第五話 敵か、味方か Ⅲ
風の谷のナウシカ、今見ても良い映画ですね。
実は始めて好きになった二次キャラはナウシカでした。
そして、今日もっと先まで書こうとしていたのに時間の殆どが映画に取られた……
「えっ……」
「みすずっちが居なくなってからね、暫く部屋に引き篭もってたんだけど。いつの間にか居なくなっちゃってた。ごめんなさいってだけ書いた手紙を残して。携帯も財布も鞄も、何もかもが置きっぱなしだったから、警察は自殺じゃ無いかって」
「…………」
あまりの事に、声も出なかった。
美羽が、私のせいで家出……?
どこかで自殺したなんて、思いたくはない。
「りな、謝らないからね」
「……謝る?」
「そりゃ、りなも忙しくてみうの事あんまり慰めてもあげられなかったけど……。原因は、みすずなんだから」
自分のせいだとは思っても、里奈が何とかしてくれていればなんて思う訳が無い。
謝って欲しいなんて、尚更思ってる筈がない。
そう言おうとして、口を開きかけた私を、里奈の小さな人差し指が抑えた。
「本当はね、みすずが消えたあの日……りなね、みすずはわたし達の所へ来るかな、なんて考えてたんだ。
どうやって慰めてあげようかって。
退魔師なのに何も出来なかった、助けてあげられなかった私に、慰める資格が有るのかーなんて、悩んでね。
全部無駄になちゃったけどね。
別に責めてるんじゃ無いよ。
りなじゃ頼りないのも分かるし、魔物とか悪魔とか話せない事だらけだっただろうし」
「頼りないだなんて――」
ただ私は、巻き込みたくなかっただけで……。
「うん、その時のみすずは私が退魔師だなんて知らなかったんだしね。
でも、生きてるなら、怖い思いをしたなら、りな達を頼って欲しかった。
それが出来なくても、せめて一言くらい別れの挨拶をして欲しかった。
だって、りな達は友達だった筈だよね?
そして……多分、ある程度事情を知ってたりなよりも、みうの方がそう思ってたと思う。
だから、やっぱりみすずのせいだよ」
少しだけ涙目になりながら早口でそう言う里奈に凄く罪悪感を感じながらも、自分の中に軽い反発心が有る事にも気づいた。
あんなこと言える筈がない、辛い思いをしながらも、私は二人の事を考えて、頼りたい気持ちを抑えて――!
そして、そんな事を思う自分自身に、心底嫌気が差す。
でも、そんな事をどうこう思うよりも、今の話には気になることがあった。
「里奈がそう思ってくれていたのは分かったし、嬉しいよ。でも……美羽がどうしてそう思うの?」
そうだ、美羽がそんな事を思うなんて在り得ない。
何故なら――
「私は、あの事故で死んだことになってる筈じゃ……」
里奈が顔を強張らせる。
これでも三年前まで親友だったのだ。
お互いに秘密を持ち、立場が変わったとはいえ、これまでの時間が消えるわけではない。
だから、こんな風によく喋る時――里奈が言いづらい何かを抱えていて、それを言えずに苦しんでいるのが私には分かるのだ。
あれは昔、私の家へ泊まりに来た時だっただろうか。
そう、私がお風呂に入っていて、美羽がトイレへ行っていた間だ。
私が大事にしていた鞄を誤って踏んで、持ち手の所を少しだけ破いてしまって……それを言い出せなかった時も、里奈はこんなふうだった。
こんな所に鞄を置いておいたら踏んじゃうとか、こんな地味な色じゃなくてもっと目立つ色にした方がいいとか、もっと頑丈なのにした方がいいとか。
里奈なりの気づいて欲しいアピールだったのだろう。
結局あまりに鞄のことを言うので何かしたのかと問い詰めたら、里奈は大泣きして謝りだしたのだ。
素直に謝ればいいのに、大した事じゃなくても里奈は思い悩む事がある。
やってしまったすぐ後なら謝れるのに、ちょっとでも時間が経つと言い出せなくなって、思い悩んで。
結局、苦しくなって、気づいてもらえるように……。
そして、今も目の前に、昔と同じように大粒の涙を流している里奈が居た。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
りなが喋っちゃったの、りなが、みすずは生きてるからって!
もし泣いて頼って来たら、みうちゃんの家に泊めてあげてだなんて、話して!
みうちゃんをっ……」
あの頃のように、抱きしめてあげよう……――、一歩踏み出しかけた私よりも早く、その男は里奈の首筋に手を当てると、何らかの術を発動させ、里奈を眠らせた。
「まだまだ子供か、困ったものだ」
「な、何を――」
「ふん、餓鬼の泣き言に一々付き合ってられるか。黙って操り人形になっていればいいものを」
そのまま里奈を左肩に担ぐように持つと、男は背を向けて歩き出す。
頭のなかが一瞬で真っ赤に染まったのを感じた。
「っ!」
気づいた時には剣を突き出していた。
こういう時は、いつも悪魔が最大限の手助けをしてくれる。
過程も手順もすっ飛ばして手に現れた赤黒い剣は、私の血を吸った、私と悪魔が持つ中でも最高の剣だ。
僅かでも掠れば、人間なら、血の毒で直ぐに死ぬ。
「こ、のっ……!」
それが、あと僅かでこの剣が男に届くと言うのに――私の身体は何かに捕らわれたかのように、そこから一ミリたりとも動かなかった。
何をされているのか、全く分からない。
「飛鳥家の姫がどうしても、と言うので見逃していますが――」
「くっ!?」
巨大な何かに上から押しつぶされるような重圧を感じ、私は地面に膝をつく。
「――別に、MASDとして今ここで殺しても良いんですよ」
「あ……がっ……」
男の右手が伸び、私の首を掴んだ。
意志に反して、声にならないうめき声が漏れる。
身体は少しも動かない。
意識が薄れかかってきて――
「その手を離せっこの糞野郎!」
ボヤケた視界の中、走った勢いのまま拳振りかぶる東城君が見えた。
駄目だ、私の剣も届かなかったこの男に、唯の一般人である東城君が何か出来るはずがない。
「――ゲホッゲホッ」
私から手を離しスッと立ち上がった九条は、それに対して開いた手の平を向ける事で応えた。
「はっ、只の人間が、私達に逆らうか」
しっかり見えないので分からないが、多分カウンター系統の割りと弱めのやつだろう。
私や魔物なら直撃を喰らっても死にはしないが、いくら何でも人間には威力過多だ。
運が良くても即死、運が悪ければ……苦しんで苦しんで死ぬ。
(悪魔っ!なんでも良いからどうにか――)
その一瞬では流石にどんな手立ても間に合うわけがなく、九条の手にぶつかった東城君の拳は結界に阻まれて静止した。
しかし、それだけだ。
予想していた何かしらの反撃は起こらない。
「なっ……」
カランと音がして、浮かんでいた里奈の薙刀が地面に転がり、男が一瞬蹌踉めいた。
私への重圧も、消えている。
これなら――
「ちっ、特異点か」
グンッと、だいぶ弱まったものの、また重圧が掛かる。
今度はしっかりと、その巨大な手が見えた。
空気のように透明で、確かな質量を持っている。
(式神の一種か)
転がっていた薙刀も浮かび上がり、男の足取りもしっかりとした。
「糞、このお転婆姫の無茶で魔力が……。ふん、荷物を抱えていては重いし面倒だ。今回は見逃してやる」
そう言い残して、男はフッと消えた。
ワープ系の瞬間移動だ、そんな芸当が出来る奴が居るとは。
目の前で見ていたにも関わらず、どうやったのか全然分からなかった。
膨大な魔力が動いたのが辛うじて見えただけだ。
「痛った!」
東城君が殴りつけた拳を振るう。
結界は下手な壁よりも硬い、手に返ってくる衝撃だけでも相当な物だったのだろう。
「これで、冷やして」
影から濡らしたタオルを出す。
影の中に入れっぱなしだと、中々乾燥しないし結構冷えるのだ。
「あ、ありがとう」
タオルを見て、顔を真っ赤にする東城君。
これは、何か勘違いしてるな。
「一応それ、水で濡らしただけで一回も使ってない新品だから」
「あ、そうなんだ……」
そこで残念そうな顔をするな!
手にタオルを押し付けながら、東城君は座ったままの私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫?」
「うん、問題ない」
実際はかなり疲れてもう少し座っていたいくらいだったが、あまり心配させるのも悪い。
それに、首の痛みは既に無いから嘘でもない。
立ち上がってスカートの汚れを払う。
「もしかしたら、余計なことしたかな……。僕、助けになった?」
当然だ。
私一人だったら死んでいたかもしれない。
「ありがとうね。大助かりだった」
「なら良かった」
心底ほっとして、嬉しそうに笑う東城君。
しかし私は、その表情をそのまま信用は出来なかった。
(あれは、術を無効化したの? いえ、でも結界は確かに働いた。そしてあの男、特異点って――)
父親も怪しかったが、彼にも何か探知能力以外に秘密がありそうだ。
二章も次の話でそろそろ終わりかな。
三章は話の内容を全く考えていないので、いつになるやら……




