第二話 裸とお風呂と
前回見直さなかったら、3つも誤字があると言う酷い目にあったので今回は見なおした……。
次の日の朝。
悪魔が影の中から術を発動させ作った悪臭によって飛び起きる。
起きた時にはすでに九時を回っていた。
「お願い、その臭いだけは止めて……」
焦げ臭い臭い。
嫌なことを思い出す臭いだ。
悪魔もそれが軽くトラウマになっている事は分かっている筈なのに。
しかし、悪魔は軽く無視をする。
私の悲しみや苦しみを糧にするのだから、このくらいは許容しろということだろう。
『ハァ――ずいぶんと早いお目覚めだな。そんなに夢見が良かったのか?』
「ごめんなさい」
何回も声を掛けたらしい悪魔から嫌味が飛んでくるが、今回ばかりは黙ってうつむくしか無い。
疲れが溜まっていたのだろうか……。
『まぁいい、休みなら向こうも起きるのは遅いだろう』
「うん」
しかし、朝食は諦めるしか無い。
買いに行っていたら相手が出かけてしまいました、ではお話にならない。
お昼になってしまう前に、話を付けたいところだ。
「今から向かうわ、おかしい所無い?」
『少し臭うな』
「そ、それはアンタのせいでしょ!」
「元々の原因は誰だ?」
「うぐ――そ、それは言わないで……」
浄化の神術を使うには、清潔な塩がそれなりの量必要なのだ。
お風呂屋へ行くよりは安いが、今の所持金では心もとない。
五千円返してもらってから買うべきだろう。
そもそも、塩だろうと朝食だろうと買いに行っている暇はない。
『男に会いに行くというのに、ずいぶんな格好ではないか?』
「まだ蒸し返すの?」
『いや、相手の親がどう思うか……とな』
息子にお金を返せと言いに来る薄汚れた少女。
事件の匂いしかしない。
確かに、急いでいても多少いい服に着替えるくらいはした方がいい。
『そうだ、俺が洗ってやろう』
「悪魔が、洗う?」
『うむ、濡れタオルで顕現するくらいわけない。服を脱げ、俺が洗ってやろう』
「えっと……一応聞いておくけど、冗談よね?」
『冗談なものか。なに、気にするな、俺は多少汚れてもお前の中に戻れば綺麗になるから気にしないぞ』
いや、そういう問題じゃないのだけど。
『タオルで顕現すれば俺に知覚する能力はないしな』
そうは言っても、悪魔が化けたタオルで拭くのは嫌だ。
この悪魔はバカなんじゃないだろうか。
『仕方ないな……では影の中にあるタオルから一枚出すか』
「最初からそれ出してよ!」
意味ないとわかっていても、ついおもいっきり自分の影を殴ったのだった。
いつの間に取り込んだのか、悪魔が出したタオルは普通サイズとバスタオルのセットだった。
きっとどこかの銭湯で盗ったのだろう。
『失礼な、ちゃんと無料で貰える物だ』
まあ今更戻しに行く事もできないし、そこは信用するしか無い。
幸いにも新品に見えるが、当然濡れてなど居ない物だ。
水道も出ないので、水は作るしか無い。
浄化と違い、空気中に存在する少量の水を出すくらいなら何も触媒が無くとも問題ない。
簡単な術式を行うと、何もない空中から水が握り拳程の大きさの球状となって現われる。
本来は飲水になるものの様だが、緊急時に血を洗い流すために使っているのを覗き見して覚えたのだ。
軽く湿ったタオルで、体をふいていく。
カーテンが無いどころか、ガラスすら割れて存在しないが、出来るだけ奥……つまり、出入口付近で影に隠れるようにして服を全部脱ぎ、体をふいていく。
まずは髪の毛。
体の上から、少しずつ、丁寧に汚れを拭き取っていく。
それは、胸を拭き終わり、次はお腹を……と思った時だった。
ガチャ――
「え?」
「あ……」
止まる時間。
たっぷり三秒静止した彼――東城蓮は、少しずつ顔を赤くし、
「ご、ごめん!」
――バタン
おもいっきりドアを閉めた。
「えっと……どういうこと?」
『面白いことになったな。まさかこのタイミングで覗き見されるとは』
くっくっくっと笑ってる悪魔は放って置いて、彼の事だ。
なぜここに来たのか。
昨日MASDに報告し、朝になって命令で殺しに来たと言うのなら、今ほど絶好のチャンスは無い。
今のは完全な不意打ちで反応できないほど呆けていた。
まさか彼が家の窓からこの部屋の窓を覗いて私が居ることを知ったわけではないだろう。
そんな偶然は信じられないし、流石にこの距離で誰かが居るとわかっても、それが誰かまでは特定できない筈だ。
とすれば……ここに私が居るとわかっていた?
夜に彼の家の前を彷徨いていた時に見られていたのなら、説明はつくが……それなら直ぐに来ていてもおかしくない。
「直接本人に聞くのが速い、かな」
『(その前に服を着たほうがいいと思うぞ)』
「はわっ!?」
『(ハァ……男か女か以前の問題あり、だな)』
「スミマセン……」
今日は悪魔が正論ばかりだ。
どうせなのでそのまま最後まで体を拭き、悪魔が影から出した新しい服を着る。
これはちゃんと私が買った記憶があるものだった。
白い萌え袖――手の甲が半分くらい隠れる長さの袖のことだ――のブラウスに、簡単な模様が入った黒いミニスカートと、ニーソ。
絶対領域完備。
流石に足が寒いが、そこは悪魔と契約しているだけはあって余裕で我慢。
上着として悪魔の翼で出来たボロいコートを羽織っているが、人間には見ることが出来ない。
靴こそ学校のローファーのままだが、完全に前世の趣味が反映されている。
そもそも前世の自分はローファーも好きだ。
前世の自分は言う、美少女だからなんでも似合う、と。
悪魔は言う。
『確かに似合うし別にその服に違和感もないが……その内心を知ったら誰でもドン引きだな』
余計なお世話だ。
「もういいわよ……って、なにしてるの?」
「スイマセンでした」
ドアを開けると、彼は土下座の姿勢で待っていた。
この汚い上に冷たい廊下で土下座とは、中々やる男だ。
気持ちは分からないでもないけど。
前世の自分も、こういう時は土下座するに限る……と言っている。
それで世に居る女の子が許してくれるかどうかは知らないけどね。
「別に怒ってないし、そこまでしなくても結構よ。事故だしね。忘れてくれればそれでいいわ」
「いや、でもそういうわけには……」
それに忘れられそうもないし、と小さな声で言ったのは当然聞こえてるが、聞こえないふりをしてあげるのが正解だろう。
見られた恥ずかしさも当然有るが、
「このラッキー野郎!」
と思ってる自分もいるから、自分の気持が良くわからない。
これが恥ずかしさだけだったら、思いっきり殴っていただろう。
「んー……なら悪いんだけど、あの五千円返してくれる?」
取り敢えずそう言ってみる。
高校生男子には五千円は大きい。
タクシー代として使ってしまったとすると、返すのも大変だろう。
「あ、うん。そう思って持ってきたんだ」
持ってきた、ということはやはり私が居ると知ってきたのだろう。
ついでに、彼がMASDの所属の可能性も下がった。
「そ、そう、用意がいいね……取り敢えず入って」
ボロ部屋でも外よりはいいだろう。
「えっと……ここで寝てたの?」
あまりの汚さに、東城君の顔が引き攣る。
まあ確かに、人が過ごせそうな部屋には見えないが、一泊してみて分かった。
これでも全然平気だ。
塩を買って浄化が済んでしまえば、この街での基地扱いしてもいいかもしれない。
「住んでみれば意外と平気よ。ダンボールでも拾って来てベッドにすれば、寒さも何とかなりそうだしね」
「す、住んで……? ダンボール……」
信じられない……と言った顔で首を力なく横に降る東城君。
まぁ、気持ちはわかる。
だが、本当に平気なのだ。
……本当だ。
「汚いけど座って、ちょっと聞きたいことも有るの」
「ごめん、無理」
「え?」
「流石に虫の屍骸が転がってるような所では座れないです……」
虫なんて野宿していれば気にならなくなるのに。
流石にこの部屋は許容範囲外だったのか、東城君は私の手を取って立ち上がらせると、そのまま私を引っ張って外へ出て行った。
「ちょ、ちょっと、どこへ行くの?」
「僕の家。余計なお世話かもしれないけど……流石に見てられないよあんな状態」
そう言った彼は、そのまま私の手を引いて家へと入っていく。
「ただいまー! 母さん!」
「お、お邪魔します」
慌てて靴を脱ぐ。
そのまま靴を揃える暇もなく、引っ張られてリビングらしき部屋へ入った。
「どうかしたの――って、誰かしら? その娘」
東城君の母親は、ちょっとおっとり系の可愛らしい人だった。
流石に半ば引きずるようにして女の子を引っ張ってきた息子を見て、驚いたように目を丸くしているが……優しそうな人だ。
「学校の友だちなんだけど、家出して来たみたいなんだ。お金も全然持っていないみたいだし……ちょっとの間家に泊めちゃ駄目かな?」
「ちょ、ちょっと、もごもご――」
東城君が勝手なことを言い始めたので止めようとしたその口を、彼の手が塞ぐ。
どうでもいいけど、お母さん驚いてるよ。
「い、いいけど……向こうの親には連絡しておかないと」
親は居ません……と、言おうとしても、口を抑えられてるのでモゴモゴとした音にしかならなかった。
「うん、判った。ちょっとお風呂使うね」
「え、ええ……」
呆然としてる母親を置いて、また手を引っ張り始めた東城君は奥へと進んでいき、そのまま私を風呂場へと押しこむように入れた。
「タオルはそこにあるから。着替えは今のを使ってもらうしか無いんだけど……」
「ちょ、ちょっとまって、何が何だか――」
「取り敢えず、お風呂入ろう。女の子がタオルで拭くだけなんて駄目だよ」
「それは忘れてって言ったでしょ!」
「いいから、ね?」
それだけ言って、パタリとドアを閉められる。
途端に訪れる静寂……。
――いや、どうしろと。
『(取り敢えずお言葉に甘えてお風呂に入ったらどうだ?)』
「な、なんなのよもう……」