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永遠が人間を捨てた日  作者: 十三番目
第一章 人間をやめた日
3/9

適合者 ─ Ⅱ


「シン、これ……刀だよね?」


『そうだね』


「どうして刀が……ううん。今はそんなことどうだっていい」


 雑念を払うため、潤んだ目を強く閉じる。

 刀を持つ手に力を込めた永遠は、覚悟を決めた表情で異形に歩み寄った。


 今の永遠にとって最も重要なのは、生きて帰ることだ。

 そのために必要なことであれば、四の五の言わずにやるしかない。


 異形は静止したまま、何かを待つようにじっと永遠を見つめている。


『大丈夫。軽く振るだけで終わるよ』


 シンの声に背中を押され、永遠は異形に向けて刀を振りかぶった。

 目にも止まらぬ速さで振り下ろされた一閃(いっせん)は、銀の光と共に異形の体を真っ二つに裂いていく。


 鈍い音を立てながら、異形の体が少しずつズレ始めた。

 断面は驚くほど滑らかで、刀を持ったのが初めてとは思えないほどだ。


 斬られた後も、異形はずっと永遠を見ているようだった。

 溶解していく体は、斬られた部分から広がり、全体を液体へと変えていく。


 抵抗する様子もなく消えていった異形の目には、永遠を心配するような色が宿っていた。

 まるでヘドロが水へと変わるように、後に残ったのは透明な液体だけだった。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 刀が紋様の形に戻り、手からしゅるしゅると抜けていく。

 宙に浮かんだままの紋様は、今度は矢印のような形に変化した。


『機体の位置的に、ここら辺から出るのはどうかな』


「ちょっと待ってシン。何の話をしてるの……?」


 分厚い壁を指す矢印に、永遠の脳裏を嫌な予感がよぎっていく。


『ここに穴を空けて、飛び降りようって話だよ』


「……むり。むりむりむり!」


 思わず真顔になった永遠は、上空から落下する自分を想像して、何度も首を横に振っている。

 絶対に無理だと話す永遠に、シンが『それなら──』と呟いた。


『このまま墜落して、爆発にでも巻き込まれておく? そっちの方がいいなら、それでも構わないけど』


「飛び降りましょう」


 一瞬で裏返った手のひらに、シンは『決まりだね』と言いながら頷いている。

 正確には、矢印が頷くように動いているのだが。


「でも、穴なんてどうやって空けるの?」


『殴ったら一発だよ』


「なぐ……?」


 とんでもない提案に、永遠の意識が遠のきそうになった。

 機体の壁は、頑丈な素材でできている。

 壁を殴ったところで、永遠の手が血まみれになるだけではないだろうか。


 せめて先ほどのように、刀でも出してくれたらと思う永遠だったが、シンにその気はないようだ。

 ゆっくりと息を吐く。


 どのみち、頼れるのはシンしかいない。

 どんなに訳の分からない方法でも、まずは試してみる他ないだろう。


 不安定な機内で、何故か姿勢を保てている身体。

 不自然なほど冴えた感覚に、深く息を吸い込んだ。

 手をしっかりと握り締め、矢印の示す場所に向けて思い切り拳を叩きつける。


 機内にとてつもない轟音が鳴り響いた。


 硬いものがひしゃげ、耐えきれず折れていくような音だ。

 ぽっかりと空いた穴から凄まじい風が吹き出し、大きく傾いた飛行機はわずかなバランスさえも失っていく。


 あまりのことに呆然と立ち尽くす永遠の口からは、意味のない言語が漏れているだけだ。


「あわわわわ」


『ほら永遠、行くよ』


 宙に浮いていた紋様が、永遠の身体を引っ張る。

 何がなんだか分からないまま、気づけば外に放り出されていた。


 目の前に広がる空と、視界の端に見える飛行機。

 制御を失った機体は、永遠たちとは反対の方向に落ちていく。


 唯一の例外を除き、全てを乗せたその翼は──夜の闇へと消え去っていった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 落ち続ける身体と、急速に近づいてくる地面に、永遠はふと浮かんだ疑問を口にしている。


「ねえシン。そういえば、着地ってどうするの?」


 無事に出られたはいいが、その後のことは聞いていなかった。

 このままでは、永遠の身体は地面と衝突し、ミンチに早替わりしてしまうだろう。


『どうするも何も、このまま降りるつもりだよ』


「このまま……? 今、このままって言った!?」


 永遠の口から、悲鳴じみた声が発せられる。


「わーん、やだやだ! このままじゃミンチになっちゃうよー!」


 泣き叫ぶ永遠に対し、シンは『よしよし』とあやすように声をかけている。


『大丈夫だよ。永遠は死なないから』


「へ……?」


 意味深な言葉に、気の抜けた声が漏れていく。

 口を開きかけた永遠だったが、無情にもタイムリミットの方が先に来てしまったらしい。


 水の中でも、木の上でもない。

 空高くから降ってきた永遠の身体は、そのまま地面の上へと叩きつけられていた。


 

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