第23曲:PRIDE(アルザック視点)
ギブ・ミー・チョッコレート♪
いや、お約束かなと思いまして。
「そんな・・・。」
私の横でアンソニーが絶望の声を上げる。
彼は私が今まで会った若い騎士の中でも、騎士に必要な最たる資質を持っていると同時に、最も騎士に向かん男だ。
だが、その彼の今の反応を見るとだ。
「普段はああいう人間には見えなかった、という事だな?」
呆然とするアンソニーの返事はない。
だが、私は驚きはしない。
「あれも人という存在の本質の一つという事だ、覚えておけ。」
私達の視線の先に黒い影が躍る。
猛然と・・・猛然とだ。
一直線にこちらに突っ込んでくるのは、アンソニーよりも年下の黒髪の少年。
騎士でいうところの従卒者級の若さだ。
「彼が様々な策を仕掛けた人間の片割れか・・・。」
あの若さで、あれだけ使えるのなら、最速で騎士になれそうなものだ。
しかし、その策を練った人間にしては、拙い。
本当に彼がそうなのか?
「イクミ!」
アンソニーが叫ぶ。
イクミ?
それが彼の名か?
猛然と進むイクミという少年の前に、私の部下が立ちはだかり、次々と彼に襲い掛かっている姿が見える。
・・・全く、私が何時、彼を迎撃しろと命令を下したというのだ?
呆れて物も言えん。
だが、その分、彼を観察する機会が出来た。
動きを見たところ、戦闘経験というものは無さそうに見える。
「?!・・・あれはなんだ?」
彼を襲っていた者達、何人かの鎧が砕けた?
違うな、霧散したように見える。
そういえば、動きは全く素人だが、身体に傷らしい傷は見当たらない。
既に30人は彼の相手をして倒されているというのに。
彼には、剣も槍も届いていないという事か・・・さて。
「アンソニー、来るぞ!」
この人数を相手にもうここまで来るとは、デタラメな早さだな。
「だが、やらせん!」
「イクミ!」
我が身で実証してみるしかない。
腰から抜いた剣を彼に振るう。
「・・・ッ・・・どけ。」
「剣が届かないというわけではないか・・・。」
刃は彼の肩口に深々と突き刺さった。
肉に刺さっているという感触もある。
「隊長!イクミ!」
「・・・邪魔を、するなよ。」
"真紅の眼"を輝かせながら、ゆっくりと彼は自分の肩口に手を伸ばす。
「退かないと言ったら・・・どうする?」
特に"どいてやれない理由はない"んだが・・・。
どうしたものか。
「こうなるだけだ。」
剣が刺さっているにも関わらず、表情を一つ変える事無く無造作にその刃を掴み、そのまま握り締める。
どういう仕掛けだ?
彼が握った部分の刃が、消えていく・・・。
そして、パシィッという乾いた音がしたかと思うと、剣が完全に私の手から消えた。
やはりそれは、霧散したように見える。
これが部下達の鎧を消した力という事か。
「次はオマエがこうなる。」
「イクミ!やめてくれ!」
私と彼の間合いに突っ込む機会を計っているアンソニーの声が響く。
「アンタも動くな。」
ギロリと血のように紅い眼で、アンソニーを睨む少年。
よく見ると、先程私が指した傷口が、渦状に蠢いていて・・・そして・・・消えた。
"傷口"ごと。
「バケモノめ。」
「怪物?俺が?」
人間としては反則だとは思わないか?
その力は、圧倒的というより、デタラメ過ぎる。
「だったら、同じように力でエルフを虐げるオマエ等はなんだ?オマエ達はそうならない存在だとでも思っているのか?」
その通りだ。
だから、人はいとも容易くこの様な愚かな行為に走る。
「頼むイクミ!やめてくれ!」
「アンソニー!」
ようやく硬直も解けたアンソニーが私達の間に割り込んでくる。
眼前の少年を押し止めるように、その両手を広げて。
「頼む・・・この人は自分の恩人なんだ。」
「どけ。」
「どかない!」
まさか、アンソニーがここまで私に恩を感じてくれているとはな。
少々、照れくさい。
彼の誠実さには、私も感服する。
「・・・なら、アンタも俺の前からキエロ。」
少年の手がアンソニーに向かって振りかざされる。
いかん!
咄嗟に私の前にいたアンソニーの腰から下げている剣の柄を握り、そのまま、力任せに下から振り上げる。
少年のあの奇妙な腕さえ切り落とせれば!
「イクミ!」
次の瞬間、私が放った剣が甲高い音ともに止まった。
そして少年の手も。
この二つを止めたのも、同じ一本の剣と一本の手だった。
「ダメだ、イクミ。」
「・・・アルム。」
少年がアルムと呼んだ彼が、私の渾身の剣を受け、少年の腕を掴んで静止させている。
剣は、部下の持っていた剣を拾って振るったようだ。
「何を、やっているんだ?」
厳しい口調で、アルムという黒髪の青年が、もう一人の少年、イクミに問う。
「コイツ等が・・・ドルテを・・・。」
この黒髪の二人が、我々と戦った相手。
ふと、惜しいな。
そう思ってしまうのは、私が年を取ったという事だろうか。
この二人がもし部下にいれば、と。
「トルテさんはまだ生きている。瀕死だけど、辛うじて。」
「え・・・。」
「それでも、彼等を、誰かを殺さないと、そうでなきゃ気が済まないというのなら・・・オレが殺してやるから。」
「?!」
戦闘経験がないだろう、イクミというこっちの彼の比べて、この青年はデキる。
この身体中の皮膚がヒリつく感覚。
恐らく本国の騎士並みに・・・。
いや、或いは。
「・・・すまん・・・アルム。」
振り上げられたままの腕から力が抜け、ゆっくりと降りてゆく・・・。
気づくと、彼の瞳の色が真紅から黒になっていた。
どういう原理だ?
「そっちも剣を引いてくれ・・・。」
「そうしたら、君達は退いてくれるのか?」
剣を納めた瞬間、バッサリというのだけは勘弁願いたい。
「あぁ、ついでに追撃とかもしてないでくれると助かるかな・・・期待はしてないけれど。」
「・・・いいだろう。」
現状の被害を軽く見渡しただけでもかなりの被害だ、すぐさま追撃するという事にはならないだろう。
もし仮に追撃するとなると、更なる被害を想定しなければならない。
それは士気というものに関わる。
私を見る青年の目の前で、私は剣をアンソニーの鞘に納める。
「感謝する。では。行くよ、イクミ。」
そのまま背を向けて去ってゆく二人。
背中を丸々こちらに向けるというのが、騎士の私に対する礼儀と信という事か。
「アンソニー。」
「はい。」
「彼等について行け。"本当の騎士"を目指したいというのなら。」
「しかし!」
「大丈夫だ。偵察任務扱いにしてやる。」
これなら背任にもならずに済む。
一瞬、迷ったような仕草をして、私に敬礼すると、無言で彼等の去った方へと駆けて行った。
「さて・・・私も"本職"に戻る頃合か・・・。」