契約者 ─ Ⅲ
「すまないな、シン。契約者がいると、話し難いこともあるだろうと思ってな……」
「率直に聞くわ。永遠との適合率はどのくらいなのかしら?」
部屋に残っていたビルとセイ、そしてフェルの視線を受けながら、シンは淡々とした様子で答えた。
「少なくとも、お前たちよりは上だ」
「……にわかには信じがたいな」
「でも、シンは嘘を言ってない」
「そうね。かなり驚いたけど、今の話が本当なら、私たちには良い誤算でしかないわ」
フェルやセイの言葉に、ビルもそれ以上は何も言わなかった。
静寂が辺りを満たしていく。
「ギルの契約者、そろそろ危ないみたいだよ。計画を実行するなら急いだ方がいい」
「ええ。全員の契約者が揃う機会なんて、いつ訪れるか分からないもの。これを逃すわけにはいかないわ」
強い意志を宿した目でシンの方を見ると、セイははっきりとした口調で続けた。
「契約したばかりの永遠ちゃんには申し訳ないけど、少しでも長く持つよう、私たちも協力は惜しまないつもりよ」
「相手がシンだからね。これで能力を乱用すれば、本来の寿命より短くなる可能性も否めない」
「出来ることなら、寿命を全うさせてあげたいと思ってるわ。でも、契約者がいなければ、私たちは徐々に衰弱していくしかない」
「むしろ、僕たちレベルじゃないと、とっくに弱って捕獲されてたかもね」
項垂れるセイの肩を、ビルが軽く叩いた。
事務的に話すフェルとは違い、セイには少なからず罪悪感が見え隠れしている。
「ほとんどの能力は共有できても、完全な不死だけは与えることが出来ない。この戦いが終わろうと、向こう側に行けるのは僕たちだけだ」
「だからこそ、一刻も早くこの戦いを終結させなくてはならない。私たちが向こうに戻る際には、この契約も自動的に破棄されるのだからな」
ビルの言葉にため息を漏らしたフェルは、どこか複雑そうな顔をしている。
幼い見た目に反して、随分と大人じみた表情だ。
「こっちの世界に伴侶を作ることで、どちらの世界にも介入できる力を手に入れられる。本当に……よく出来た仕組みだよ」
「契約者には申し訳なく思ってるわ。それでも、ここにいる間は誰よりも大切にすると誓ったの。期限があるとはいえ、大切なパートナーに違いはないもの」
たとえ人間を嫌悪していようと、契約者を思う気持ちは本物だ。
セイの言葉からは、そんな気持ちが溢れていた。
「一つ言っておく」
シンが口を開いたことで、セイたちの会話がぴたりと止む。
「僕は永遠を手放すつもりなんてない」
「シン、あなたまさか……」
じわじわと増していく圧により、セイの眉が苦しげに寄せられていく。
「どちらの世界だろうと、僕が選ぶのは永遠だけだ。もし永遠に何かあれば──滅ぶのは人間だけじゃない」
静まり返った部屋の中、シンはセイたちを一瞥もせず去っていった。
シンがいなくなったことで、フェルは止めていた息を一気に吐き出した。
胸に詰まった圧を取り除くかのように吐き出したフェルは、感嘆の混じった声で呟いている。
「相変わらず凄いね、僕らのキングは」
全くだと言わんばかりに瞼を閉じたビルが、何かを思い出した様子でフェルたちの方を見た。
「機関の人間は、私たちに二つ名とやらを付けているらしいが……。案外、的を射ているのかもしれないな」
「ふふ、確かにぴったりだわ。だって、シンに付けられた二つ名は──“終焉の神”ですもの」
◆ ◆ ◆ ◇
ティラに案内されながら、永遠は施設の中を見て回っていた。
立派な施設だ。
見れば見るほど、規模の大きさに驚かされる。
「迷路みたいでしょ。次元の狭間に限りはないから、いくらでも拡張できちゃうんだよね。永遠は海底のゲートを通ってきたんだっけ?」
「ゲートって、黒い扉のこと?」
「そ。あの扉は、次元の狭間と世界を繋ぐ装置なんだ。あたしたちみたいなのが近づくと、起動する仕組みになってるの。普段は隠されてるから、人間がどれだけ調べようと見つけることはできないってわけ」
シンが言っていたゲートとは、扉そのものを指していたらしい。
次元の狭間については、いまひとつ理解できない永遠だったが、ある種の異空間だと考えることにした。
「永遠はこの場所をどう思う?」
「うーん……不思議な感じはするけど、良い場所だなって思うよ」
唐突な質問に戸惑うも、正直な気持ちを口にした。
ティラは永遠の返事を聞くなり、表情を明るくしている。
「なら良かった。ここから先は居住エリアなんだけど、それぞれ決まった場所があるから教えておくね」
会議室を始めとして、談話室や訓練場を見てきたが、どこも天井が高く広々とした空間ばかりだった。
居住エリアと呼ばれた場所には大きな扉が建っており、海底にあったゲートと似た形をしている。
「手前から奥に向けて、円卓の席順で所有してるの。あたしは南西の位置だから、入ってすぐの所なんだ」
ティラが扉に手を当てると、緑色の紋様が走っていく。
淡く光る紋様は、永遠が扉に触れた時とは違う模様をしていた。
「ティラは緑なんだね」
「それぞれ色は決まってるんだ。でも、形は好きに変えられるよ」
そう話したティラは、手を紋様に変化させると、永遠に向けて見せてくる。
まるで、そこだけが独立した生き物のようだった。
手を元の形に戻すと、ティラは「ついてきて」と言いながら、開いた扉の先へ進んでいく。
「わあ……」
永遠の目に、鮮やかな草木が映り込む。
そこに広がっていたのは、植物園を彷彿とさせるほど自然の豊かな庭園だった。