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第九話 エミリアという女

 ブクマ・評価などをいただけますととっても嬉しいです。励みになります。


 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 


 次回は6/15の17:00に投稿予定です

 イズナ・マイルズ。

 相手の防御を貫く「急所付き」を得意とする女武道家。

 彼女の処世術はいたってシンプル。強い人間に擦り寄って形だけの実績を作る、ただそれだけ。


 実力自体は大したことはなく、Bランク冒険者だがその力量はC級程度である。

 「素早い動き」と「回避力」を自慢するが、それは単純に怪我をしたくないから逃げ回っているだけにすぎない。

 基本、相手の攻撃をひたすら避けモンスターが弱った頃合いを見計らって急所突きを繰り出し戦っているフリをしているばかり。

 やってる感だけで大きな顔をする、そういう女だ。


 筋力トレーニングは一切しない。「素早さを生かしたい」という名目だが実際は「お気に入りの服が着れなくなるから」というふざけた理由。

 つらいことから逃げ、楽して儲けようとすることに頭を使い続ける……どちらかといえば武道家より商売人の思考回路と打算的を持ち合わせる人間である。


 アッシュと言う非常にわかりやすく、おだてに乗りやすいそこそこの実力者に目を付け、いつものように懐に入り込んでは強い者にはへつらい弱き者に強く出る典型的なクズムーブをかましていた。


「あー、クソむかつく」


 そんな彼女は今、ヤシロオオトカゲの麻痺毒に侵され病床に伏せていた。

 もうほとんど毒は抜け、多少のしびれが残る程度だが仮病で今も休んでいる。大立ち回りをしたかのように吹聴したり同情を誘ったり、とにかく大げさに振る舞うのがイズナという女だ。


「痺れるわ倒せないわ、何なの急にさぁ」


 アップデートのせいで会心の確率が低下したことなど彼女は知る由も無い。

 不可解な環境の変化に苛立つイズナはベッドの上で今日何度目か分からない悪態をついていた。


「ヤシロオオトカゲに急所が効かなくなるなんて。しかも風華満月草がこのタイミングで採れなくなって品不足になるなんてさぁ……あーむかつくむかつく! マジむかつく!」


 バサッ! バキッ!


 キレると止まらなくなるイズナは手元の本を壁に投げつける。床は皿なりゴミなりで汚れており普段から近くの物に八つ当たりしているのが覗えた。


「アッシュもウオトルもさ。満月草のアテがあるとか言ったっきり全然こないじゃん。はぁぁ、そろそろ鞍替え時かな? 急にザコくなったし」


 また都合のいい男を探して懐に入り込もうか……そう考えていた時だった。


「失礼します」

「え? あんた誰?」


 イズナの部屋に入ってきたのはロープを羽織る幸の薄そうな美人だった。


「ちょっと何さ? 鍵はどうしたのよ?」


 女性は恭しく一礼し名乗る。


「私、商人のエミリアと申します」

「商人が何の用事よ」

「はい、アッシュさんに頼まれまして、お薬を持ってまいりました。風華満月草使った商人ギルド自慢の麻痺毒の特効薬です」


 特効薬と聞いて険しい表情から一点、イズナの顔がパッと明るくなった。


「まじ!? 遅い~早くしてよね!」

「……」


 少し不穏な空気が流れるが空気が読めないイズナはお構いなし、「早く早く」と薬を要求した。

 エミリアはゆっくりとポーチからすり鉢などを取り出した。


「……今、煎じますので、少々お待ちください」

「えぇ? 今から作るの?」

「はい、これが良く効く飲み方なのです、少々お待ちください」


 ゴリゴリと調合を始めるエミリアはイズナにあることを尋ねた。

 

「……ところで、イズナ様のギルドにいたジョニー・ホマズンさんについて教えて欲しいのですが」

「あぁ、あのザコ?」

「……一生懸命にお仕事をされていたと耳にしましたが」


 声音が低くなるが、イズナにその機微はわからない。気分が良いのかジョニーについての悪口をペラペラと喋り出した。


「バカだよね~、転職までの面倒みるって言ったら小銭程度の給料でトイレ掃除だなんだの雑用一生懸命やってんの! 薄給で働く都合の良い奴隷みたいなもんだったわよ」

「……」

「ま、天啓で不遇職を言い渡されたヤツって前世で悪いことしてたって噂だし? このぐらいしてもいいわよね」


 ――カチャリ


 一瞬、エミリアの手が止まる。

 そして煎じている薬に何か妙な薬を溶かし始めていた。


「……さあ、できました」

「遅い~、これですぐ治るの?」

「えぇ……「イチコロ」ですよ」

「へえ、じゃあもらうわ」


 起き上がりベッドの横に座るとゴクゴク飲み出すイズナ。

 苦味も何もなく飲みやすさに少々驚いているようだ。


「アレ? もっと不味いと思っていたけど?」

「ええ、特注ですので。かの大陸の皇帝が晩年口にしたと言われる薬ですよ」

「皇帝? 大陸? どこのよ?」

「西にあるエルフの大陸です、最後は毒殺されたことで有名ですね」

「え? それって百年以上前の話じゃな――」


 刹那――ガシャンと床にコップを落としてしまうイズナ。


「え、ちょ?」


 何が起きたか分からず落としたコップを拾おうとするも、そのまま平衡感覚を失いそのまま床に突っ伏してしまう。

 八つ当たりで散乱している破片やゴミの上に重なるように倒れるイズナ。

 麻痺毒でつい手が滑ったと思ったがどうやらそうではない……

 倒れる彼女をエミリアは柔和な笑みで見やっていた。


「はい、百年前に毒殺されたあの皇帝です。そしてそちらは皇帝が最期に口にした無味無臭の劇薬にございます。風華満月草は他の薬効を高める効果もありますので」


 虚ろな目でエミリアを見やるイズナ。その瞳孔は激しく収縮しはじめている。

 指から足から痙攣し始め、倒れたまま歩き始めたかのようにもがく。


「お、お前……」


 その様子をエミリアは微笑んでみていた……だが眼差しは非常に冷ややかである。


「筋書はこうですかね? 麻痺毒が回りすぎて呼吸困難で帰らぬ人に……」

「な……ぜ?」


 何か言いたそうな目で床に突っ伏しながら、エミリアを見上げるイズナにエミリアは次の瞬間しゃがみ込み、鬼のような形相で肉薄する。

 口調は優しい、それがまたかえって恐怖をあおった。


「それはジョニー様の善意をコケにしたからです。有用な人間なら生かそうかと思いましたが……救いがないので処分という形を取らせていただきました」

「処……分……」

「はい、今後世界を統べるジョニー様のギルドに寄生するダニは処分です。雑魚が口癖のようですが、貴女はその雑魚以下のダニです。感謝して下さい、虫にはもったいない毒薬ですよ」

「だ……に……」


 怒りと苦しさ、そして恐怖が綯い交ぜになった表情を浮かべたまま、イズナは泡を吹き、そのままピクリとも動かなくなった。

 しんと静まり返る部屋の中、エミリアは淡々と帰り支度を始める。

 死体などまるで無いような、そんな振る舞いだ。

 何事もなかったかのように部屋を出て、帰路に就くエミリア。

 裏路地を通り大通りを出た彼女は、街行く人を見やりながら独り言ちた。


「ふむ、不遇職は前世で過ちを犯した……寄生虫にしては、ずいぶん当を得た発言をしていましたね――百年前の皇帝毒殺、あれを過ちというのであればそうかも知れません……クッ」


 衝動的にフードを目深にかぶり、エミリアはギリリと歯ぎしりして憤る。


「もっとも毒殺したことではなく……依頼人をおいそれと信頼し、口封じの為に殺されてしまったことが過ちですけど」


 エミリア・ザナフ。

 彼女は百年前、皇帝を毒殺した凄腕の薬師、その転生者である。


 山奥で暮らしていた彼女は国の使者より「苦しむ民のため」と吹聴され、正義の心をもって劇薬を皇帝に盛った。

 しかし皇帝は圧政など強いては居なかった、後釜を狙った連中による嘘八百。

 騙されたエミリアは暗殺後、口封じのため殺されてしまう。

 その後、皇帝暗殺の汚名は全てエミリアの仕業とされ死後彼女は「国を狙った最悪のエルフ」「傾国の薬師」と語り継がれ、エルフ迫害の引き金もひいてしまうのだった。


 全ては復讐のため。


 その強い怨念で転生した彼女は、この世をエルフだけのモノにしようと画策……というシナリオライターの裏設定が生み出したキャラである。


 エルフ迫害というテーマが重いためオミットされた設定だがシナリオライターはいたく気に入っており、もし可能ならDLCでストーリーに盛り込もうと画策していた。


 実はそのDLC、結局「テーマが重い」とボツになり陽の目を浴びることはなかった。

 だが往生際の悪いシナリオライターは夫のディレクターに頼み込み、エミリアのデータなり存在を匂わせるテキストを別のDLCにこっそり盛り込んでいたのだ。

 エミリアはそんなシナリオライターが生み出した妄想DLCラスボスキャラであった。




「前世は信じたゆえに殺されました……でも」


 彼女の脳裏にジョニーの笑顔がよぎる。


「不遇職を授けられた人間の前世に深い心残りがあるというなら、私と一緒かも知れません。なら、今度こそ信用できる仲間なのではないでしょうか?」


 彼女は足を止め、日を浴び輝く白い建物を見て目を細める。

 目の前にあるはアッシュから奪ったジョニーの冒険者ギルドである。


「もう一度、人を信じてみましょう。あの方こそ大陸の……いえ、世界を統べるもの」


 その地位に押し上げるのが自分の使命と信じるエミリア。



「いっくし! 風邪かな?」


 DLCの凶悪ラスボスに見初められたなど、シナリオライターの裏設定に振り回されるなどジョニーには知る由も無かった。


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