契約者 ─ Ⅱ
「さて。まずは自己紹介からしましょうか」
垂れ目の女性は、全員が席についたのを確認すると、皆に視線を向けながら話し始めた。
「私はセイよ。ここの取りまとめ役を担ってるわ」
「僕はフェル。ここでは管理を行ってる」
垂れ目の女性はセイと言うらしい。
円卓を囲うようにして座る中、セイの自己紹介が終わったことで、左隣の少年が手を挙げた。
この中では一番幼く見える少年だが、言葉や雰囲気に貫禄が漂っている。
「俺のことはもう知ってると思うが、ギルだ。よろしくな」
フェルの左隣。
永遠の右隣に座るギルが、ひらりと手を振って挨拶した。
「えっと、永遠です。よろしくお願いします」
順番が回ってきて、永遠は緊張で指をぎゅっと握った。
隣にシンがいてくれる安心感から、思いの外しっかりと声が出ている。
「あー、そんじゃシンは飛ばして……」
「次はあたしね」
シンに挨拶は不要だと考えたようだ。
ギルの言葉に、シンの左隣に座る吊り目の少女が声を上げた。
「あたしはティラ。この中では一番歳下なんだ。仲良くしてね、永遠」
「歳下……つってもなぁ」
「黙れギル。余計なことは言わないでよね」
ギルを睨みつけたティラは、永遠に向けてにこりと笑みを浮かべている。
「……こほん。私の名前はビルだ。君を新たな一員として歓迎しよう」
厳格そうだが、綺麗な顔をした男性だ。
セイが大学生くらいだとすると、ビルは社会人。
容姿だけなら、一番歳上に見える。
「私たちの契約者は、後ほど改めて紹介するわね。永遠ちゃんたちも、もう契約は済んでいるのでしょう?」
「あ、はい。たぶん……」
永遠の視線を受け止めたシンが、肯定の代わりに微笑んだ。
セイたちから、信じられないものを見たような空気が漂っている。
「理屈は分かるが、理解が追いつかねぇ……」
「それに関しては同意する」
何とも言えない表情のギルに、ビルが同調した。
年齢も性格もさまざまに見える彼らだが、共通点を挙げるなら、全員顔が整っているという点だろう。
「そろそろ本題に移りましょうか」
場を仕切り直すように、セイが手を叩いた。
その言葉を合図に、ギルたちが姿勢を正していく。
「永遠ちゃんが来てくれたことで、現時点、全員に契約者が存在することになったわ」
「……では、ついに始めるのか」
「ええ。分をわきまえず、永遠人を己の私欲のために利用した人間どもを──滅ぼす時がきたのよ」
人間を滅ぼす。
確かに今、そう聞こえた。
思わぬ言葉に凍りつく永遠の耳に、セイたちの会話が響いてくる。
「それで……どうする?」
「どうするもこうするも、戦争だよ。永遠人の身体を砕いたんだ。ただで済ますわけにはいかない」
ビルの問いかけに、フェルが淡々と答えた。
「まずは施設を潰すところからね」
「だな。実験に使われてる身体を、取り戻してやらねぇと」
ティラの提案に頷いたギルが、視線をビルの方へと投げかけた。
「……頭部は機関が所有しているが、身体はそれぞれの施設にあるはずだ。回収後は、いったんここで保管するのが良いだろう」
「身体というか、もはや肉片の域かもよ」
「ちょっとフェル! 物騒なこと言わないでよね。永遠がびっくりしちゃうじゃない」
眉を顰めたティラは、永遠のことを気遣っているようだ。
シンと出会ってから、何が何だか分からないまま今に至る永遠だが、それほど繊細という訳でもない。
永遠の脳裏に、母と一緒に料理をしていた時の記憶がよぎった。
細切れにした肉を思い浮かべ、大体あんな感じかと納得する永遠の隣で、シンが口元に指を当てた。
「ふっ」
「あ! シン、今笑ったでしょ。ほんとに心の中は読めてないんだよね……?」
怪訝な面持ちで詰め寄る永遠に、シンは「本当だよ」と微笑みながら否定している。
「ほとんど顔に出てたからね」
「え」
慌てて顔に触れる永遠を見て、シンは笑みを深めている。
突然、バシンと響く音がした。
「めちゃくちゃいてぇ……」
頬に手を当てたギルが、呆然と呟いている。
「だ、大丈夫ですか?」
音の大きさからして、相当強く叩いたらしい。
心配そうな永遠に、ギルははっとした様子で頬をかいた。
「わりぃわりぃ。あまりにショッキングな光景だったんで、思わず、な……」
「それに関しても同意する」
ビルが同調するのを横目で見ながら、セイがやれやれと言わんばかりに溜め息をついた。
「ひとまず、最初の目標は第三施設ということで構わないかしら?」
「あたしは賛成。ここから一番近いし、落とすならあそこからよね」
「僕も賛成」
「俺も良いぜ」
「私も同意しよう」
他のメンバーの承諾が得られたことで、セイの視線がシンの方に向けられた。
「どうかしら、シン」
「それで構わない」
シンの言葉に、セイがほっとした様子で手を合わせる。
「それじゃあ、今回はこれで解散にしましょう」
会議が終了したことで、早々に部屋から出ようとするギルを、セイが呼び止めた。
時折、「体調は──」や「どのくらい持つのか──」と話す声が聞こえてきたが、永遠にはどういう意味なのかまったく分からなかった。
「ねえ」
声をかけられ振り返った永遠の傍に、ティラが立っている。
「あたしがここを案内してあげる」
「え? でも……」
何も答えないシンに迷っていた永遠だが、近づいてきたセイに、「シンを少し借りてもいいかしら?」と問われたことで、再びシンを見上げている。
「すぐに戻るから、行っておいで」
「分かった」
シンから後押しを得たことで、こくりと頷く。
ドアの前で待つティラに呼ばれ、永遠はおもむろに後を付いていった。