適合者 ─ Ⅴ
「捕獲って言ってたけど、どう考えても殺す気だよね!?」
『まさか。こいつごときが、永遠を殺せるわけないよ』
少女の振り下ろした刃は、当たれば永遠の身体を分断しかねない威力を持っていた。
このままでは死んでしまうと叫ぶ永遠に、相手を嘲るような様子を見せていたシンは、打って変わって優しい声で宥めている。
『出来損ないの攻撃で永遠が傷つくことはないけど、せっかく手に入れた服を無駄にされたら困るからね』
腕の紋様が剥がれ、何かを形作っていく。
手にするりと収まったそれは、飛行機で握った時と同じ、刀身の鋭く光る刀だった。
大きさで言えば、少女の持っている小太刀とそれほど変わりはない。
けれど、刀から漂う雰囲気は、少女のものとは明らかに違う異質さを放っている。
甲高い音が響いた。
少女の攻撃を受け止めた永遠が、軽々と小太刀を押し返す。
後退した少女は左右の建造物を足蹴に駆け上り、重力を使いながら小太刀を振り下ろしてくる。
あれほど強そうに見えた攻撃を、いとも容易く受け流している現状に、永遠は思わず驚きの声をこぼしていた。
「何とかなってる……」
『当然の結果だね。ほら永遠、次が来るよ』
シンの声に応えるように、永遠は気配に合わせて刀を斜めに振るった。
あまり力を込めたつもりはなかったが、少女の持っていた小太刀の一方が手を離れ、遠くに吹き飛んでいくのが見えた。
もう一方の小太刀を手に、少女はいったん永遠から距離を取っている。
少女の背後には、騒ぎを聞きつけた住民らしき人々の姿があった。
血溜まりに伏した死体の近くで、少年が涙を流している。
もしこのまま戦い続ければ、さらなる被害者が出てもおかしくない状況だ。
「ねえシン。場所を移せたりしないかな?」
『どうして?』
「どうしてって……。ここだと周りに人もいるし、巻き込んだら大変でしょ?」
──常に配慮の心を持って接すること。
永遠の母が、幼い頃から永遠に言い聞かせてきたことだ。
何が問題なのかと言わんばかりのシンに、永遠は母の教えを思い返しながら答えていた。
『理解できないな。人間がどれだけ死のうが、僕たちには関係のないことだ。あいつらに、永遠が気にするような価値はないよ』
まるで、人間とも思っていないかのような言葉に、永遠は絶句した。
「私も、人間なんだよ……?」
少し震えた声は、傷ついた心を表しているようで。
シンが人間に価値を見出せないのなら、同じ人間である永遠にも価値がないことになってしまう。
それが何だか、永遠には悲しく感じられた。
『永遠はもう、人間ではないよ』
「……へ? 人間じゃないって、どういう──」
振り下ろされた小太刀を反射的に避ける。
再び斬りつけられる前に、永遠は小太刀の切先を地面に押しつけるように踏みつけた。
「びっくりした……」
『話の邪魔だね』
シンの冷えた声が聞こえる。
永遠の母もよく言っていた。
──人の話には、きちんと耳を傾けなさいと。
シンは永遠の話を聞いてくれる。
けれど、目の前の少女はそうではない。
それなら──いったいどちらが邪魔なのか。
答えはとても、簡単だった。
「……っ」
少女から初めて、焦ったような息が漏れた。
宙を舞う小太刀と、柄の部分に引っ付いたままの手首。
よろけながらも後ろに退がった少女の目には、僅かに動揺が浮かんでいた。
「シン、どうしたらいい?」
『再生力も大して無さそうだし、簡単なのは首をはねることかな』
「首を切ればいいんだね」
向きを変えるため、刀をくるりと回転させる。
少女は飛んでいった小太刀の所まで駆けていくと、残った方の手で、地面に突き刺さった小太刀を引き抜いた。
どうやら、まだ戦う気はあるらしい。
引く気がないのなら、これ以上被害を出す前に始末した方がいいだろう。
向かってくる少女の小太刀を受け止め、横に弾く。
バランスを崩した少女の隙を見逃さず、もう片方の手も切り落とした。
武器もなく、戦うための手もない。
斬られた断面から血が流れることはなかったが、少女はこれから自分が死ぬことを、明確に悟ったようだった。
永遠の方を見つめ、その場で動きを止めている。
少女の姿は、さながら野を生きる獣のようで。
負けを認めることは、死を受け入れることを意味する。
そんな考えを体現するかのような、凛とした佇まいだった。
ためらうことなく少女の首をはねる。
恐ろしいほどの速さで走った一閃は、少女の首を瞬時に分断した。
頭部がぽとりと地に落ち、体がふらりと倒れていく。
やはり血の一滴も流れないその体は、頭が無くなった後もぴくぴくと動いていた。
転がった頭から覗く少女の目は空を眺め、唇が薄く開いている。
「……ネームドの、適合者……」
「ネームド?」
『気にしなくていいよ永遠。ただの戯言だ』
空をじっと見つめていた少女の目から、徐々に生気が抜けていく。
完全に静止した少女の姿は、透明な水のように溶け始め、やがて地へと還っていった。