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永遠が人間を捨てた日  作者: 十三番目
第一章 人間をやめた日
8/8

適合者 ─ Ⅶ


「じゃあ……私にだけシンの姿が見えてたのはどうして?」


「永遠が僕の適合者だからだよ」


 実験体を除き、あの場でシンを認識していたのは永遠だけだ。

 適合者という言葉に、永遠の身体がぴくりと震える。


「本来であれば、僕が望まない限り、ただの人間に姿が視えることはない。でも、適合者なら話は別だ。適合率の高さは、親和性の高さでもあるからね。簡単に言うなら、僕と永遠は凄く相性が良いってこと」


 ポップコーンが弾けるように、永遠の顔が真っ赤に染まった。

 はくはくと開閉する口からは、声にならない声が漏れている。


「あの時、翼の上で目が合った瞬間から──永遠は僕の特別になったんだよ」


 神の傑作のような容貌が、甘くほころんでいく。

 間近で直視した永遠は、焼けそうな目を静かに閉じると、石像のように動かなくなった。


「……まるで、運命みたいに話すんだね」


 ようやく絞り出した言葉は、思いの外ロマンに溢れている。


「運命でも偶然でも、僕たちは今一緒にいる。僕にとっては、その事実こそが重要だから。ああでも、永遠は運命の方が魅力を感じるみたいだから、やっぱり運命ってことにしておこうか」


 真面目な顔でそう話すシンに、永遠は思わず笑い声を上げていた。


「なにそれ。たとえ偶然でも、私が運命の方がいいって言ったら、実は運命でしたってことになるの?」


「そうだよ」


「あはは、変なの」


 永遠の笑顔で、和やかな空気が漂い始めた。

 いつの間にか、瓦礫と廃墟ばかりの土地を抜け、森の奥地まで来ている。


「あの壁の先にあるのが、機関が管理している施設の一つだよ」


 進行方向とは逆側の位置に、巨大な壁が(そび)え立っていた。

 円を描くように建てられた高い壁は、何かを隠し、守っているかのようだ。


 シンの話が本当なら、施設ではこの瞬間も非道な実験が行われているのだろう。

 何とも言えない気持ちで、永遠は壁の方を見つめていた。

 だから、気づかなかった。


 シンがその時、どんな顔をしていたのかなんて。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「つまり、適合率が高いと出来ることが増えて、力も強くなるってこと?」


「そんな感じかな。あとは、細胞の老化も止まるし、身体が損傷した際の治癒速度も上がるよ」


「なるほど……」


 話を整理していた永遠は、シンの説明に神妙な顔で頷いている。


「心臓を選んだのは、あの状況で最も手早く融合する方法だったから。血液の循環によって、融合率を一気に上げる算段だったんだ」


「……シンって、頭いいんだね」


 感心した様子の永遠に、シンはくすりと笑みをこぼした。

 なぜ笑われたのか分からず、永遠はきょとんとした表情を浮かべている。


「ほんと永遠って……ふっ」


「え、なになに!? 私、変なことでも言った?」


「違うよ。永遠のそういうところ、好きだなと思って」


「す……っ!?」


 絶句した永遠の顔が、一瞬で真っ赤に染まっていく。


「そっ、そう言えば! 私たち、どこかに向かってたんだよね?」


 無理に話題を変えようとして、棒読みになってしまっている。

 右手と右足が同時に動いている永遠に「もう着くよ」と微笑んだシンは、森の出口を示すように指を差した。


 駆け足で抜けた永遠の目に、雄大な海が映り込む。

 

「わあ……!」


 フィーニスで育った永遠にとって、海は映像で眺めるものだった。

 青く透き通った海に感嘆の息をこぼした永遠は、光を反射する海面に手をかざしている。


「ここが目的地?」


「正確にはその入口、かな」


 入口と言われても、見渡す限り海しか見えない。

 不思議そうに首を傾げる永遠の頬を、シンの指がくすぐった。


「それにしても、一日でだいぶ馴染んだね」


「分かるの?」


「もちろん。融合直後は少し不安定さもあったけど、今はそれも無くなってる」


 永遠からすれば、そういった変化はさっぱりだったが、シンにはしっかりと伝わっているらしい。


「そろそろ行こうか。また追っ手を出されても面倒だしね」


「うん」


 差し出された手を握る。

 シンと触れ合うたび、永遠は隙間が埋まっていくような、何かがかちりと繋がっていくような感覚がしていた。

 

「それで、どこに──」


 入口が?

 そう続くはずだった言葉は、突如全身を覆った水によって塞がれていく。

 衝撃に驚いた魚が、辺りに散っていくのが見えた。


 海の中は別世界で、豊かな生に溢れている。

 これまで地上で見てきた光景とは正反対だ。

 思わず見惚れていた永遠だったが、不意にここが水中で、自分が息を吸っていなかったことに気がついた。


「……っ!」


『落ち着いて永遠。大丈夫だから』


 シンの声は地上で聞く時と変わらず、永遠の頭にはっきりと響いてくる。


『息をしなくても平気なはずだよ。伝えたいことがあれば、念じながら話しかけてみて』


『……シンって、心が読めるの?』


『ふっ。心配しなくても、永遠が伝えたいと思ったことしか分からないよ』


 ぱちりと目を瞬かせたシンは、おかしそうに笑みを浮かべている。

 シンの真似をして語りかける永遠に、シンはふわりと笑みを深めた。


『例えるなら、僕と永遠の間には独自の通路が存在していて、その通路に感情を流すことで意思疎通が図れている、ってところかな』


 深さが増すにつれ、辺りも薄暗くなってくる。

 光の届かない場所に到達しても、永遠の目には泳ぐ魚の背びれまでくっきりと映っていた。


 足が海底に付くと同時に、周囲を見渡す。

 何もない場所だ。

 (わず)かに漂う魚たちがいる以外、これといったものは見当たらない。


 突然、海底が大きく揺れ始めた。


 盛り上がった砂で視界が塞がれる。

 揺れが収まり、海が元の状態を取り戻した時──永遠たちの前には巨大な扉が存在していた。


 

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