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第六話 アップデート後のアッシュたち

 アップデートから数日後。

 その日から世界は一変、強い職業はナーフされ弱い職業は底上げ。モンスターの耐性変更やアイテムの採取量などあらゆる面がバランス調整された。

 しかし、この世界規模の仕様変更を正確に把握しているのおそらくジョニーだけ。

 ほとんどの人間にとって「なんか体の調子が悪い」「魔法が効きにくい」程度の違和感でしかなかった。

 それはジョニーを追放した怨敵アッシュラも同じだ。

 彼らは今日も今日とて、ギルドの討伐依頼をこなすべく遠征していた。


「ホッホ、では私は魚を取りに向かいますので。狩り頑張ってくださいね」

「おう、たっぷり稼いでくれ」


 余裕たっぷりの表情でウオトルを見送るアッシュ。

 釣竿を手にする同僚を見て武道家のイズナは悪態をついた。



「また、おっさん一人で釣りぃ?」

「戦闘じゃ役に立たないからな。あいつの仕事はギルド運営費稼ぎだからよ。文句言うなイズナ」

「そだね、ヤシロオオトカゲはナタリーの睡眠魔法があれば楽勝だもんね」

「眠らせさえすりゃ誰だってボコせるんだからよ。しかし、ヤシロオオトカゲのおかげで、楽に儲けさせてもらってるな。ギルドの評判も上り調子ときたもんだ」

「ね~、居場所無くしたトカゲの多いこと多いこと。環境破壊万々歳だよね」


 この会話に感性のまともな魔法使いのナタリーが苦言を呈する。


「ちょっとアッシュ、イズナ」


 誰かに聞かれたらギルドに評判が悪くなると咎めるナタリーにイズナが舌を出す。


「まったく真面目なんだから」


 なんとも緊張感のない会話……まぁ無理もないだろう。

 ヤシロオオトカゲは催眠で眠らせればただの的へと早変わりなのだから。

 まるで遠足にでも行くかのような雰囲気の中、アッシュは肩を回しながらボソリとこんなことを言い始めた。


「ところでさ、今度まとめて休みもらっていいか?」

「どうしたの急に? 実家に顔出すの?」


 イズナの問いにアッシュは首を振る。


「ここ数日、体の調子が悪くてなぁ」

「あれじゃん。あの雑魚、ジョニーの地縛霊じゃん」


 相変わらず口の悪いイズナを咎めることなくアッシュは大爆笑だ。


「ナッハッハ、アイツ死んだら呪ってきそうだ。今度シャーマンに払ってもらうか?」


 自分の所の元雑用係を勝手に死んだ事にして悪びれないどころか大爆笑するアッシュに対してナタリーは辟易していた。


「はぁ」

「なんだよナタリー、ため息ついてさ」

「いいえ、別に。ただちょっとその体調不良、嫌な予感がするのよね」


 ナタリーは話を逸らすと嫌な予感について語る。


「似たような症状を訴えている人が結構いて、ちょっと怖いのよ」


 そう、アップデートを境にナーフされた人間が体調不良という形で訴えているのを耳にしていた。

 バランス調整の影響を受けて逆に体の調子が良くなったり強くなった人間もいるのだが。現状は不調を訴える人間ばかり。

 複数の人間が同じ症状を訴えていることにナタリーは不安を抱えているようである。


「あれじゃん。風土病か何かじゃない? アッシュだし、なんか病気をもらったとか」

「それは……ない、はずだけどよ」

「歯切れ悪ぅ」


 自分が真剣に考えている時に下品な会話。


「はぁ……」


 ナタリーはもうため息しか出ない。


 そして彼らはヤシロオオトカゲと遭遇、戦闘に入る。


 ギャァァァ!


 例によって、顔面から毒を吹きだす異形の爬虫類。

 「もう何匹も倒している。こんなの楽勝。朝飯前」と軽い気持ちで討伐しようとしていたアッシュラだが、今日は雰囲気が違っていた。


「オイオイ! ナタリー! 早く眠らせてくれよ」

「さっきからやってるわ……でも……」

「つーかアッシュも全然動き鈍いじゃん」

「うるせえな! 調子悪いって言っただろう!」

「女、連れ込んで変な病気もらったんじゃないの!? ハッスルしすぎて足腰弱ってるんじゃない!?」

「なわけねぇだろクソ! イズナ! お前だって!」

「こっちだってわかんないよ! さっきから急所殴っても全然効かないんだけど……こんな雑魚に手こずるなんて」


 悪態をつくアッシュとイズナ。

 特にアッシュの苛立ちは仲間だけでなく自分自身も向いてるのだろう。

 明らかに体が重い。

 ここ数日で漫然とした不調が、ずっと彼の身体をむしばんでいるからだ。

 その不調は剣を振るうとさらに一層、動きが鈍くなる。

 日常生活の比ではなく、うっすら水の中をずっと泳いでいるかのような感覚に、アッシュのイライラはどんどん募っていく。

 アッシュの不調でも、眠らせてしまえば問題は無いのだがナタリーの睡眠魔法はまるで効果を発揮しない。


「なんで!? 全然寝らない!」


 そして、イズナはというと――


 ヘニャ。


「うぇ!? なんでよ!? 全然急所効かないんですけれども!」


 急所突きはことごとく当たらない。

 いつもならウロコを弾き飛ばすくらいの威力が出るのだが殴っている彼女の拳の方が痛む惨状だ。


「先日と全然違うぞ!? 強い個体か!? どうなってんだ!?」


 アッシュは怒り任せに剣を振るうが、その攻撃では一切ダメージを与えられない。


「ちょ、ちょっと、ヤバイ……」


 そして、ついにイズナはヤシロオオトカゲの毒牙にかかってしまう。


「うぎゃ! イタッ!」


 毒が皮膚に付着し全身にマヒ毒が巡る。

 機動力を削がれた彼女は這う這うの体で逃げ出した。


「大丈夫イズナ!?」


 それをナタリーが何とかフォローしつつ逃がす。

 もはやパーティは壊滅状態だった。

 なおも戦おうとするアッシュにナタリーは撤退を命じた。


「――アッシュ! 撤退するわよ!」

「はあ!? なんだよ!? 今まで一度も失敗したことなかった俺の経歴に傷がつくじゃないか!」

「経歴なんてどうでもいいでしょ! このままじゃ命を落とすわよ!」

「クソアマ……足引っ張りやがって、わかったよ!」


 今まで一度も依頼を失敗した事がない……いや、今までの人生も自分の思い通りで生きてきたアッシュにとって、撤退は屈辱以外の何物でもなかった。


 何とか逃げ出したアッシュたちをウオトルが出迎える。


「ホッホ、大漁大量……おや? どうかしましたか?」


 のんきな彼に悪態をつくようにアッシュが吐き捨てる。


「どうもこうもねぇ! こいつらがやらかしたんだ!」


 自分のことを棚において……と、ナタリーは眉根を寄せる。

 空気の悪さを察したウオトルは努めて朗らかに話し出した。


「いやぁ本当にどうしました? ナタリーさんの睡眠魔法で眠らせれば簡単に倒せるはずですよね」

「あの、ごめんなさい、何だか全然眠らなくて……」


 その原因がアップデートによる影響だとは知りえないナタリーは首をひねるしかない。

 身体を痺れさせながらイズナは悪態をついていた。


「……ああ、もう意味わかんない! あんな雑魚に! 腹が立つ!」

「こいつは一体どういうことだ? ……あークソ! 気分悪いなオイ!」


 苛立つアッシュをなだめるウオトル。


「こんな日もあります。ま、ヤシロオオトカゲの毒は風華満月草の解毒剤を数日飲めば簡単に治りますし。希少種の魚が取れましたから依頼は失敗でも収支はプラスですぞ。金銭面はご安心ください」

「金銭じゃねぇ、依頼成功率に傷がついたのが許せないんだよ」

「まあ、失敗は長い人生一度ぐらいはおきるものです。いい勉強になったと思いましょう」


 年上らしく余裕たっぷりの態度でご高説を垂れ流すウオトル。

 そんな彼もこの直後、慌てふためことになるとは知らなかった。






「買い取り額は20ゴールドです」

「ホ?」


 討伐失敗に終わったが、希少な魚を大漁に釣ったウオトルは卸問屋へ換金しに向かっていた。

 そんなお宝を持ってきたウオトルに提示された金額は、それはそれは小銭程度の金額であった。


「お、オイ! ふざけるなよ! つい先日までは3000か5000は当たり前の金額だったろうが。それが何で食用小魚程度の金額にまで下がってんだ!」


 年上の余裕はどこへやら。その辺のその辺のチンピラが如く余裕なく暴言を吐き出したウオトル。つば飛ぶ勢いの慌てようは醜いことこの上なかった。

 一方、買い取り屋の店員は冷静に対応する。


「ウオトルさんには悪いがよ、もうこの魚、希少でも何でもないんだよ。むしろ買い取ってやるだけでも感謝して欲しいくらいだ」

「なんでだ! ちゃんと納得のいく説明をできるんだろうなっ!」


 似たようなやり取りを何回もしのだろう。店員は嘆息しながら、その理由を答える。


「潮目が変わったんだよ、言葉通りな」

「言葉通り? なんだそりゃ!」


 太った腹をめり込ませる勢いで机に身を乗り出し、食ってかかるウオトル。

 店員は疲れた感じで目頭を揉んだ。


「どうやら近海の潮流が変わったらしくてな。昨日あたりからあんたが持ってきた希少種がうじゃうじゃ網にかかってるそうだ」

「あっ、網にうじゃうじゃだぁ!?」

「あぁ、他の魚取れなくて逆に困ってるぐらいだとよ。希少種なんてたくさん捕れたらただの魚。今じゃ漁師からは外道扱いだぜ」

「な、なんてこった」


 希少種は珍しさゆえ高級珍味ともてはやされたが、たくさん採れたら癖のある魚でしかない。

 外道扱いに納得するしかないウオトルに店員はなだめるように言葉を続ける。


「まぁ、気落ちしないでくれ。あぁそうだ、逆に足りないものがあるんだけど、そっちの方が持ってねぇか」

「お、おぉ……どんな魚ですかな」

「魚じゃねぇ、薬草だ。風華満月草」

「風華……満月草!?」

「あぁ、そこかしこに生えていて「満月の夜に咲く希少種(笑)」だったんだが、最近めっきり姿が見えねぇ」

「雑草レベルで生えていたあの草が」

「本当に満月の夜しか咲かなくなっちまった。てなわけで。最近、品薄で困ってるんだ。5倍、いや10倍の値段で買い取るから採取したら持ってきてくれ。頼むぜ」



 肩を落とし買い取り屋をあとにするウオトル。

 残念な報告にアッシュはお冠だ。

 自分の不甲斐なさを棚に上げて、怒りをぶつける。


「売れない!? 何言ってんだおっさん! お前、金が稼げなかったら存在価値ねぇぞ!?」

「何を急に!? 今まで上手くやっていただろう!」

「今までは、今までだろうが! お金稼げなかったら、雑用もできないジョニー以下! ただの陰湿デブ爺だからな! ……あぁクソ!」


 暴言をはくだけ入った後、アッシュはその場にうずくまり頭を抱えた。


「何もかも上手くいっていたのに急に何だよ! 俺の凄さを……バカにする実家の連中を見返せると思ったのによぉ!」


 焦りで髪を掻きむしり出すみっともないアッシュ。

 ウオトルは細めを見開き雇い主を睨み付けていた。


「世間を知らん小僧が、コイツはもうダメかもな……しかし、風華満月草か。あぁ、そういえば」


 あることを思い出したウオトルはニヤリと顔を歪ませ笑う。


「そういえば、あのポンコツ雑用バカのジョニーが溜め込んでいましなたなぁ。あの男のこと、どうせ今の相場など知る由もないだろう」


 ウオトルの独り言を耳にしたアッシュは立ち上がる。


「おぉそうだ! 騙して巻き上げろあんな短絡的なやつ! それぐらいやれ!」

「……」

「んだよ」

「……いいえ」


 ウオトルが不穏な空気が漂わせる中、苛立つアッシュは憂さ晴らしにジョニーの元へと向かうのだった。

 ブクマ・評価などをいただけますととっても嬉しいです。励みになります。


 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 


 次回は6/9の17:00に投稿予定です

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