息をやめないで。
愛に形があるんなら。
たぶん私はそれを知っている。
それはたぶん。
きっと君みたいな感じ。
「息をやめてしまいたいね」
曖昧に君は笑った。
私の唇が君のそれと離れたすぐ後だった。
唇を押し付けるだけの不器用なキスが、私の唯一の愛情表現。
素直になれない私は、いつも君の言葉を遮るように食べるように愛を贈る。
「どういう意味よ」
顔を寄せるために乱暴に掴んだ胸倉から、手を離す。
爪先立ちの踵をとん、と地面に下ろして私はむっとする。
会話の途中に、噛み付くような唐突なキスをするのはいつものことなのに、君のそんな言葉は初めてだった。
君は淋しげに目を細めて言う。
「幸せすぎたから、息をやめてしまいたいと思ったんだ」
「なによ、それ」
訳がわからなくて眉をひそめる。
君は時々、私の理解を悠々と超えていく。
そんな時、私はいつも不機嫌になる。
「幸せなら、それらしい顔しなさいよ」
肩を怒らせて抗議すれば、君は困ったような微笑を線の細い顔に浮かべる。
「笑うなんてずるいわ」
君がそうやって笑うと途端に私の苛立ちはしぼんでいく。
前は余計に苛立ちが募って喚き散らしたりもしたけれど、君は何も言わずに怒られているので、あとで悲しくなるのは私だった。
「ばか……」
「ごめん」
俯いた私の頭に手をおいて、君は謝る。
そんなにすぐに謝られたら、不機嫌に拗ねてる自分が馬鹿みたいだ。
わがままで子供な私は、大人みたいな君にイライラする。
でも、君を困らせ謝らせる自分にはもっとイライラする。
「ごめん」
顔を上げない私を君が遠慮気味に抱きしめる。
それは壊れ物を扱うような優しい手つきだった。
あぁ、どうして君はいつも。
私にこんなに甘いのか。
「私だって幸せなのに」
君に大切にされて。
幸せなんだから。
躊躇いながらも背中に手を回す。
君はくすぐったげに身じろぎして応える。
「うん。知ってる」
「……知らないくせに」
「ちゃんと知ってるよ」
春の木漏れ日みたいな声に、少しだけ目を閉じる。
君を大切にしたいなぁと思った。
幸せでいてほしいなぁと思った。
そして、やっぱり君が好きだなぁと思った。
そう考えたら胸がいっぱいになる。
だから、力いっぱい抱きしめてから体を離した。
「息をやめたいなんて言わないでよ。幸せなら幸せって言って」
腰に手を当てて子供を叱るように偉そうに言ってやる。
やっぱり急には素直になれる訳じゃないし、大切にする方法はいくらでもある。
だから、私は私なりに君を幸せにする。
私の小さな決意を知ってか知らずか、君は眩しげに笑う。
「息をやめたいって、時間を止めてほしかったってことだよ」
「幸せすぎて?」
「うん」
いたずらっぽい瞳が私を捕らえる。
そういう意味かと少し呆れた。
あと少し安堵。
「ほんとに馬鹿よ」
「そう?」
「うん。徹底的に馬鹿」
「でもさ」
君は何気なく言う。
「そんな俺が好きなんでしょ?」
「なっ」
思わず顔が血が上った。
君はへらりと笑う。
それが余計に悔しくて声にならない声を上げる。
「いつも、言われっぱなしは悪いからね」
飄々とした物言いに、私の考えなんてお見通しなんだと悟った。
君が楽しそうに顔を覗き込んくる。
「ほら、ちゃんとわかってるでしょ」
「……しょうがないから認めてあげる」
「いつになく素直だー」
からかうような声音に頬を膨らませれば、また笑われた。
さりげなく差し出された手に、私は不服そうに手を伸ばす。
握りしめられた私の手はなんだかとっても暖かくて。
息をやめたいって言った君の気持ちが、少しだけだけど私にもわかった気がした。
でも、私は息をやめない。
そうして君と生きていく。
友人よりリクエスト【胸キュン】
全然、胸キュンでなく申し訳ないです。汗
恋愛ものはやっぱり難しいですね。