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第一話 元弟子 Ⅰ

「……し、師匠?」


「ん? 何だその振りかぶった手は。会った早々私とやり合うつもりか? 弟子の成長を見たいのは私も同じだが、此処では流石に不味いぞ」


 私の頭をメニュー表で叩いたのは、そう言って嬉しそうに笑う師匠――御剣(ミツルギ) 抄美(アツミ)さんだった。


「い、いえ……」


「なら座れ」と肩を押され、有無を言わさず座らされる。

 そのまま隣の席から椅子を一脚引っ張ると、二人用の席の横へと強引に座った。

 ここのファミレスの制服を着ていると言うことは、バイトだろうか……と考え、即座に在り得ないと否定する。

 私と違って、師匠程の退魔師がお金に困るはずがない。

 と言うか、いくら知り合いが来たからと言っても仕事を放り出して一緒に座るような横暴なバイトは居ない――絶対に居ないと言い張れない所が哀しいけど。


「随分と久しぶりだな、一年ぶりになるか」


「いえ、二年です」


 師匠は「そうか、もうそんなになるか」とウンウンと仕切りに頷いた後、「全然変わらないな」と言った。

 悪魔と契約した時からこの体は不老となったのだから、変わらないのも当然の事だ。


「しかし何だ、思ったよりも余裕そうだな。お前のことだから、もっと殺伐としているかと思っていたぞ。僕僕言ってたお前が、まさか男まで作ってるとはな……」


「えっと……この人も知り合い?」


 値踏みするように師匠に見られた蓮が困惑した表情でこちらを見ているが、私にはそれに答えるだけの余裕がなかった。


「彼は唯の協力者です! そういうのじゃありませんから、変な勘違いをしないでください」


 というか、お前()も「リアルツンデレが可愛いく見えるなんて……」とか呟いてないで否定しろ!

 確かに客観的に見ると、少し必死すぎるし、顔が赤くなってる気もするからツンデレに見えないこともないかもしれないけど。

 もし本格的に恋人のような関係だと思われたら、師匠の事だから要らぬ世話までしてきかねないんだから。


 具体的に言うと。

 まず二人で住む家を1日で探してくるのは序の口。

 婚約指輪を蓮が知らないうちに買わされ、ふと私が気づくと既にあの紙が役所に出され手遅れに。

 混乱しているうちに既成事実までもが作られかねないのだ。


 大体同じ様なことを実際に体験してるから間違いない。

 あの時は寧ろそれで助かったが、勘違いで話しを進められるとあの行動力は脅威だ。


「ふむ。口調まで丁寧になって、随分と……いや、まぁいい。弟子とは云え、他人の恋路に口を出す程私も節操無しではないつもりだ。それに、どうやら本当にまだそういう関係ではなさそうだしな」


 師匠が鋭い人で助かった――まだ、というのが引っ掛かるが。

 しかし、師匠が他人の恋路に口を出さないと言うなら本当になにもしないだろう。

 例え蓮が仲を取り持ってくれと頼んだとしても、だ。

 よく考えれば、師匠は言動から脳筋タイプと思いがちだが、凄く常識人でしっかり考える人なのだった。

 久しぶりに会ったので、つい忘れていたみたいだ。

 無理にくっつけようとされて困る、なんて事にはならなそうだ。

 よかったよかった。



「それより、いくら信じる人は居ないとは云え、こんな公共の場で……しかも白昼堂々と魔物の話しをするのはどうかと思うがな。痛々しくて見てられん」


「…………」


 確かに他人から見たら、痛々しい妄想を語る邪気眼系彼女とそれを真剣に聞く馬鹿な彼氏という、何とも見ていられない状況に見えたかもしれない。

 もし聞いてる人がいたら、だが。

 聞いていたところで魔物の事やらMASDについて信じる人は流石に居ないから退魔師としては問題ないが、弟子のああまりの恥ずかしい行為につい話しかけたということだろうか。


 そうでなければ……例え私が居ることに気づいていたとしても、師匠は話しかけては来なかっただろう。


 今でも後悔している事だが、私は決して良い弟子ではなかった。

 最終的には離れたとはいえ、師匠があれだけ私に良くしてくれたのは、後になってみれば凄い事だったのだと思う。

 私だったら、とてもじゃないが耐えられないし。


 不意に会ったのでつい何事もなかったかのように普通に会話をしているが、本来ならこうして話ができるような立場ではないのだ。

 そして、今はあの時には言えなかった言葉を言うチャンスだった。


「師匠、あの――ごめんなさい……でした」


 私は謝る事すら満足に出来ない自分に呆れながらも、それでも師匠ならば私の謝罪の意味を理解してくれるのではないか、笑ってゆるしてくれるのでは無いか、等と――身勝手なことを思っていた。


 そう言って頭を下げた私を、暫くなにも言わずに、じっと無表情で見つめていた師匠だったが、二年前と同じ様に、少し――それがまた格好良いのだ――笑うと、目を反らしながら答えた。


「まあ、私が勝手にお節介を言っただけだからな……お前がわざわざ私に謝る必要はないさ。ふっ……しかし、まさかあの利かん坊なお前が謝るとはな。惜しいことをしたか、或いは逆に私が障害となっていたのか……」


 それが、あの二年前への謝罪に対する「謝る必要はない」なのか、ただ公共の場で魔物のことを話していたことに対する謝罪への「謝る必要はない」なのかは、私にはわからなかった。

 そんな大事な事すら師匠から読み取れない自分に軽く失望しつつも、それでも理解できた事はあった。

 それは、どちらにせよ私の今の謝罪では師匠に赦してはもらえなかった――という、当然と言えば当然の事実だった。

数日前には暇になったのですが、書くのに結構時間かかりました。二週間全く手を付けれていなかったのですが、間が開くとやっぱり書くのが難しくなりますね……。

章タイトルは章が終わった時にでもつけるつもりです

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