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永遠が人間を捨てた日  作者: 十三番目
第二章 ネームド

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9/13

契約者 ─ Ⅰ


 シンは永遠の手を引くと、扉の表面に触れさせている。

 まるで血液が流れるように、無地だった扉に赤い線が走った。


 扉がゆっくりと開かれ、謎の力によって永遠たちの身体が引き込まれていく。

 通るというより、通り抜けたような感覚だ。


 濡れていた身体は乾いており、空間の中にも水は入ってきていない。

 高い天井と開けた室内を、永遠は不思議そうに見回している。


「よお、シン。久しぶりじゃねえか」


 不意に、快活な声が響いた。

 片手を上げながら近づいてきた男は、親しげな様子でシンに話しかけている。


「珍しいこともあったもんだな。お前が自分からここに来る、なん……て……」


 永遠に気づいた男の目が、衝撃で見開かれていく。


「おい、マジかよ! その子まさか、適合者か!?」


「理解してるなら離れろ」


 急接近した男に驚いた永遠は、思わずシンの後ろに身を隠している。

 シンはそんな永遠を安心させるように微笑むと、男に向かって注告を発した。


「へーへー、分かりましたよっと。淡白だと思ってたが、意外と嫉妬深いんだな」


 口元をにやつかせる男を冷めた目で見ていたシンは、「行こうか」と話しながら永遠の手を引いている。


「ちょ、待てって! せめて挨拶くらいはさせてくれよ」


 慌てて呼び止めた男は、永遠と視線を合わせると、にかりと笑みを浮かべた。


「俺はギル。シンと同じ、()()()()の存在だ。これからよろしくな」

 

「永遠といいます。あの、向こう側って……?」


 永遠の名前を耳にして、少し動揺した様子のギルだったが、すぐに元の雰囲気に戻っている。


「シンから聞いてねぇ? 遺跡の扉から現れた存在についてとかさ」


「あ……たしか、不老不死なんですよね」


「そーそー。それのこと」


 機関が“永遠人”と呼ぶ存在。

 ギルの話から推察するに、シンやギルもまた、その永遠人という存在に当たるのだろう。


「とは言っても、こっちじゃ色々と面倒な──」


「そろそろ行こうか永遠。その話はまた後でしてあげる」


 シンから声をかけられ、永遠は素直に頷いた。

 面白そうに永遠とシンを見比べたギルは、「またな」と手を振っている。


 ギルに手を振り返し、永遠はシンと共に通路の奥へと進んでいった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 海の底に、こんな場所があったなんて驚きだ。

 空気は満ちているものの、地上で吸っていたものと微妙に異なっている。


 理由を考えていた永遠の口から、自然と言葉が漏れていく。


「多分、成分的な……?」


「どうしたの?」


 永遠の呟きが聞こえたらしい。

 声をかけてきたシンを、永遠が見上げている。


「不思議な場所だなと思って」


「この拠点地は、次元の狭間にあるんだ。ゲートを深海に設置したのは、機関の目が鬱陶しかったから。ここまで来れる人間はいないし、僕たちにとっては最適な場所だからね」


 深海の圧力に耐えられる人間も、息をせず生きていける人間もいない。

 シンのような存在にとっては、これ以上なく便利な場所だろう。


 広い通路を歩きながら、辺りをきょろきょろと見回す。

 雰囲気が似ているからだろうか。

 幼い頃、永遠が母に連れられて通った研究施設を思い出した。


 飛行機が墜落してから、既に一夜が明けている。

 母の中では、永遠は死んだものとして扱われているのかもしれない。


「あらあら、可愛いらしい子ですこと」


 前方から聞こえてきた声に視線を上げる。

 波打つ髪と、優しげに垂れた目。

 穏やかに微笑む女性は、永遠やシンよりも年上に見えた。


「シンの適合者を、この目で見られる日がくるなんて。長生きしてみるものねぇ」


「よく言うよ。僕たちに寿命という概念はないのにさ」


 背後で呆れたようにため息をつく少年は、まだ小学生ほどの見た目をしている。


「全員揃ったのか?」


「いいえ、ギルがまだ来てないわ」


「またあいつか……。シンがここに来た時点で、集まることは分かっていたはずだろう」


「契約者の調子が良くないのよ。少し様子を見にいくって言ってたわ」


「……そうか」


 垂れ目の女性の言葉に、厳格そうな男性が口を(つぐ)む。

 一番奥に立っていた少女が永遠の方を向いたため、ばっちりと視線が合った。


 吊り目で気の強そうな見た目をしているが、少女は永遠と視線が合うなり、にこりと微笑んでくる。


「わりぃ、遅れた」


「ギルさん」


「よお永遠。さっきぶりだな」


 口調は荒いが、優しい声をしている。

 にかりと笑ったギルは、「俺のことも呼び捨てでいいぜー」と言いながら、永遠の頭をくしゃっと撫でてきた。


「ギル」


 ぞわりとした空気に、一瞬で場が静まり返る。


 凍りついた空気の中、シンはギルにぞっとするような目を向けていた。

 ギル以外の者たちが、警戒した様子で距離を取っていく。


「シン?」


 どうして怒っているのか分からないまま、永遠はシンの袖を摘むと、何度か手前に引いている。

 周囲の圧が緩んだことで、肩の力を抜いたギルが、安堵の息をついた。


「悪かったよシン。ここまでとは思ってなかったんだ」


 シンに謝罪したギルは、「とりあえず入ろうぜ」と言いながら中へと進んでいく。


「どうやら彼女、相当適合率が高いようね」


「適合者が見つかったというだけでも、充分驚くべきことだったが……」


 小声で会話をしていた垂れ目の女性が、永遠に向けて手を招いている。

 袖を摘んでいた永遠の手を、シンは先ほどとは真逆の表情で握った。


 

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