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第2話 開けなくなった最初のchat

AI時代の創作論。これは後書きであり、次の企画書でもある。


『描線眼鏡』は、想像力で眼鏡を通して見えないものを見つめ、創造力でペンによって世界に線を刻む物語です。


この編集後記では、完結した物語の裏側で、どのように設定が生まれ、キャラクターが動き、現実の災害や科学史、漫画史、そしてAI時代の創作論と結びついていったのかを振り返っていきます。

 物語を再起動させた最初のチャットは、いまや長すぎて開けない。


 少し困ったことではあります。

 アプリでもWeb版でも読み込みに失敗する。けれど同時に、これは少し面白いことでもあります。


 開けなくなるほど、対話が積み重なっていた。


 それはつまり、『描線眼鏡』という物語が膨らみ、整理され、何度も組み替えられてきた証拠でもあるからです。


 その最初のチャット名は、「SF小説執筆支援1 4/21~5/29」となっています。つまり、私がChatGPTを用いた小説執筆支援を始めたのは、2025年4月21日だったということになります。

 一年余り後に「SF小説執筆支援24」まで続く膨大なAIとの対話の、最初の一歩でした。


 きっかけは、ネット上で見た「小説の執筆支援に生成AIが大きな役割を果たし始めている」という趣旨の記事でした。当時、生成AIといえばChatGPTという印象が強く、試してみるのは自然な選択でした。


 最初の問いかけは、こういう内容でした。


「SF小説、特に日本で空想科学と呼ばれるジャンルについて新しい着想を得たので、支援を受けながら執筆を進めて行きたい」


 それに対して、ChatGPTは世界観やプロットの設計から始めることを提案したと覚えています。


 ただ、その時点で私はすでに、初版の第1話から第3話までを書いていました。


 当時のタイトルは、現在の『描線眼鏡』ではありません。

『眼鏡の女の子 または師匠の異常な情熱 あるいは私は心配するのを止め眼鏡とペンで魔と戦うに至ったか』

 初代タイトルの後半部は、キューブリックの映画『博士の異常な愛情』の明確な引用です。


 説明的なライトノベル風タイトルの中に、眼鏡、師匠、ペン、魔という核になる言葉を入れていました。世界観はすでにありましたが、まだ未整理でした。


 当時の私は(今もですが)、「設定が足りない」と思っていました。もっと説明し、もっと世界観を示さなければならない、と。

 しかし、振り返ってみると、問題は逆でした。


 この時点で、大きな設定はすでにほぼ揃っていたのです。

 眼鏡を通して見えないものを見る。

 ペンで線を引き、魔に干渉する。

 現実の災害や事故と接続する。

 漫画家や創作者が能力者であり、協会と師匠弟子の関係がある。

 手塚治虫からの漫画史、オッペンハイマーからの科学史へ広がる余地がある。

 そして、キズナとアツという入口になる人物がいる。


 足りなかったのは、設定ではありません。


 読者がどの順番でそれを見るのか。

 誰の視点で異常に触れるのか。

 何を謎として残し、何を約束事として提示するのか。

 専門用語、現実災害、科学史、異能バトルをどう橋渡しするのか。


 足りなかったのは、線の引き方でした。


 そのことを、私はAIとの対話で少しずつ理解していったのだと思います。


 AIは、作者ではありません。

 編集者であり、壁打ち相手であり、共同整理者でした。

 自分の中に散らばっていた妄想や設定を、ひとつずつ机の上に並べ直してくれる相手。こちらが投げた問いに対して、別の角度から光を当ててくれる相手。自分では見えなくなっていた矛盾や飛躍を、柔らかく指摘してくれる相手。


 いや相手というより、自分の中にあったものを、自分で見直すための合わせ鏡といった方がより正確だと思います。

 そういうものとして、AIは機能しました。


 このことは、昨年秋に生成AI利用の利用に関する議論が活発化した時にも考えました。

 後ろめたさや反発への不安、著作権や学習データをめぐる懸念はあります。創作者の感情にも配慮せねばなりません。


 それでも、AIと対話しながら自分の創作世界を進化・深化させることは、これからの創作の一つの形になり得るのではないか。そう考えました。


 『描線眼鏡』の題材が漫画家であったことも、その考えを助けました。

 多くの漫画家は、背景や小物、トーンやベタをアシスタントに任せ、時にはネームやアイデアに編集者の意見も取り入れます。

 それでも、物語の骨子を作り、世に出す判断をするのは創作者本人です。


 私にとってのAIも、それに近いものでした。


 ブレストをする。

 プロットを組む。

 シナリオにする。

 セリフ入りのネームのようなものを作る。

 そこから本文へ進む。


 その各段階で相談し、案を出してもらい、整理してもらう。けれど、最後にどの線を残すかを決めるのは自分です。

 AIを通した文章は読みやすくなり、趣旨も伝わりやすくなります。

 けれど同時に、原文にあった熱量や歪み、妙な湿度が薄まることもある。

 整いすぎた文章は、ときに作者の傷や熱を消してしまう。

 だからこそ、どこまでAIに整えてもらい、どこに自分の荒さを残すのかを判断しなければならない。そこに、今の時代の創作者の仕事があるのかもしれません。


 第1話でも語ったように、私は以前から創作者には「余人には見えていないものが見えているのではないか」という感覚を持っていました。

 漫画家や作家や作曲家は、何もない場所に何かを見る。まだ存在しない人物の声を聞く。紙の上に線を引く前から、そこにいるはずの姿を感じ取っている。


 けれど、それをどう説明すればよいのかは分かっていませんでした。

 才能、妄想、直感、錯覚、創作上の比喩。

 どの言葉も近いようで、少し違う。

 その曖昧な感覚が、AIとの対話の中で、ひとつの言葉に近づいていきました。


 当時は「想像力=現実を超えて世界を認識する力」と整理されていました。

 その言葉は、今読み返しても詩的で、強い響きを持っています。

 後に眼鏡とペンの関係を考える中で、私はそれをこう言い換えるようになりました。


 『想像力は、見えない現実を捉える力である』


 この定義を得た時、かなり大きな手応えがありました。


 それまで「眼鏡」は、スマートグラスやARから連想された小道具でした。見えないものを見るための装置。魔を見るための道具。そういう設定上のガジェットでした。


 けれど、この言葉によって、眼鏡は単なる道具ではなくなりました。


 眼鏡は、想像力の象徴になった。

 そしてペンは、創造力の象徴になった。


 見えない現実を捉える力。

 捉えたものを世界へ刻む力。


 そこに、『描線眼鏡』という物語の背骨が通ったのだと思います。


 AIが、まったく新しい発想を外から与えたわけではありません。私の中にすでにあったけれど、まだ形を得ていなかったものへ、焦点を合わせてくれた。ぼんやりと見えていたものに、言葉というレンズを入れてくれた。

 それが、物語をもう一度書き進めるための大きな励みになりました。


 概念が言葉になり、言葉が物語になる。

 物語になった概念は、ビジュアルにも、映像にも、AR的な体験にも伸ばしていける。


 『描線眼鏡』は、小説だけで終わる必要はない。

 その確信も、AIとの対話の中で育っていきました。


 もちろん、AIには限界があります。

 現状のAIは、人の集合知の最大公約数を呼び出す機械に近く、放っておけば平均的で整った答えに寄っていく。


 だから、AIにすべてを委ねることはできません。

 しかし、人がAIを使うことで、人の限界だけでなく、AIの限界も越えられる可能性はある。


 少なくとも私は、そう信じています。


 AIは、私の代わりに『描線眼鏡』を書いたわけではありません。

 けれど、私が見ていたはずなのに言葉にできていなかったものへ、焦点を合わせる手助けをしてくれました。

 物語を再起動させた最初の対話は、いまや長すぎて開けません。

 それでも、その中で得たものは残っています。


 『想像力は、見えない現実を捉える力である』


 その言葉を得たことで、『描線眼鏡』は単なる妄想から、ひとつの物語として現実へ線を引き始めました。


 AIは、眼鏡のように焦点を合わせることができる。

 AIは、編集者のように構造を指摘することができる。

 AIは、アシスタントのように作業を支えることができる。

 けれど、最後に線を引くのは人間です。

 これは私の物語です。


 少なくとも『描線眼鏡』は、そういう物語として、これからも描き続けていきたいと思っています。


今回は、ChatGPTを使い始めた頃の話です。


2025年4月21日に始めた最初の執筆支援チャットは、今では長くなりすぎて開けなくなっています。少し困りましたが、それだけ『描線眼鏡』という物語が、対話の中で膨らみ、整理され、何度も組み替えられてきた証拠でもあると思っています。


第2話では、AIに物語を書かせたという話ではなく、すでに自分の中にあった妄想や設定を、AIとの対話によって読み直し、整理し、焦点を合わせていった過程を振り返りました。


足りなかったのは、設定ではなく、線の引き方だった。

そして、その対話の中で得た大きな言葉が、

「想像力は、見えない現実を捉える力である」

という定義でした。


生成AIの利用については、今もさまざまな議論があります。私自身にも迷いや後ろめたさはありました。それでも、AIを執筆支援として使うことで、自分一人では届かなかったところまで物語を進められたのも事実です。


AIは作者ではない。

最後に線を引くのは人間です。


そんなことを考えながら書いた第2話です。

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