第44曲:Good-bye to yesterday
繋いでいた手と反対の手で開け放ったのは、当然領主デトビアがいる部屋の扉。
実は少しだけ、ほんの少しだけ罠とかの可能性も考えてはいたが、それはなかった。
部屋の奥には妖艶な女性が、グラスを片手に椅子に座って赤い液体を飲んでいる。
あの中身が判明してからだと、ただの妖怪ババアだな。
「あら、治療は終わったの?」
俺の存在に目を止めたデトビアは、グラスをサイドテーブルに置き、優雅な動きで座していた椅子から立ち上がる。
普通だったら、その仕草にドキドキするんだろうが、生憎、俺にとってはスフィールさんと手を繋いでる方がドキドキするわ。
「治療?何のコト?そんなものハナっから必要ないぜ?」
不意打ちってテもあったんだ。
でも、どうせならあの余裕ブッた態度をどうにかしてやりたいと思う俺は、人格歪んでっかね?イジメっコ?
「どういう事かしら?」
「どういう事だろうねぇ?あぁ、ノリスのおっさんな、お暇もらいたいって出て行ったぜ?」
デトビアの瞳が鋭く光る。
美女の仮面のしたから蛇女が出てきたカンジ。
藪を突いたら蛇が出たってこういうコト?
おぉっ、コワッ。
「それと、俺の仕事も今日限りにしとくわ。最後ってコトでさ、さっき料金要らないって言ったけど、特別に欲しいものがあってさぁ、治療してないからいいよね?」
握っていた手を離し、隣にいるスフィールさんの肩を抱き寄せる。
これくらいの役得があってもいいよな?姫を救うのに。
「スフィールさん、ちょうだい♪」
鋭かった目が更に・・・殺意だな、うん、今回ははっきり解る。
そろそろ会話を打ち切らないととは思うんだけど・・・。
「面白い事を言うのね・・・死にたいのかしら?」
化けの皮が剥がれてきたなぁ。
「ヤだ。死にたくないから逃げるよ。アンタが"奪ったモノ"を取り返してから。」
悪ィなサク。
オマエに迷惑かけてばっかの兄ちゃんだけど、俺はヤるぞ。
「小賢しいわね!」
デトビアが腕を振り上げた瞬間、俺は咄嗟に横にいたスフィールさんを突き飛ばした。
腕に激痛が走って、締め付けられていく。
「イイ趣味してるぜ。」
俺とデトビアの間を一本の鞭が結ぶ。
スフィールさんを突き飛ばすだけで精一杯で避けられんかった。
この辺が戦いの経験のない俺の限界・・・か。
「今なら、まだ許してあげてもいいわ。泣いて膝まづいて許しを請いなさい。でないと、まず腕から一本貰うわよ?」
舌なめずりしているその姿は、糸に獲物をかけた蜘蛛みたいだ。
・・・蜘蛛に舌はねぇか。
「ドSかよ。謝る気はねぇな・・・腕も取られたくない。」
誰だってそうだよな?
「調子に乗ってぇッ!」
(刻の終わりを映し出せ・・・。)
デトビアが腕を引き上げ、更に締め上げようとした直前、俺の目が映し出した地点へ腰のナイフを振り下ろす。
「危ねぇ・・・。」
消し飛んでいく鞭を見て、驚愕の表情を浮かべたのは一人だけじゃなかった。
「・・・魔力・・・?」
スフィールさんも、呆然としたまま呟く。
でも、それはハズレ。
「しっかし・・・。」
俺はデトビアを正視する。
彼女の身体は、至る所が輝いていた。
人体も物体と同じで、俺の力で見た時に光る点は一つ。
一点だけが輝いて、その一点だけが唯一無二の弱点になる。
しかし、彼女の身体は、一つだけじゃない。
「・・・見事に継ぎ接ぎだかけの身体だな。テメェ自身の部分のが少ないじゃねぇのか?」
怒りはある。
でも、今回は前回と違う種類の怒りというか・・・。
意外と冷めている。
俺はヤツが奪い取った"者"を奪い返す。
根こそぎ・・・全部だ。
デトビアに向かって、一直線に走り出す。
「このクソガキィィッ!!」
目を血走らせた女が俺に向けて右腕を突き出すと、彼女の腕が線状に輝く。
血管に沿った輝き、血中内に宿る魔力の煌めき。
何か、攻撃的な何かが撃ち出されるんだろう。
けど!
「うるせぇッ!クソババァーッ!」
俺は止まらなかった。
ここでビビって止まるなんて、カッコ悪過ぎるだろ?
彼女の腕の魔力のほどばしりとは違った輝きが、視界に入ったソレが俺を後押しする。
届けッ!
「ふぅ~。俺の方が早かったな。」
俺の指の先。
所謂、デコビン的に打ち出された指が、デトビアの腕に当たるのが早かったようだ。
互いに腕を突き出した格好のまま・・・ただ静かにデトビアの腕が粒子状になって霧散してゆく。
「腕が・・・。」
本来、一点しか見えないはずの破滅をもたらす光。
彼女の無数の光点は、きっと"他者の光"だ。
何でそんなものまで見えるのかは解らん。
俺の力が強まってるのかも知れない。
ただでさえ、反則気味なのにな。
まぁ、今まで使ってなかったから、何が本来の力かも解らないんだけど・・・。
でも、あの光は身体を奪われた、喰いモノにされたエルフ達の想いの丈が詰まった訴えなんだと今の俺は思いたいんだ。
「俺には視える・・・オマエの身体から解放してくれと・・・声が・・・視える。」
声が見えるなんてな・・・本来視えないモノが視えるというのも言い得て妙だね、こりゃ。
だから、俺が、それが視える者として・・・。
「オマエがしたように傲慢に振舞ってやるよ・・・オマエが重ねた罪の分だけ・・・俺が!」
もし、彼女の犠牲になった人数が少なければ、彼女の身体は無事で命も助かるだろう。
「ここも!そこも!返してもらうッ!」
まるで罪を裁く神のように・・・。
俺は固めた拳を彼女の身体の至る所で光る点へと振り下ろしてゆく。
彼女自身がすぐに消えてしまわないように、身体の末端から順に。
「あひィィィィーッ!」
腕を振り下ろす度に身体の部位の何処かしらが消える現象に、デトビアはただただ悲鳴を上げる。
上げ続けるだけだ。
とりあえず解った事は、罪を裁く、そんな神になるには、感情なんていらないんだろうなってコトだ。
こんな事を延々としていたら、俺は、マトモな人間はどうにかなってしまうだろう。
絶対に狂う。
「とりあえず・・・アンタ、醜いな・・・。」
俺の眼に映った彼女に言える事は、これだけだ。