永遠とシン
フィーニス。
それは、とある機関が造り出したドーム状の都市のことだ。
フィーニスは世界の各所にあり、移動は特殊な飛行機によって行われている。
それぞれが国として独立しており、人々はフィーニスを自由に行き来することが可能だった。
◆ ◆ ◇ ◇
飛行機の翼で点滅するライトが、窓から見える唯一の光源になっている。
深夜の空をぼうっと眺めていた永遠は、何かが動いた気配に思わず目を瞬かせた。
人間……だろうか。
翼の端に腰掛けていた人影は、視線に気づいたのか、永遠の方をくるりと振り返っている。
交わった視線の先で目を細めた人影が、翼の上を歩き、窓の方へと近寄ってきた。
機内の明かりによって、人影の全貌が見えてくる。
永遠と同じくらいだろうか。
まだ若い見た目の青年は、長い黒髪を一つに結えている。
白い肌と、赤い瞳。
目尻に引かれた紅が、青年の圧倒的な美貌を際立たせていた。
「こんばんは、適合者さん」
「……えっ?」
突然聞こえた声に、辺りを見回す。
周りの乗客に変わった様子はない。
気のせいかと思い視線を戻すと、面白そうに永遠を見つめる青年と目が合った。
「僕だよ、適合者さん」
青年の動かす口元と、聞こえてくる言葉のタイミングが重なっている。
「もしかして……あなたが話しかけてるんですか?」
「ふふ、だからそうだってば」
小声で返事をするも、周りの目が気になってそわそわしてしまう。
永遠の隣は空席だが、前後には多くの人が座っているのだ。
「いったい、何がどうなってそんな所に? というか、今って飛行中ですよね……?」
「こんなに高い所に来るのは久しぶりでね。風が気持ち良くて、つい長居してしまったんだ」
ついで長居できるような場所ではないのだが、青年の態度を見ていると、本当にそんな理由で乗ったんだと思えてくる。
靡く髪を見ても分かる通り、この飛行機は今まさに上空を飛んでいる最中だ。
黒と赤を基調とした服は風の力に当てられ、長い袖は先ほどからバタバタと悲鳴をあげている。
「とにかく、そんな所にいたら危ないですよ! 今から中に入るのは……無理そうですし……」
「心配してくれてるの?」
せめて落ちないようにと気遣う永遠だったが、青年がその場から動く気配はない。
それどころか、さらに窓の方へと近寄ってくる。
「ねえ、名前はなんて言うの?」
「永遠、ですけど……」
「とわ。永遠か」
確かめるように名前を重ねた青年は、そのまま自らの名前も口にしてきた。
「僕のことは、シンって呼んで」
「シン?」
「そうだよ永遠」
微笑んだ表情があまりにも綺麗で、永遠の頬が薄く色付いていく。
飛行機の中と外。
普通ならありえない状況だが、永遠はいつの間にかシンとの会話を楽しみつつあった。
シンの声は永遠にしか聞こえていないようで、周りの乗客は誰一人として反応していない。
こそこそと独り言を呟く永遠には、たまに不審なものを見るような眼差しが向けられていたが。
「到着まで、あと二時間くらいか……」
「残念だけど、この飛行機が目的地に着くことはないよ」
シンのことが気がかりで時間を調べていた永遠は、一瞬、何を言われたのか分からず固まっている。
「……変な冗談はやめてください。目的地に着かないなんて、そんなことあるわけ──」
「きゃあああああああ!」
突如、つんざくような悲鳴が機内に響き渡った。
女性の甲高い叫び声を皮切りに、悲鳴と恐怖が伝染していく。
前に座っていた乗客たちは、何かに気づいた様子で、急いで後ろに逃げようと立ち上がっている。
「何が、起きて……」
ぐらりと揺れた機内と、前方で飛び散るあか。
べちゃべちゃと液体を踏み締めて、必死で逃げてこようとする乗客たち。
その背後から現れたのは、この世のものとは思えない──悍ましい異形の存在だった。