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永遠が人間を捨てた日  作者: 十三番目
第一章 人間をやめた日
4/8

適合者 ─ Ⅲ


 手のひらに砂利の当たる感覚がする。

 ぱちぱちと目を瞬かせた先で見えたのは、星の輝く広い夜空だった。


 身体を起こすと同時に、服から砂も落ちていく。

 辺りを見回す永遠だったが、巡回機の光や、フィーニスの防護壁らしき影はない。


 遠くには木々が茂っており、永遠の落ちた場所が、人間の住める土地ではないことが察せられた。


「私……生きてる?」


 あれだけ高い場所から落ちてきたのだ。

 五体満足でいることが、永遠は不思議でならなかった。

 身体に触れて確かめてみるも、骨折や出血、小さな傷跡さえ見当たらない。


 呆然と座り込む永遠の肌に、じわじわと紋様が浮かび上がってきた。

 赤く光る紋様は、永遠の身体からしゅるりと抜け出すと、見覚えのある青年の姿に変わっていく。


「言ったでしょ。永遠は死なないって」


 会った時と同じ姿で現れたシンは、永遠を見て悪戯っぽく声をかけている。


「うぇ……、じん〜!」


 地面に座り込んだまま、涙を流し始めた永遠に、シンの動きが一瞬停止した。

 永遠と目線を合わせるように屈んだシンは、永遠の乱れた髪を指で整えている。


「忘れてた。永遠がまだ幼いってこと」


「うぅ〜! しんだって……っ、同じくらいでしょ……!」


「うーん。まあ、見た目はそうなのかな」


 涙が零れ落ちる頬に、服の袖がそっと当てられた。


「永遠が泣くと、まるで空が泣いているみたいだね」


 どこかの詩人みたいな言葉に、永遠は思わずぽかんとした顔を浮かべている。

 驚きで涙も引っ込んだ永遠を見て、シンは優しく微笑みながら立ち上がった。


「とりあえず、まずはここから離れようか。開けた場所は、色々と目に付きやすいからね」


 シンの目が、何かを見据えるように細まる。

 促されるまま立ち上がった永遠は、自分が今、服を服と呼べるのかさえ悩む格好をしていることに気がついた。


「ひょわっ」


「代わりが見つかるまで、これでも着てて」


 恥ずかしさで言葉を失った永遠の肩に、ふわりと何かがかけられる。

 ポンチョのような形のそれは、着ると膝下から上を全て隠してくれた。


「これ……シンの?」


「能力で作ってみたんだ。ただ、身体が安定するまで、もう少し時間がかかりそうだからね。今はなるべく、能力の使用を控えておいた方がいい。ここを離れたら、まずは着るものを探すのが優先かな」


 永遠の頬に触れたシンは、“身体の不安定さ”とやらを心配しているようだ。

 能力で作ったという言葉に、永遠は異形を切った際の刀を思い出していた。


「シン。今更だけど、助けてくれてありがとう」


 真っ直ぐな感謝を伝える永遠に、シンはどこか驚いた雰囲気を漂わせている。


 シンという存在や謎の紋様、永遠の身に起こっている変化──その全てが、永遠に猜疑心(さいぎしん)を抱かせるには十分なものばかりだ。


 この状況で、こんなにも純粋な感謝を口にできる永遠に、シンは自然と口角を上げていた。


「永遠って、少し狂ってるよね」


「えっ!?」


 予想外の返しに、永遠は唖然とした顔でシンを見つめている。

 ──親切にしてもらったら、きちんとお礼を言うこと。


 永遠の母は、幾度もこの言葉を繰り返していた。

 母の教え通りにした永遠だったが、何が間違っていたのか分からず混乱している。


「でも、僕は好きだよ。永遠のそういうところ」


 そう言って微笑んだシンの表情は、今までで一番柔らかいものだった。


「行こうか、永遠」


「……うん」


 淡く染まった頬で、永遠は差し出された手に、自らの手を重ねている。

 ──適合者。


 永遠がその言葉の意味について知ったのは、そう遠くない未来でのことだった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「どういうことだ!」


 男の怒声と、勢いよくテーブルを叩く音が響く。

 怒りのあまり震える男の背後には、まだ幼い少女の姿が見えた。


「落ち着いてください。今回のことは残念でしたが、No.160はあくまで被検体の一つに過ぎません」


「そんな単純な話ではない! 適合率が40%を超えた検体だぞ!? 本部に運ぶ途中で墜落したどころか、検体が消失したとあっては……責任からは逃れられないだろう!」


 頭を押さえて唸る男に、女は深くため息をついている。


「とにかく、今は原因の究明が先です。いくらNo.160が中途半端な存在と言えど、飛行機の墜落で消失するなど考えられないことですから」


「……そうだ。あれを人の手で消すことは出来ない。何かが関わっていることは確かだ」


 女の発言に、男も違和感を覚えたらしい。

 怒りを堪えるように拳を握ると、背後の少女に向かって鋭く声を上げた。


「80番! 理解したな? 墜落の原因を究明し、被検体を消した存在を探し出すのだ!」


「はい、施設長」


 少女はロボットのように平坦な声で答えると、すぐさま室内から去っていった。

 その姿を目で追った女も、同様に出口の方へと歩いていく。


「本部には、結果が分かるまで処罰を待っていただけるよう交渉しておきます」


「ああ……。頼んだぞ」


 一人残された室内で、施設長と呼ばれた男はひたすら恨み言を吐き続けていた。


 

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