第40曲:釣りに行こう
「どうかなさいました?」
翌日の夕暮れ時、昨日よりは少し早い時間に俺を迎えに来たスフィールさん。
彼女は、ピクリとも表情を変えないクールさを発揮してきた。
この無表情・無口さは、自らしているのか、そうせざるを得ない環境だったからか。
どちらにしろ、タチが悪いか。
「それはデトビア様に会った時に説明するっス。」
「そうですか。」
自分に与えられた務めにしか興味がないのか、それっきり突っ込んでこなかった。
「ところで、スフィールさんは昨日と同じ服装っスけど、同じの沢山持ってるっスか?
俺達庶民は、下着以外着たきりスズメに近い状態だが、彼女は貴族に仕えているんだぜ?
特にデトビアは、がけ印に拘りそうだから、特に。
「・・・参りましょう。」
あっさりスルーされますた、くすん。
元から女性に聞く事じゃないか。
苦笑しながら、彼女に引っ張られて行く。
現状だが、既に宿は引き払った。
女将さんには直接言った訳じゃないが、宿泊した代金と同額を追加で部屋に置いてきたので、帰らなければ察してくれるだろう。
昨日と同じ道具に、金属バットと木刀を入れたケース。
それ以外の荷物は全てアンソニーに渡した。
アンソニーは昨夜決めた事を実行する為、朝から活動している。
アルムは完全武装をして、こちらも俺より先に宿を出た。
今回は誰が欠けても成功しない。
引き鉄を握っているのは俺。
俺のタイミング次第だ。
「あ・・・。」
「なにか?」
「いえ、なんでも。」
城に行く途中で、視界に一瞬だけ入った。
辺りは既に暗くなり始めているけど、あの姿はアルムだ。
全く、人の事を心配して、わざわざ自分がいる事を表に出す必要あっかねぇ?
心配性にも程がありますよって・・・いよいよ、城の中へ入る。
例の裏口から・・・T字路。
チラリと明かりの灯されていない暗闇の先を見つめる。
一度、それを認識すると、それ以外は感じない。
・・・血・・・酸化してゆく錆びた鉄のような血の匂い。
スフィールさんに手を引かれたまま、階段を上る。
「昨日と同じように、この部屋でお待ち下さい。」
やっぱり無表情。
でも、俺は垣間見た事がある。
彼女の人間味ある表情を。
「スフィールさん。」
なんかねぇ・・・。
なんか、俺ってやっぱり我が儘なんかね?
「スフィールさんもやっぱり綺麗な人なんスよね。」
俺の言葉に対して、じぃっと見つめてくる彼女の目を・・・しっかり見つめ返した。
「・・・では。」
リアクションも何もなく、パタリと閉じる扉の音あして、俺一人残される。
「・・・バレたかな?」
思いっきり見つめ返しちゃったもんなぁ。
でもなぁ、ずぅっと嘘だらけってのも、ね。
「ホント、ダメなにぃちゃんだなぁ、俺。なぁ、サク?」
あまりにも我が儘過ぎて思わず天を仰ぐ。
仰いだとこrで、何が見えるわけでもなくて。
「でだな、サクちゃんや・・・お兄ちゃん、昨日も言ったけど・・・"使う"かんな?」
あれだけ、この世界への干渉が云々とか、異邦人だとか言っていたのは何処へやらだ。
「人間て、強欲だよなー。ま、自分に正直っつー見方もあっけど。」
止まる事を知らないソレは、いつかその身を焼き、破滅をもたらし、地獄へ堕ちる・・・て、何の本だっけか、サクよォ。
「待たせたわね。あら?」
入って来たデトビアはスフィールさんと同じ視線で俺を見る。
何処をって?見ているのは、俺の腕。
「申し訳ないっス、デトビア様。不注意にも、商売道具がこうなってしまって・・・どうにもこうにもっス。」
俺は包帯でぐるぐる巻きにされた片腕を、彼女の眼前で振ってみせる。
そして・・・。
「いやぁ、デトビア様に合わせて調合した品を、折角用意したってのについてないっス。」
心の中では、喰いついて来い!喰いついて!と。
「これじゃあ、数日は無理っスかねぇ。」
頼むよ、強欲のデトビア様。
アンタは美の為なら、手段を選ばないんだろ!
「数日も?」
「あ~、まぁ、これから近くの街に行って、"治療士を頼む"か、お金もかかるので自然治癒か、どちらにしてもそんなとこっスね。本当に申し訳ないっスけど。」
だから、会わせろって!
いるんだろう?
ここにアンタのお抱えが!
「治療士?」
「治療士っス。あぁ、でもさっきも言ったように、法外な額を取られるとなると無理なんスけどね。」
来た来た。
目先のモノに喰いつくと思ったよ。
アンタは、自分の為に使う分にはドカンと投資出来るタイプだ。
「あなた、運がいいのね。私もだけれど。」
「はぃ?」
もったいぶっているデトビアに対して、俺はワザとらしく聞き返す。
「この城に治療士がいるの知っていて、そういう事言うのね?いいわ、"特別に"呼んでアゲル。」
どうやら、スフィールさんを遣いに出してくれるようだ。
全くいい根性してるよな、恩着せがましく"特別に"とかさ。
最初に出会った時に、俺の見えない(設定)の眼を治してやろうとか、一欠片も思わずにいたくせに。
「本当っスか?!いやぁ、流石、デトビア様、心がお広いっス。」
あぁ、もう、なんかウゼェ。
現代っ子はキレやすいんだじょ。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂いて、終わって準備が終わり次第、またご足労頂くでよろしいっスか?」
ともかく治療士と一対一で話せる状況を作り出さないとな。
その為には、一時的にしろ、退場して頂かなくてわ。
しっかし、綱渡りの作戦だな、オイ。
デトビアが解り易いくらい強欲な性格で良かった。
俺が思った以上だったけれど・・・人間って・・・やっぱ、うん。
「そうしてちょうだい。」
「はい。その代わり、今日のお代は結構っス。」
ちょっぴり惜しいが、強欲は身を滅ぼすので・・・。
ま、しばらく街に行く事もないだろうし。
「うふふ。殊勝な心がけね。可愛いわ、アナタ。」
えぇ、同じ強欲でも、俺は"金より命が大事"なんでね。