第八話 アッシュとの決闘(後編)
馬車や旅人が行き交う都の大通りにて。
「……」
「……ふん」
ジョニーとアッシュは一歩踏み込めば獲物が当たる……そんな絶妙な距離で睨み合っていた。
一目で決闘と分かる尋常ではない雰囲気。
そんな匂いをどこからともなく嗅ぎつけた野次馬や旅人が集まりだし自然と二人を囲いだしていた。
「いつの間にか決闘場が出来上がっちまったなぁ」
「いや、処刑場だよ、君のね」
「……はんっ! 半年で口は達者になりやがったな」
このような小競り合いは都では日常茶飯事だが、その中心にいるのがギルド長でAランクの冒険者アッシュとあったら相手が誰であろうとドル箱カードだ。
しかも、その相手は元部下で魔物使い。
勝負論はなくとも一方的な殺戮ショーを楽しみにしている人間も少なからずいるだろう。
また一部の人間はアッシュではなくジョニーに注目し、その一挙手一投足をつぶさに見つめていた。
「疑われてるもんな、実力を」
ここ最近、快進撃を続けるジョニーの実力に疑問を持つ人間が見定めようとしているようである。
「まぁ、これからギルドを運営することを考えると実力を見せ付けるのは悪いことではないかな? あまり自分ひけらかすつもりはないけどさ」
独り言ち、ハンマーを構えるジョニー。
やる気を見せる彼にアッシュは煽るよう笑ってみせた。
「へへへ、懐かしいなあ。無様にや気絶したお前の姿、今でも思い出せるぜ」
「半年前の話か、確かに懐かしい。ま、君には感謝してるよ」
「感謝だぁ」
「こっちの話さ」
前世の記憶を思い出し、アップデートというスキルを身につけることができたのは、理由はどうあれアッシュのおかげ。
そこ「だけ」は少なからず感謝しているジョニー、だがそれまでの仕打ちを許す気は毛頭無かった。
「それとコレとは別、パワハラは今日日大問題なんだぜ。問題あった別の班はコンプラ室からの電話が鳴り止まなくて仕事もろくにできなくなって困ったらしいし」
「あ? ワケの分からんことを言って誤魔化そうとしているのか?」
「あ、いや、こっちの話だ……」
ゆっくり、円を描くようにアッシュの周りをまわり出すジョニー。
「いっちょ前に様子見てんじゃねぇ」と言葉を吐き捨てアッシュは自慢の剣を抜いた。
「いまさら謝っても遅いぞジョニー! 武器を抜いちまったら、もう後戻りはできないぜ!」
「……もう遅いのはそっちさ、アッシュ」
「ハハハ! それがお前の最後の台詞だ!」
高笑いと同時に斬りかかってくるアッシュ。
その刀身には付与した雷魔法が青白い光を放っていた。
特技「雷刀」。
重厚な鉄の鎧を着込んでも防げない――感電必須、防御無視の一撃。
「死ねやぁ!」
斬りかかる動きは明らかに遅い……が、アッシュは自信満々である。
たとえ不調であろうと、元雑用係のジョニー程度がどうこうできるわけはない……と高をくくっているのだろう。
小細工も一切無し、フェイント一つもなく、斬りかかる単純な攻撃。
今のジョニーにそんな稚拙な攻撃が通用するはずもなかった。
「さてさて」
避けるも捌くも余裕……だが、彼はあえて手にした武器で受け止める。
「馬鹿が!」
雷を纏うアッシュの刀剣がハンマーの先端に触れる。
刹那、防御無視と呼ばれる雷の刃が光を放ち、ジョニーの体を駆け抜けた。
バチィ!
クビを言い渡され追放されたあの日、意識を刈り取った雷撃が彼の体を貫く。
「へっ! 一度喰らったろうが! 俺の意識を刈り取る必殺の一撃をよぉ!」
避けもせず真っ正面から受け止めたことにアッシュは鼻で笑った。
「ふん、結局半年前と何も変わっちゃいねえなぁ雑魚雑用係――」
「……いや、変わったさ」
「な!? お前!?」
平然と受け答えをするジョニー。
まさか無傷とアッシュは面食らった。
「どういうことだ!? 防御無視の感電攻撃だぞ!? てめぇ! 対策していやがったな! 何を仕込んだ!? 耐雷の呪符か!?」
「仕込んでいねぇよ、鍛えただけだ」
「う、ウソつくな! 鍛えてどうにかなるわけねぇ!」
慌てふためく彼を見てジョニーは興ざめといった顔である。
「しっかし拍子抜けだな、アプデ前はこんなしょぼい雷に感電していたのか」
「あ、アプデってなんだよ!?」
自虐的に笑うジョニー、決闘中にも関わらず買い物途中のような普段通りの振る舞いだ。
対照的にアッシュは一気に余裕を失ったようで、忙しなく剣を構えなおしたり距離を取ったり近づいたりとにかく落ち着きがない。
「ど、どうする……クソが……雷が効かねぇなんて……」
そう実は彼、これしかできない。
剣士×雷魔法というアップデート前のティアSビルドと仲間の援護の力を自分の実力と過信して他の戦い方を覚えようともしなかったのだ。
全てを見透かしているジョニーはこれ見よがしに嘆息した。
「はぁ……仮にもギルド長だろ、自慢の戦法が効かなかった時のことぐらい考えておけっての」
「う、うるせぇ! 知った風な口をきくな!」
「しっかしまぁ、ここまでノーダメとはな……「魔物使いはやけくそ調整だ」ってネットで叩かれたのも頷ける。良い勉強になったよ」
「な、何言ってやがるお前!? つうか鍛えただけってウソだろ!? あの、あの雑魚の雑用係の魔物使いが一流剣士の雷剣術に勝てるわけねえ」
「まず、お前は一流じゃないって自覚持てよ」
偶然ティアSビルドを組めていただけ……
その奇跡にあぐらをかいて勘違いしていた彼に対し、ジョニーは哀れみすら覚えていた。
「こうも差があるとつまらないもんだ……バランス調整ってつくづく大切だな」
「ば、バランス? さっきから何を言ってんだ!?」
アプデやバランス調整など聞き覚えのない単語を口にする彼にアッシュの恐怖はさらに高まっていく。
ジョニーはもう怖がる子供を前にする大人の心境だった。
しかし彼に罪悪感は、ない。
承認欲求や自己顕示欲といった見栄をよくする事だけに終始して、基本的な鍛錬を怠っていた、この男の自業自得なのだから。
「お前みたいな自分の見栄のために、下の人間やユーザーのことを舐めきっているやつは大っ嫌いなんだよ」
「だからユーザーってなんだよ!」
「こっちの話だ……さて俺を裏切った報い、受けてもらうぞアッシュ!」
とどめとばかりにジョニーが懐から取り出すは、小瓶に溜めたモンスターの血液だった。
バキィ!
それを力任せに握りつぶす。
血液は彼の手のひらからスウッと染み込み、そして消えていった。
次の瞬間――
ドクン! ドッドッド……
ジョニーの心臓が激しく脈打つ。
「ま、まさかオイ……」
アッシュもそこまで馬鹿ではない。魔物使いの切り札ぐらいは頭に入っていた。
血気強化……短時間だが魔物使いの身体能力を一時的に向上させる奥義。
ちょっと前のジョニーが使ったら「血迷いやがった」と笑っていたであろう。なんせ雷で感電させればいいだけだから。
だが自慢の技が通じない以上、対処する術は彼にはない。
「お、おい……それを生身の人間に使うのか? 元は仲間だった人間だぞ」
「俺の聞き間違いか? 仲間だと思ったことは一度もなかったと聞いたけどなぁ」
片手でハンマーを持ちあげるだけでなく、まるでジャグリングもしくは手遊びのように右手、左手と代わる代わる持ち変えて見せるジョニー。
血気強化によってどれだけ筋力が向上したのか伝わってくる。
これで殴られたらどうなるかアッシュは想像しただけで震えが止まらない。戦意喪失一歩手前といったところだ。
「い、いいのか!? そんなで殴ったら人殺しになるぞ」
「さっき「死ね」とか言ってなかったか?」
「そ、そうだっけか!? あ、えっと、いやそういえば、最近さぁ――」
「時間稼ぎが見え見えなんだよ、ひと思いに楽にしてやるのが最後の情けだクソ野郎!」
「ひゃ、ひゃ……」
逃げるにしても腰が抜けたのか、もう言葉にならない声しか出ないアッシュ。
そんな彼の眼前でジョニーはハンマーを振りかざした。
「もう遅いんだ半端者! くたばれ!」
「あ、あひゃぁぁぁぁぁ! ゆるしてへぇぇぇぇ!」
言葉終わりと同時に振り抜かれる鉄槌。
ボォンと爆発したような風切り音と共に突風が吹きあれた。
「すいまひぇんでしほぁぁぁぁぁぁ!」
アッシュの顔面はその突風に煽られ、歯茎むき出しの無様な表情をさらけ出す。
しかし、その一撃は彼の顔面を捉えることはなく鼻先をかすめるだけに留まった。
「……あひゃん」
死を実感し、鼻先から血を滲ませながらその場にへたり込み白目を剥いて失神するアッシュ。
無様以外の形容が思い浮かばない、実に情けない姿であった。
一方、一瞬の出来事に野次馬達は大いに戸惑っている。
「お、おい、何が起こった?」
「情けを掛けられた?」
「すげぇ威力だ、耳がおかしくなる」
「あ、アレを見ろ!」
誰ともなくアッシュの剣を指すと、なんと所在なく構えていた刀身の半分が跡形もなく消失しているではないか。
「う、わ……」
ゴクリと誰かが生唾を飲む音が聞こえる。
あの一撃が側頭部に直撃していたらどうなっていたのかは想像に難くない。
もう誰もジョニーの実力を疑問視する人間などいなかった。
当の本人はやりきった爽やかな笑顔でハンマーを背負い直した。
「ま、顔面崩壊は勘弁してやったぜ。天下の大通りを薄汚い血で汚しちゃ悪いからな……おっと」
ジョニーの眼前で失神しているアッシュは白目を剥いての気絶に加え失禁のおまけ付き。Aランク冒険者でギルドの長とは信じられない失態だった。
「結局汚しやがって……オイ、ウオトル」
「ホッ? は、はひゃい」
呆然と眺めていたウオトル、急に声を掛けられ背筋を尋常じゃないくらいピンと伸ばす。
「コイツを連れてけ、そして二度と顔を見せるな」
ジョニーはそれだけ言うとつまらない者を見るようにアッシュとウオトルに背を向けた。
だが、この期に及んでウオトルは自分の事しか考えていなかった……というより、この一瞬で頭のソロバンを弾いたのだろう、アッシュを見限りジョニーに付いていけば一儲けできる、コイツに取り入れば安泰だ……と。
「そ、そんなそんな! 二度となんて! 連れないこと言わないで下さいよ、ジョニーさん!」
すぐさまウオトルは手のひらを返しごまをすり出す……あまりにも露骨な態度に本人以外
この場にいる全員が察するほどだった。
「役に立ちますよぉワシは!」
気絶したアッシュそっちのけで高速揉み手を繰り出す初老の男。今この場、いや、この国にいる誰よりも醜い存在だろう。
そんな彼にジョニーはわざとらしくアゴを撫で考える仕草を見せる。
「あぁそういえば、ギルド運営には明るい人材が必要だったな」
「でしょう! そうでしょう! 私を仲間にしておけばお得ですよ!」
「よっしゃ」とウオトルの小さな声を聞いた後、ジョニーは稚気溢れる笑みを浮かべた。
「というわけでエミリアさん、お願いできますか?」
「もちろん承知しました」
見事な連係プレー。
上げて落とされたウオトルは愕然とした表情でジョニーにすがる勢いだ。
「ワシは!? ワシはどうなるんですか!?」
「えーっと、いるだけで辛気くさいとかバニーの方が良いとか言っていたのは誰でしたっけ?」
過去の発言を掘り返されドキリと身をすくませるウオトル。
一方、エミリアが神妙な面持ちでこう進言してきた。
「ジョニー様、よろしかったら私バニーになりますよ」
「えっと、エミリアさん……半分冗談みたいなものですので」
「ハーフバニー……新しい世界が拓けそうですね」
「そういうわけでは」と困るジョニー。
漫才を始める二人など意に介さず、切羽詰まったウオトルは強引に話に割って入る。
「き、聞いて下さい! あれはほら! その場のノリですし! ね、ね!」
懇願。
形振り構わぬすがりっぷりに嫌気が差したジョニーはウオトルの手を全力で払いのけた。
「お前の本性だって見抜いている、怪我する前に失せろってコトだよ……」
全て見透かされたと気がついたウオトル。
これ以上ゴマのすりようがないと判断した彼のなんと変わり身の早いことか。地面に唾を吐き捨て睨みつけてくる。
その失礼な態度にエミリアは静かに怒る。
「いいんですか? ジョニー様」
「はい、何か、拍子抜けしちゃって。別にほっといてもいいかなって」
「嫌なことはさっさと忘れた方がいい」とジョニー。
「……ウオトル、そしてイズナですか」
だが、エミリアは許すまじといった秘めたる眼差しで何かを考え込んでいた。
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