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永遠が人間を捨てた日  作者: 十三番目
第一章 人間をやめた日
6/8

適合者 ─ Ⅴ


「捕獲って言ってたけど、どう考えても殺す気だよね!?」


『まさか。こいつごときが、永遠を殺せるわけないよ』


 少女の振り下ろした刃は、当たれば永遠の身体を分断しかねない威力を持っていた。

 このままでは死んでしまうと叫ぶ永遠に、相手を嘲るような様子を見せていたシンは、打って変わって優しい声で宥めている。


『出来損ないの攻撃で永遠が傷つくことはないけど、せっかく手に入れた服を無駄にされたら困るからね』


 腕の紋様が剥がれ、何かを形作っていく。

 手にするりと収まったそれは、飛行機で握った時と同じ、刀身の鋭く光る刀だった。


 大きさで言えば、少女の持っている小太刀とそれほど変わりはない。

 けれど、刀から漂う雰囲気は、少女のものとは明らかに違う異質さを放っている。


 甲高い音が響いた。

 少女の攻撃を受け止めた永遠が、軽々と小太刀を押し返す。


 後退した少女は左右の建造物を足蹴に駆け上り、重力を使いながら小太刀を振り下ろしてくる。

 あれほど強そうに見えた攻撃を、いとも容易く受け流している現状に、永遠は思わず驚きの声をこぼしていた。


「何とかなってる……」


『当然の結果だね。ほら永遠、次が来るよ』


 シンの声に応えるように、永遠は気配に合わせて刀を斜めに振るった。

 あまり力を込めたつもりはなかったが、少女の持っていた小太刀の一方が手を離れ、遠くに吹き飛んでいくのが見えた。


 もう一方の小太刀を手に、少女はいったん永遠から距離を取っている。

 少女の背後には、騒ぎを聞きつけた住民らしき人々の姿があった。


 血溜まりに伏した死体の近くで、少年が涙を流している。

 もしこのまま戦い続ければ、さらなる被害者が出てもおかしくない状況だ。


「ねえシン。場所を移せたりしないかな?」


『どうして?』


「どうしてって……。ここだと周りに人もいるし、巻き込んだら大変でしょ?」


 ──常に配慮の心を持って接すること。

 永遠の母が、幼い頃から永遠に言い聞かせてきたことだ。

 何が問題なのかと言わんばかりのシンに、永遠は母の教えを思い返しながら答えていた。


『理解できないな。人間がどれだけ死のうが、僕たちには関係のないことだ。あいつらに、永遠が気にするような価値はないよ』


 まるで、人間とも思っていないかのような言葉に、永遠は絶句した。


「私も、人間なんだよ……?」


 少し震えた声は、傷ついた心を表しているようで。

 シンが人間に価値を見出せないのなら、同じ人間である永遠にも価値がないことになってしまう。

 それが何だか、永遠には悲しく感じられた。


『永遠はもう、人間ではないよ』


「……へ? 人間じゃないって、どういう──」


 振り下ろされた小太刀を反射的に避ける。

 再び斬りつけられる前に、永遠は小太刀の切先を地面に押しつけるように踏みつけた。


「びっくりした……」


『話の邪魔だね』


 シンの冷えた声が聞こえる。

 永遠の母もよく言っていた。

 ──人の話には、きちんと耳を傾けなさいと。


 シンは永遠の話を聞いてくれる。

 けれど、目の前の少女はそうではない。

 それなら──いったいどちらが邪魔なのか。


 答えはとても、簡単だった。


「……っ」


 少女から初めて、焦ったような息が漏れた。


 宙を舞う小太刀と、柄の部分に引っ付いたままの手首。

 よろけながらも後ろに退がった少女の目には、僅かに動揺が浮かんでいた。


「シン、どうしたらいい?」


『再生力も大して無さそうだし、簡単なのは首をはねることかな』


「首を切ればいいんだね」


 向きを変えるため、刀をくるりと回転させる。

 少女は飛んでいった小太刀の所まで駆けていくと、残った方の手で、地面に突き刺さった小太刀を引き抜いた。


 どうやら、まだ戦う気はあるらしい。

 引く気がないのなら、これ以上被害を出す前に始末した方がいいだろう。


 向かってくる少女の小太刀を受け止め、横に弾く。

 バランスを崩した少女の隙を見逃さず、もう片方の手も切り落とした。


 武器もなく、戦うための手もない。

 斬られた断面から血が流れることはなかったが、少女はこれから自分が死ぬことを、明確に悟ったようだった。

 永遠の方を見つめ、その場で動きを止めている。


 少女の姿は、さながら野を生きる獣のようで。

 負けを認めることは、死を受け入れることを意味する。

 そんな考えを体現するかのような、凛とした佇まいだった。


 ためらうことなく少女の首をはねる。

 恐ろしいほどの速さで走った一閃は、少女の首を瞬時に分断した。

 頭部がぽとりと地に落ち、体がふらりと倒れていく。


 やはり血の一滴も流れないその体は、頭が無くなった後もぴくぴくと動いていた。

 転がった頭から覗く少女の目は空を眺め、唇が薄く開いている。


「……ネームドの、適合者……」


「ネームド?」


『気にしなくていいよ永遠。ただの戯言だ』


 空をじっと見つめていた少女の目から、徐々に生気が抜けていく。

 完全に静止した少女の姿は、透明な水のように溶け始め、やがて地へと還っていった。


 

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