適合者 ─ Ⅳ
「ねえシン。どこに向かってるの?」
「そのうち分かるよ」
飛行機が墜落してから一夜明け、永遠たちは現在、どこかの地を歩いていた。
フィーニスの中で生まれ育った永遠にとって、外の世界は初めて見る光景ばかりだ。
防護壁に守られたフィーニスの中は、人工の自然と明かりで溢れていた。
フィーニスごとに違いはあるものの、どれも人々にとっては楽園のような都市である。
「外は汚染されてるから危ないって言われてたんだけど、全然そんな感じしないね」
「汚染……ね」
シンの声に、蔑みの色が混じった。
フィーニスの防護壁は、外気から住民を守っており、周辺には濃度を測るための巡回機が設置されている。
フィーニスとの距離が遠くなるほど、汚染濃度も増すと聞かされていた永遠だが、身体を包む空気は随分と澄んでいるように思えた。
「それにしても、一晩で抜けられて良かったね。広そうな森だったし、もっとかかると思ってたよ」
「そう? 僕と永遠なら、どんな場所でもすぐに抜けられると思うけど」
「え!? それはさすがに無理なんじゃ……」
あれほど走ったにも関わらず、永遠の身体は微塵も疲れを感じていない。
しかし、いくら身体が丈夫になったとはいえ、永遠がただの人間であることに変わりはないのだ。
眉を下げる永遠に、シンがくすりと笑みをこぼしている。
次第に建物の影が見え始め、ちらほらと人の姿が目に入ってきた。
「フード、取れかけてるよ。永遠は綺麗で目立つからね。きちんと被っておいて」
「うん。ありがとう」
風で浮かび上がったフードを、シンの手が戻してくれる。
永遠からすれば、シンの方がよほど綺麗で目立つ容姿をしているのだが、どうやら普通の人には、シンが望まない限り姿が見えることはないらしい。
すれ違う人たちは永遠の方をちらりと見た後、そのまま視線を逸らしていく。
傾国の美女も嫉妬するほどの存在が隣を歩いているというのに、誰一人として視線を向ける者はいなかった。
「なんか複雑……」
「なにが複雑?」
思ったことが、口をついて出ていたようだ。
不思議そうに永遠を見るシンに、永遠は慌てて手を振っている。
「えっと、ほら。シンの方が私よりずっと綺麗なのに、そんなこと言うからちょっと気になって……」
恥ずかしさから、段々と言葉が尻すぼみになっていく。
湯気でも出そうな顔で俯く永遠を、シンはじっと見つめていた。
「僕は永遠の方が綺麗だと思うよ。空みたいに透き通った目も、光を反射する銀の髪も、僕とは正反対のものだからね」
「……シンってたまに、詩人みたいなこと言うよね……」
「そうかな?」
きょとんとした顔で永遠を見てくるシンに、そんな意識はなかったのだろう。
また少しずれてきた永遠のフードに気がつくと、自然な動作で直してくれる。
永遠の着ている服はぶかぶかで、明らかにサイズが合っていない。
とは言え、偶然見つけた小屋で、何とか着れそうな服が調達できただけでも幸運だったのだろう。
すれ違う人の数が増えてくるにつれ、自然と口数も少なくなっていく。
フィーニスの外にも人間がいることは教わっていたが、汚染された世界で暮らす感染者は、かなりの短命だと言われていた。
荒れた建造物に挟まれた道を進んでいると、突然シンが足を止めた。
直後、永遠の身体にざわりとした感覚が走る。
視線の先には、道を塞ぐように一人の少女が立っていた。
まだ小学生くらいの少女は、やけに落ち着いた様子で佇んでいる。
行き交う人々が、迷惑そうな顔で少女を避けていく中、少女はただじっと永遠を見つめるばかりだ。
否、正確には──シンの方を。
「あの子、シンのことが見えてるの?」
「視えていると言うより、似た気配を感じているんだろうね。あんな出来損ないでも、同族の一部を取り込んだ奴らだ。ほんと……反吐が出るよ」
酷く冷たい目で少女を一瞥したシンの声は、視線と同じように凍てついている。
「原因とおぼしき存在を発見しました」
「え……?」
少女の口から、まるでロボットのように平坦な声が発せられた。
それと同時に、少女の近くにいた人間の胴体が真っ二つに分かれていく。
べしゃりという音を立てて、分裂した身体が地面に崩れ落ちた。
「シン……」
「大丈夫。永遠には僕がいるから」
緊張で震える永遠の手を、シンの手が包み込む。
いつの間にか、少女の両手には小太刀のような武器が握られていた。
被さっていたシンの手が形を失い、永遠の身体にしゅるりと入っていく。
それに合わせるように、少女の視線が永遠の方へとずらされた。
身の丈よりも長い小太刀をそれぞれの手に持ち、容易く振り回す異質な少女。
ひりつく空気の中、先に口を開いたのは少女の方だった。
「現在より、対象の捕獲に移ります」
機械的に言葉を発した少女は、直後に地面を蹴り、永遠へと急接近した。
咄嗟に退いた永遠の足元に、小太刀が深々と突き刺さっていく。
避けられたのを確認すると、少女はすぐさま小太刀を引き抜き、再び永遠に向かって素早く振り上げた。