回目の投稿です、注意。
「それにしても……今回は随分と長くかかりますね」
いつもなら、直ぐに目的に着く転移が終わらない。
長い追想からふと覚めて、間の抜けたことに、私はようやくそれに気づきました。
「そんな……これっ!」
何かが、転移を阻害している。
力ずくで魔力を投入すればっ。
「壊します!」
届くかわからない警告と、閉めていた弁が開くようにどっと溢れだした魔力とともに、私は魔力の世界から元の世界……里奈様が居るはずの場所へと飛び出しました。
放出された魔力が拡散せず、周りを漂っている。
異常な現象に、それでも私は直ぐに対処しました。
「まさか、二重に罠が仕掛けられているなんて」
原始的でありながら、思ったよりも強力なそれ――結界に、少しだけ注力して魔力を叩きつければ……
「そんなっ……」
自分が思っていた何倍も小さく出た魔力の弾が、簡単に弾き返される。
邪魔されたわけではなく、明らかに、自分の魔力が足りていません。
自分の膨大な魔力のせいで気付かなかった……だなんて、言い訳にもならないですけど。
里奈様から送られて来るはずの魔力が、殆ど途絶えていました。
転移によって、私の魔力は一瞬で尽きてしまったのでしょう。
私は魔力を生成する機能も特別強力ですが、特定の手順を踏まないと自分の魔力と出来ないように"調整されて"います。
里奈様から魔力が送られてこなければ、私の莫大な魔力は直ぐに枯渇してしまうのです。
――体が、重い。
魔力が欠乏した今の私では、結界一つ破ることが出来ないなんて……。
「何か、出る方法を…………これは」
ふと、結界の一部にほころびが有るのを見つけました。
僅かなほころびでも、そこから辿っていけば、どんな結界も破ることが出来ます。
勿論、普通はごく僅かな綻びなんて見つけることは出来ないのですけど。
この結界を貼った人物は、とても急いでいたみたいです。
結界が、綺麗に世界へと融けていく。
そして――分かっていた事ではありますが――それによって、この結界が里奈様が張った結界では無いことがハッキリしました。
慌てて張る必要が無いのは勿論、たとえ慌てていても里奈様がこんなお粗末な張り方をする筈がありません。
「まだ、近い筈……」
焦ってはいけない。
慌てて張られた結界から、私が転移を始めてから相手は逃げたのだと予想出来る。
それに、里奈様は先に逃げたのかもしれない。
残り少ない魔力を、里奈様に絞って波長を合わせ、全方位に放つ。
「外っ!」
窓を開け、外へと跳ぶ。
独特の浮遊感に、ゾクッと背筋が震える。
怖いのは、それだけじゃないですけど。
今は、考えないように……。
「ギギッ……ヤっぱり後ろかラ出るベキだったナ」
ちょうど、逃げるのを妨害するような位置に着地できたのは……本当に偶然でした。
目の前に現れたのは、"餓鬼"という魔物です。
運が良い……と、魔力を放とうとして――私は、私の中に魔力がもう知覚できない程にしか存在していない事に気づいてしまう。
「オ前は後ろから行ケ」
里奈様を背負った餓鬼が、逃げ出してしまう。
――駄目、まって……
追いかけようとした私の前を、餓鬼の一匹が塞いだ。
それをいつも通り薙ぎ払おうとして……逆に、吹き飛ばされてしまう。
「何ダこいつ、弱イ」
餓鬼の力は、成人男性よりも数段勝ります。
鍛られている里奈様はともかく、魔力に頼っている……魔力が無ければ唯の人間の女性と同じ私が、敵うはずもありませんでした。
「里奈様を……どうするつもりですか」
例えいけ好かなくても、さっきの態度を謝罪しても、なんとしてでも、九条に助けを求めなければいけない。
そのために、少しでも情報を得ておかなければいけない。
最低でも、死ぬわけにはいかない。
「さぁナ、大鬼様が喰っちまうんじゃないカ」
「喰う……ですって?」
「今まで餌にしてキた奴より、ずっと上物そうダッタ」
急に、吐き気と、過去の記憶が膨れ上がりました。
死んでいく仲間、私の中に取り込まれていって、吸収されていく。
大きく成長していくのは、私だけ。
周りのソレは、唯の餌。
里奈様……ハ、私ノ……唯一ノ……
殺させるわけには、いかない――
「う……ぁあ……」
「ギギ、どうせ死ヌんダ……聞かせるだけ無駄だったナ」
「オ……ナ……」
力が、溢れる。
許可無く動き始めた宝玉が、無尽蔵に許容できる私の体へと、魔力を注ぎ込んでいく。
終わることのない魔力の完全回復。
並の魔術師なら一瞬で回復させる、それ。
宝玉のただの副次効果でしかないそれは、私と相性が良い、なんてものではありません。
世界が、異常を検知して慌ててそれを止めにかかる。
存在してはいけない程の膨大な魔力回復が、非常識の範囲内で収まった。
――それでも、圧倒的です。
全てに勝てるような、そんな気すらして……
「コ、こんな……こんなことガ」
目の間に居た不快な何かを、存在ごと消滅させル。
後ろにあった建物も、半分以上が吹っ飛び、支えを失って崩れ始めている。
いや、ソの先にあった家すら……。
これで、いいのだろうか?
「ワタシ……。サガサ……ナイト……」
――人が死んだら悲しむもの。
何かを渇望しながら、でもそれが何かすら忘れて……私は彷徨い始めた。
『――妹になってよ』
私はその時、確かに救われたのだと思います。
けれど……今でもまだ、有りもしない幻想を抱きながら――私の魂はそこに囚われていて。
生まれた時から、何一つ持たないこの私に……
――この世界に存在する意味なんて、無い。
「サガシテモナイナラ……スベテヲコワシテ、ワタシトオナジニシテアゲル」
こうしてわたしの自我は、壊れた。
もしコスモゴニアが無い、もしくはエラーと見做さなければ、皇の魔力回復は異常な速度で永遠と回復(上限が設定されていないので)増え続け……結果、世界が崩壊するほどの大爆発――なんて事はなく、いつか算術オーバーフローによって0に戻って一から溜まり直しになるだけです。
この弥珠朱の世界が一体いくつの桁まで対応しているのかはわかりませんが、相当な桁まで対応しているのだけは確かですね。
本来の神器・宝玉は最高の魔力を持つ退魔師程度でも一瞬で回復させ、退魔師自身の魔力保持の上限によってカンストして上限辺りをキープします。
ゲーム的な処理でならMP上限固定で済むのですが現実的には回復させ続けるわけで、上限無く回復する皇は世界、もしくは神の想定外と言うことでしょう。
ということで闇堕ち(笑)した皇、攫われた里奈、弥珠朱の宿敵餓鬼……さて、どうしたものか。




