第18曲:Belieave
「・・・何故助けた?」
「あ゛?」
結局イライラが完全に治まらないまま、生活拠点と化しているイリアさんの家にリルちゃんがいて、男三人+ドルちゃん、イリアさんと戻って来た。
「助けた?んなつもりはナイ。」
俺は男に指をつきつける。
どうしてもイライラが治まらん。
弟がいれば、俺を諫めたかも知れない。
止めるわけじゃないぞ、あくまで言い方を改めさせる程度だ。
「あーあーあーっ!納得出来ん事を納得できんと言ってるだけだ!」
それの何が悪いってんだおーっ?!
「俺からしたら、アンタ等のやってる事も納得できねぇ。だが、それに対して同じ手段に出るのが正しいんか?んなわきゃない、んなコト思えるか、ゴァラッ!」
「イクミ、落ち着いて。言いたい事は解ったから。リルちゃんが怯えてる。」
・・・温度が一気に下がりますた。
そうだな、少なくともリルちゃんは悪くない。
「・・・ごめんな。」
俺はその小さな怯える少女の頭を優しく撫でる。
くすぐったそうに安心する彼女を護りたいと思ってしまうのは、過保護だろうか?
「・・・君達は、エルフと仲良く出来るんだな。」
「は?」
コゲ茶のツンツン髪を無造作に後ろに撫でつけた髪型。
少し鋭いが、全体的に疲れた雰囲気が身体から滲み出ている捕らわれの男。
「あんなぁ・・・オマエ、何言ってんだ?」
年は俺より年上だろう。
年上なのにこんなコトも解らんとは・・・情緒・初等教育って大事だな。
「オマエ、エルフと違う言語でも使ってんのか?よっと。」
小さな声を上げて、リルちゃんを抱き上げる。
この程度のスキンシップはすっかり慣れたもんで、彼女はされるがままだ。
「それは・・・。」
「会話で意思疎通ができんなら、話してみりゃいいコトだろうが。」
ヤだね、頭のカタいヤツってのは。
「その通り。」
アルムが微笑みながら、賛同の声を上げる。
「それだけで・・・それだけで仲良くなれるものなのか?」
男がまるで新発見でもしたかのように目を細めて、眩しそうに俺を見上げる。
まるで、それが教会で懺悔しているみたいだ。
「さぁ?」 「ぷっ。」
俺の答えに今度はアルムが小さく吹き出す。
コイツ、さっきも吹き出してたよな。
「なんだよ?」
「いや、悪い。そうだな、それだけで友好を築けるとは限らないね。人間同士だって、気が合わない人もいるし。」
「だろぉ?」
「でも、結局のところ、こちらから話しかけない事には、その可能性すら無くなってしまう。」
「流石、アルム。」
俺は抱き上げたリルちゃんを高々と持ち上げて、くるりと一回り。
話しかけて敵意がないと解れば、もしかしたら友好の道が拓けるかも知れないじゃないか。
だってよぉ・・・。
「リルちゃんだって、こんなに可愛いのにな~。」
つぶらな瞳が俺を見つめる。
アレだ。
別段、こうしなきゃいけないと杓子定規に考えるのが、もう既にアホらしい。
社会的な立場もあるってのは解るけど、アイニクですね、現在の俺達にはそんなもん一切関係ないのですよ。
「そうだ・・・単純な事だ、単純な。」
男の表情、その疲れの色が濃くなる。
・・・これが、アルムがコイツを他のヤツと別扱いした理由か。
アルム言ってたもんな、自分に対する殺意が感じられないって。
「アンタ、名前は?」
「・・・アニンソニー。」
ふむ。
「俺は郁実。こっちが・・・。」
「アルムだ。」
俺の視線に応え、自ら名乗ったアルムは笑顔だった。
全く、人タラシなヤツめ。
「アンソニー、夕方になったら、オマエを大門の前で解放してやるよ。その後は好きにしろ。それと俺達は悪いが、ここから逃げる。」
「オイ!いいのか、そんな事を言って!」
俺達の会話をここまで静かに聞いていたイリアさんが、大声を上げる。
ドルちゃんは未だにおろおろと事の成り行きを眺めたままだ。
なにより、アルムがその様を静観している。
つまり、俺の選択は少なくともアルムの意には反してないという事だ。
「どの道、コイツ等を迎撃した事はバレる。かといって殺してもバレる。どちらも同じだ。なら、俺はこっちの方がいい。」
どちらにしても時間制限は無くならない。
明確に俺達の目の前にあって、今もカウントダウンは進んでるってこった。
「さて、じゃあ、オレは残った物を取りに行こうかな。」
「頼むよ、アルム。」
反対は最後までナシか・・・。
ま、そりゃそうか。
「イリアさん、頼んだ事、お願いします。」
「・・・解った。」
まだ完全に納得できないだろう憮然としたままのイリアさんだが、根が真面目なせいかやる事はやってくれるらしい。
そういうところは好感が持てるよな。
「んじゃ、ドルちゃん達にも頼み事があるから、よろしく。」
俺も俺なりに考えがある。
それの用意だ。
「はいっ!」
笑顔で返事をするドルちゃん。
彼女の笑顔も、俺は失くしたくない。
「なんだ?不思議そうな顔して?」
俺達の会話を聞いていたアンソニーはじぃっと俺を見つめる。
男に熱い視線を向けられても、気持ち悪いだけだっつーの。
「あー、まぁ、なんだ、言いたい事は解る。逃げる手段は言えない。あとはさ、俺はアンソニーつー名前を知ったわけよ。んで、アンソニーも俺達の名前を知ったわけだ。これって言葉による意思疎通の一歩目だろ?」
「あ・・・。」
誰か、雑草という名の草は無いと言ったけど、エルフっていう名は種族名であって、個体名じゃない。
名前は、個体を識別し理解する第一歩ってな。
「エルフだって、名前や家族がいるさね。」
間違っていない。
俺は間違ってなんかいない。
そう思える、支える材料がある。
俺は今、誰からも否定されていない。
むしろ、肯定されてんだから。
それなら、俺は力を使えるだろう。
「一歩を踏み出すちゅーのは、面倒で怖かったりすっけどさ。んでも、それを解って踏み出す一歩はデケェぞ?なんせ、得られるモノがハンパない。」
だから、俺は世界を渡った。
その一歩を踏み出す事で、得られるモノがあると信じて。
そして、その一歩を俺の大切な弟も踏み出せると・・・。
「・・・信じてるぜ。」
俺は誰へとでもなく、その言葉を口からつぶやいた。
とりあえずは、この目の前にどんっと置かれた理不尽さをブチ壊す為の一歩を。
なにかが変わると信じて。
そして皆が皆、出来る事を一歩踏み出す為の準備を始める。