第三話 彼と誤算 Ⅰ
ありがちなお風呂を覗かれるというイベントも、シャワー中に敵が……というような事もなく、私はお風呂を出た。
少し着ただけなのでもったいない気はしたけど下着は流石に変えて、着ていた服を着る。
それで、どうすればいいのだろう……?
「あ、出た?」
お風呂場から出た所でおろおろとしていた私を、二階から降りてきた東城君が見つけた。
ちょっとバツの悪いというか、照れたような顔だ。
「えっと……なんかごめんね、つい。
あ、話があるんだったよね、僕の部屋でいいかな?」
こくこくと首を縦に振る。
私はまだ、少し呆然としているままだった。
蓮と扉に書かれたその部屋は、地味な男子という感じの部屋だった。
PCに音楽を聴く機械やベッド、どれも普通だ。
ギターが置いてあるわけでも、アニメやアイドル等のポスターが貼ってあるわけでもない。
が、机の上にあるカレンダー……あれは最近街中でよく見かける某アニメのキャラクターが描かれているんじゃないだろうか。
本棚に急ごしらえと思われるカーテンが付いているのも気になる。
疎い女の子なら気づかないのかもしれないが、隠し方が甘いとしか言えない。
そもそも隠す必要があるの?にわかオタクだな。
と、前世の記憶が言う。
うん、オタクだったのか前世の私。
服装の趣味から何となくわかってたけど。
「その座布団に座って」
ボンヤリと部屋を見渡しながら言われたまま座って、ようやく正気に返った。
取り敢えず敵ではない事はもう確定したと思っているけど、一般人かどうかはまだ分からない。
今何か術でも掛けられていたら、簡単にかかっていたかもしれない。
いくらなんでもボーッとしすぎだってば、と自分にカツを入れる。
それはともかく、取り敢えず彼から情報を引き出さないと。
「あ、あの――」
「とにかく、無事でよかったよ」
「――あ、うん」
うん。
何だろう、最近悪魔としか話して無いから、初対面の人とお話するのが難しいのかも。
一体何から話せばいいんだろう。
突然「君って何か特殊能力を持ってるの?」って聞いても、何言ってんだこいつ……――って顔をされるだけだろうし。
かと言って、「君には特殊な力があって……」なんて語り始めても、電波女かよヤバイやつに関わってしまった――と、思われるだろうし。
何か、自然に話をできる無難な話題は……。
「僕……君が死んじゃったと思って。その、自分だけ逃げたこと、謝りたくて……」
「えっと、それはいいんだけど……五千円返してもらってもいいかな?」
狼男からどう逃げたかを聞かれても困る。
話が拗れる前に、お金を先に頂こう。
「あ、そうだったね」
そう言って東城君は財布から五千円を出すと、私に渡した。
ボロボロな所を見るに、どうやらかなり昔の財布らしい。
取り敢えず、これでいつでも彼とおさらばできる。
……財布?
「あ、そうだ忘れてた。これ、鞄拾っといたんだけど……」
影から鞄を取り出して東城君に渡すと、彼は目を丸くして驚いていた。
『(お、おい)』
(……あ)
つい癖で影から出してしまったが、いくらなんでもこれは不味い。
「今何処から……と言うか、どうやってこれを?」
「え、えーっと……取り敢えず、財布に入ってた五百円使っちゃったから、五千円を両替してもらえるとありがたいんだけど……」
「……いや、誤魔化されないからね?」
「あ、あはは……」
ど、どうしよう……。
悪魔が正論どうのこうのより、今日の私がどこかおかしいのかもしれない。
『(ハァ……取り敢えず、彼から話を聞くならこっちもある程度は話すしかあるまい。あの狼共を見ているのだ、多少話しても問題ないだろう)』
(う、うん)
確かにそうだ。
話を聞かせてね、ただしこっちは何も話さないけど……では、不公平過ぎるだろう。
それに、既に半分巻き込まれている彼にはある程度話してあげた方がいい。
視える人だというのなら、それこそ最低限の知識は与えてあげるのが優しさってものかもしれない。
知らない方がいいことも有るが、自分に関わることは知っておきたいだろう。
わけも分からず化け物に殺されると言うのは流石に可哀想だ。
「えーっと、色々話すことは有るんだけど……とりあえず、どうして私があそこに居るって分かったか聞いてもいい?」
しかし、話し方や話す範囲は考える必要はある。
取り敢えず彼から話を引き出したい私は、核心には迫らないながらかつ気になっていた点を聞いた。
「あ、ああその話ね。えっと……朝新聞を取りに行った時になんか違和感を感じて」
「違和感を感じる……?」
「そうなんだ、いつも幽霊とかそういうのを見るときに感じるんだけど……。それで、もしかしてあの狼達が来たのかと思ったから、そこの双眼鏡で外を覗いたんだ」
彼が指さしたのは、机の上に有る一つの双眼鏡だった。
成る程、双眼鏡とは盲点だった。
それならたしかにこの距離でも誰が居るか分かるね。
「そうしたら、君が見えたから慌てて見に行ったら……その……」
言いながら彼が言葉を濁す。
真っ赤な顔から何を思い出したのか大体想像はつくが、口に出さないのならスルーしてあげよう。
私は優しいのだ。
と言うか、忘れて欲しいって言いながら、そのことをわざわざ掘り返す人の気持ちがわからない。
「ふーん……。それで? 違和感って言うのは、どういうものなの?」
「うっ……ごめん。ど、どういうって言われると困るけど……。うーん、敢えて言うなら道を間違えた時に周りを見てあれって思う感じに近いかな?」
分かるような理解らないような……。
私が魔物達を見た時には、そんな感覚を覚えた記憶はない。
『(タイミング的には水を作った時かもしれんな)』
悪魔が言う通り、双眼鏡で覗いた時に既に着替え始めていたらいきなりドアを開けたりしないだろうし、それより前だともう少し早く来てもいいだろう。
水を作る術に反応した、と考えるのが自然か。
いや、もしかして着替えてるのを見て慌てて来たとか?
「…………」
「え……な、何その目?」
まあそんな事を出来る勇気があるようには見えないか。
彼は同じクラスに好きな人が居ても、話しかけられなくてチラチラ見るだけで終わるタイプだ、きっと。
『(もの凄い偏見だな……あ、いや。それで、もし術を使った事で違和感を感じたのだとすれば――
彼はコスモゴニアの影響を受けないか、あるいはコスモゴニアの働きを感じる才能が有るのかもしれん)』
(コスモゴニアって言うと、前に言ってた神の秩序とか言う神術?)
確か、術によって現実に起こる悪い影響をある程度吸収、修復してくれる巨大な術みたいな話を聞いた気がする。
この認識があってるかは知らないが、あまりハッキリした話でもなかったし、悪魔もよく知らないんだろう。
『(ああ、前例は有る。彼は教会で馬車馬の様に働かされていてな。
何しろ俺たち悪魔が完璧に偽装を施してもコスモゴニアを介して違和感として見破ってしまうものだから、当時最強の探知機扱いだった。
彼の力で俺の知り合いも大勢捕まったくらいだからな……)』
悪魔はそう、過去を懐かしむように言った。
私とともにこの世界に現れたのだとばかりに思っていたが、どうやら過去にもこの世界に居た事が有るらしい。
しかし、もしその話が本当で、彼がその能力を持っているとしたら――やはり、使える。
探知機とまでは言わないけど、ある程度敵を見つけてくれれば今のところ探知魔法の一切を使えない私には凄くありがたい。
悪魔の偽装すら暴くレベルだとすれば、隠れている魔物も一発だ。
魔物を殺して回る効率は、とてつもなく上がるだろう。
MASDに所属していない探知出来る人物と言うのは凄く稀な筈だ。
――できれば、仲間に引き込みたい。
『(とは言っても俺がこの世で暴れていた頃の話だからな……千年も前の話だと思うが)』
(ふーん……)
今までの幾つか蓮の一人称が俺になっていた部分を僕に修正。
ついでに、細かい誤字脱字と変な日本語もある程度修正……。