適合者 ─ Ⅵ
『首が落ちたくらいで死ぬなんてね。脆すぎて、泥人形みたいだ』
「いや、首が落ちたらみんな死んじゃうよ……!?」
思わず自分の首を押さえた永遠に、シンは柔らかい態度で接している。
一変する声色は、永遠だけに注がれたものだ。
『安心して。そもそも、そんなことは起こさせないから。僕のこと、信じられない?』
「ううん。でもシンは……人間がいくら死んでもいいって思ってるんだよね……?」
『思ってるよ。じゃあ永遠は、どうして人間が死んだら駄目だと思うの?』
──人を殺してはいけない。
永遠の母は常に、人の世界で生きていくためには、守らなければならないルールがあると話していた。
いつしか永遠の中で、それらのルールは当たり前として馴染んでいき、こうして問われるまで深く考えたこともなかった。
指切りをする時の母は、どこか寂しそうで。
永遠は母が喜ぶならと、教えられたことを忠実に守り続けてきたのだ。
「……人間は協力し合って生きてるから、同じ人間として思いやりを持って生きていかなきゃいけないんだって、お母さんが……」
『なるほどね。でも、永遠はもう人間じゃないから、その考えは当てはまらないんじゃないかな』
「……そう、言われてみれば?」
母が教えてくれたことの中に、永遠が人間じゃなくなった時のことは含まれていなかった。
混乱する永遠だったが、はっとした表情でシンに詰め寄っている。
「というか、人間じゃないってどういうこと!? 私、いつのまに人間じゃなくなったの……!?」
『契約した時からだよ。正確には、融合した時からかな』
「ゆ、融合……?」
悩む永遠の身体から、しゅるりと紋様の一部が抜け出てくる。
矢印で行き先を示したシンは、『歩きながら話そう』と声をかけてきた。
湿った地面の横を通り過ぎ、怯える住民たちの中を進む。
化け物。
恐ろしい。
人の皮を被った悪魔。
口々に聞こえてくる言葉は、永遠への嫌悪に塗れている。
突き刺さる視線を遮るように、永遠はフードを目深に被った。
少女が裂いた死体の近くを通りがかった時、ふと幼い子供が永遠に向かって走ってくるのが見えた。
紋様で弾こうとするシンを制し、その場に立ち止まる。
一直線に走ってくる子供が、懐に飛び込んでくるまで、永遠はただその様子を見つめていた。
「よくも……、よくも父さんを……っ!」
周囲で息を呑む気配がする。
子供の手には、鈍く光る包丁が握られていた。
勢いよく突き立てられた包丁は、永遠の腹部にしっかりと当たっている。
しかし、その刃は肌の表面で止まり、肉どころか皮膚を傷つけてもいない。
「どうして……」
子供の手が小刻みに震え出す。
刺さらない切先と、僅かに破けた服が、永遠の異常さを嫌というほど示していて──。
からりと音を立てて、包丁が地面に落とされた。
腰を抜かした子供から、視線を外す。
似たような化け物。
同じような武器。
父親を殺したのが、永遠だと思っていたのかもしれない。
それとも、単にどちらでも構わなかったのか。
今度は、声一つ発する者さえいなかった。
◆ ◆ ◆ ◇
「うう……。破けたところから風が入ってきて、スースーする」
しょんぼりした顔で歩く永遠の頭を撫でながら、シンはフードで乱れた髪を優しく整えている。
「さっきの子供、捕まえてこようか? あんなのでも身ぐるみを剥がせば、今よりマシになると思うよ」
「その後はどうするの?」
「獣の餌にでもすればいい」
首を大きく横に振る永遠に、シンは「残念」とだけ口にした。
「あのね、シン。さっき言ってた話の続きなんだけど……」
「そうだったね。どうせなら、順を追って話そうか」
荒廃した場所だ。
人の気配はなく、瓦礫と廃墟ばかりが並んでいる。
ごつごつした地面を踏みしめながら、永遠はシンの言葉に耳を傾けていた。
「生命について研究している機関があってね。その機関は主に、人間の長寿化──不老についての研究をしていた。そんな時、遺跡でとある扉が見つかった。開いた扉の先から現れたのは、機関が求めてやまない不老不死の存在だったんだ」
「不老不死……」
真剣な顔で聞く永遠に、シンの目が緩く細められる。
「機関はその存在を“永遠人”と呼び、何度も接触を試みようとした。時間が経つにつれ、永遠人が徐々に衰弱していることに気づいた機関は、永遠人を捕獲し──よりにもよって、研究材料にしたんだ」
不穏な空気を感じ、永遠は思わずシンを見上げた。
鮮やかな赤が仄暗さを増し、形容し難い感情を含んでいる。
「人類存続機関。表向きは星の再生を謳い、人間の保護を目的としているけど、裏では不老不死のために非道な実験を繰り返している機関だ」
人類存続機関は、フィーニスを造った機関でもある。
永遠の学校では、「汚染された環境から人々を守り、再び外の世界でも生きられるよう、日々研究を重ねている機関」として挙げられていた。
「研究の末、機関は完全な不老を手に入れるためには、『永遠人を自らの身体に取り込む必要がある』という結論に達した。そこからは、人体実験の繰り返しだよ」
「つまり、さっきの女の子や、飛行機にいたあれは……」
「研究によって作られたものだね」
侮蔑にも近い表情を浮かべたシンに対し、永遠はどこか不安そうに瞳を揺らしている。