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蛇魔女日記  作者: 悠守景
2/12

目標

 都市のはずれにある小屋…そこにはとある魔女が住んでいました。千年に1人と言われる程秀でた魔術の才能に、誰もが振り返る美貌を兼ね揃えた才色兼備の魔女は珍しく、とても困り果てていました。


「ゔぐぅ…な゛ん゛て゛す゛か゛こ゛れ゛ぇ゛…」

「ご、ごめんなさい!料理苦手で…作り直してきます!」


 今日の昼に拾った弟子…カナメに晩御飯を作らせた所、黒く禍々しいものを持って来ました。勇気を出して食べてみましたが、食べ物ではなかったようです。


「ま、待ってください…また同じようなものを作られても困ります…」

「す、すみません…とりあえず、片付けます…」

「その前に、これは…何を使って作ったのですか?」

「えっと、僕の元いた世界の…一応カレーと言うもので、人参、じゃが芋、トマト、あと玉ねぎ……と、香辛料…のような見た目をした粉を少々…」

「具材はちゃんとしていますね…入れた粉を持ってきてください」


 なんとなく香辛料と聞いた途端嫌な予感がしました。


「はい…これです!」


 カナメが持ってきたのは、赤い粉の入った小瓶でした。


「これは……香辛料であっていますね…」

「え?じゃあなんで失敗して…」


 小瓶の端をよく見てみると、10年ほど前に切れた賞味期限が書かれていました。


「…………まぁ、10年ぐらいは…」

「え?」

「いえなんでも。所でそのカレーというのはどう作るのですか?」

「えっと…まず野菜を細かく切って軽く炒めます。少し炒めたら水を加え、カレールー…はないので、とりあえず香辛料を入れます。そうして少し煮込めば…完成です」

「なるほど…難しい手順は無いように見えますが、何故ああなってしまったのでしょう?」

「ぼ、僕にもさっぱり…」

「致し方ありません、食事に魔術を使うのは何となく抵抗がありましたが、食材を無駄にしたくありませんしね…」


 鍋に手をかざし軽く魔法を唱え、指先から光が溢れて料理全体に広がりました。すると、光に触れた料理がみるみるうちに時間遡行して行き、あっという間に煮込む段階へと戻りました。


「す、すごい…これが魔法……」

「ふふふ、もっとすごいのはこれからですよ!目を閉じて、頭の中でそのカレーとやらを思い浮かべてください!」

「は、はい…!」


 魔女が独り言のように魔法を唱えた後に、一瞬眩い光がほとばしると、とても良い香りが部屋全体を包みました。


「はい!もう目を開けて大丈夫ですよ!」

「…!これは…!」


 カナメの前にはほかほかと炊かれたご飯の上にごろごろと野菜が乗ったとても美味しそうなカレーが置かれていました。


「美味しそう…こんな完璧なカレー、一体どうやったのですか?!食材も足りなかったし、師匠は見た事ないはずなのに…」

「ふふふ、これが魔術なのです!私は天才なので、このぐらい朝飯前なのですよ!」


 まぁ、催眠魔法をかけてそこにあるように見せているだけで、実際目の前にあるのはただの煮込まれた野菜スープなのですが。カナメが脳内でカレーを想像し続ける限り、五感は誤認し続けるのでまぁ良いでしょう。


「師匠…ありがとうございます!いただきます!」

「はい、ゆっくり召し上がってくださいね」


 …勢いよく見栄を張ってしまいましたが、この魔法を教えてなどと言われたらどうしましょう…とりあえず、秘術と言う事にしときますか…


「ご馳走様でした!あ、師匠の食器も片付けますね!」


 何とか気付かれずに済みました。最後の一滴残らず食していたようですし、洗い物中に気づくことはないでしょう。


「鍋の中は野菜スープのままなんですね」

「…?!は、はい…鍋の中ではなく皿の中で調理したので…」

「次は鍋で作りましょう!カレーは2日目が本番なんですよ!」

「はは…いつか、作りましょうか……」


 ……次からこの魔法は…あまり使わないようにしましょう…


ーーー


「こほん…それでは、これからの事を決める話し合いをしましょうか」


 洗い物が終わり、完全に日が沈んだ頃。

 これから弟子となる上での目標と決まりを話し合うことになりました。


「まず大前提として…あなたは勇者となる前に、この世界について知る必要があると思うのです」

「そうですよね…地理や歴史もさっぱりですし、言葉でさえ喋る分には問題なさそうですが、文字がさっぱりで…」

「あ、いえ。実は私、自身に自動翻訳するように魔術をかけてあるんです。ですから私以外と話すとなると、一言も喋れないでしょう…あなたの言語は聞いた事ありませんし」

「え?!そんな…じゃあ一から言語を…」

「いえ、その必要はありません。私と同じ魔術を扱えるようになれば良いだけです。…と、少し話が逸れてきましたね…一旦戻しましょうか」


 魔女はおもむろに立ち上がり、戸棚に並んだ書籍をひとつ取り出しました。


「これは、一体?」

「数百年前に現れたと言われる勇者の伝記…の前日譚です。この本にはこの世界に来たばかりの勇者が魔王討伐までの間、修業と世界を知るため旅に出る…といったお話です。事実かは怪しいですが…まぁ参考にはなるでしょう。…───、あなたに私と同じ翻訳魔術をかけました、少し中を見てみてください」


 カナメは数分ざっと目を通した後、目をキラキラと輝かせていました。


「…すごい……前の勇者は…魔王討伐だけでなく、人助けもこんなに…」

「もう殆ど勇者の存在は覚えられていませんが…確か少し離れた国家にはまだ勇者の彫像を残し、再来を待っている所もあるとかないとか…」

「僕も…こんな勇者になれるのでしょうか」

「きっとなれますよ。何せ、あなたは神に選ばれ天命を受け…何より偉大なる魔女の弟子となったのですから。…あなたには、この勇者と同じように旅をして、自らの目でこの世界を知って欲しいのです。私から教えることもできますが、それだけではつまらないでしょう?」

「旅…僕も、こんな風に…!」

「えぇ、実は私、近々少し遠出する用があるのですよ。そこを旅の出発点にしましょう。それまでこの小屋で修行して…2ヶ月後、ここを発ちましょう。あなたが自分に自信をもち、勇者と名乗る時…その時が、この師弟関係の終わりの時です。それまで私も同行し、魔術の稽古をつけ、人助け等のお手伝いをしましょう」

「…!わかりました、師匠!」

「所で…少し気になったのですが、案外すんなりと受け入れられていますが、不安などはないのですか?まだ年端もいかぬようですが…」

「えっと…その、僕…前世であまりいい思い出がなくて…ずっとこの世界のようなファンタジーな物語を読みふけっていたんです。いつか…僕も自由に旅が出来たら…そんなふうに思っていました。でも…1度も叶えられないまま生涯を終えました。でも…そんな僕にもやり直す…訳では無いですが、再びこうやって息をして…優しい魔女さんである師匠に出会えて、とても嬉しいんです」

「そう…ですか」


 自分のことを語る表情には少し影が落ちていました。あまり進んで話したくないのでしょう。少し申し訳ないです。


「この旅の目的はあくまでも修行です…が、もしもあなたが魔王を倒すことが出来たら…あなたは完全に自由になるでしょう。そうしたら、今度は自由気ままに好きな所へ行けるでしょう…ですから、それまで頑張って下さい。あなたならきっと…世界に名を残す旅人になれますよ」

「師匠…!……はい、勇者兼旅人目指して頑張ります!」

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