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第五話 アップデート後、魔物使いは生まれ変わる


 その日は突然訪れた。

 いつものように目を覚まし風華満月草の採取に向かおうとするジョニー。

 だが、自分の纏う雰囲気がいつもと違うことに気が付いた。



「これはもしかして……来たかアップデート!?」


 急に力が溢れだす感覚に戸惑いながらも姿見の前に立つ。

 鏡に映る姿は昨日とは打って変わって引き締まり筋肉の凹凸がハッキリとわかる。

 彼の体は一夜にして彫刻のようなボディに変貌を遂げていた。


「はは、これはすごいな」


 まさかこんなふうに分かりやすく自分の身体つきが変わると思わなかったジョニー。急激すぎる変化におもわず半笑いだ。


「基礎ステータスが変更されるのは知っていたけどさ、こんな露骨とはびっくりだぜ……あ、じゃあ、もしかして」


 他が気になった彼は、おもむろに練習用のハンマーを手に取って軽く振ってみる。


 フォン……フォン……


 風切り音が、違う。


「う、嘘だろ!? 昨日と全然違うんですけど!?」


 ハンマーも上方修正されると知ってはいたが……知ってはいたが、ここまでヌルヌル動けるようになるものかと驚くしかない。


「熟練度の高さが、こうも如実に反映されるとはなぁ……面白くなってきた。よし!早速色々確認してみよう!」


 「善は急げ」そう独り言ちる彼は練習用のハンマーを担ぎ外へ飛び出した。


 彼は鬱蒼とした森を抜け、一路「風華満月草」の群生地へ。身体能力の向上ゆえか走るスピードも昨日と段違い。

 普段の半分程度の時間で絶景広がる丘陵へと足を踏み入れた。


「いやぁ、早く走れるし全然疲れない……おや」


 息一つ乱さず現地に到着したジョニー。

 ゆっくり辺りを見回すと、いつもそこかしこに生えていた満月草はすっかり姿を消していた。


「本当に綺麗さっぱりなくなっているとはな」


 これが本来のあるべき姿なのだろうが、あの淡く光る青白い草をここ半年ずっと目にしていた彼にとって違和感しかない。


「一本も生えてないのは何とも寂しい雰囲気だなぁ」


 念のために周辺を歩きまわってみるが、やはり一本も生えていない。

 この状況にジョニーはアゴに手を当て唸る。


「この現象が世界中で起きていると考えると……近いうちに満月草の需要が一気に高まるな。そして在庫が枯渇したら値段が急騰するはず。そのタイミングで貯めに貯めた満月草を売りさばけば一気に億万長者だ」


 ジョニーがそんなことを考えていると、急に辺りが暗くなった。


「ん?」


 太陽が雲にでもかかったのかと一瞬思ったが、どうやらそうではないらしい。



 グルル! ギャァァァァ!


 ――ドスン!



 耳をつんざくような咆哮、そして重量感溢れる物体が空からジョニーの前に飛来する。


「うお! ヤシロオオトカゲか」


 ヤシロオオトカゲ。

 ヤシロの木の上に縄張りを持つと言われている爬虫類モンスターだ。

 緑色の体表に白の斑点がぽつぽつと散りばめられ、顔面は毒々しい警戒色のウロコで覆われている異形のトカゲ。

 不気味な見た通り猛毒の持ち主でウロコの隙間から染み出す毒液は少し触れるだけで、体が痺れてしまうとのこと。

 近年の自然破壊で生息地であるヤシロの木が減っていき行き場を無くしたオオトカゲが生態系を荒らしているらしく、この大陸にも進出してきて最近狩猟解禁された……という設定だ。


「まぁメタなことを言わせてもらえば、アップデートで狩れるようになった前作のモンスターなんだけどね」


 しかしなんでここに? と、首をひねるジョニーだがすぐにその原因に気が付いた。


「あぁ、満月草か」


 風華満月草は解毒にも効果がある、毒を使うヤシロオオトカゲには忌避的効果があったのかも知れない。


「変なところ整合性が取れてんだよなあ。しかし、これはちょうどいい」


 強化された魔物使い×ハンマー。

 現時点で最強のティアSビルドを試したいジョニーは背負っている練習用ハンマーを構えるとヤシロオオトカゲに相対する。


「今までなら一人じゃ絶対勝てない大型爬虫類モンスター……さぁ! テストプレイを開始しますか!」



 まずは挨拶代わりとジョニーは地を駆け脳天めがけて鉄槌をお見舞いする。


 ヒュン……フォン……


 鉄の塊を振り回しているとは思えない、軽やかでしなやかな動きに翻弄されるオオトカゲ。

 眼球をぐるぐるぐるぐる動かしてジョニーの動きについていこうとするが、ついていけない様子である。



「おりゃ!」



 目を回したヤシロオオトカゲは防ぐ統べなくジョニー渾身の一撃を脳天に喰らうのだった。


 グギャァァァ!


 魔物使いのスピードと、軽やかなハンマーの一振りはヤシロオオトカゲの額に裂傷を走らせる。

 金切声にも似た叫び声を上げのけぞるオオトカゲ。

 それに合わせて数匹の影が岩の背後から飛び出してきた。


「おっと、ヤシロコトカゲか」


 ヤシロオオトカゲのやっかいなところはピンチになると群れで襲ってくるところだ。

 圧倒的手数、そして猛毒攻撃――並の冒険者ならば手こずるのも無理はない。


「セオリーは確か強力な眠り攻撃とかデバフを駆使して相手の動きを足止めしてチームで狩る……だったかな。ま、今の俺ならその必要はなさそうだな」


 ジョニーはハンマーを背中に収めると手首をぶらぶらさせ準備運動を始める。


「強化された不遇職、魔物使いの性能チェックをさせてもらうぜ!」


 ニヤリ笑ったのち、ジョニーは俊敏な動きで一匹のトカゲの背後を取る。

 そして「パチン」と目にも止まらぬ早業でトカゲの後頭部を平手打ちした。


 ギャウ?


 一瞬、何が起こったのか分からず、うろたえるトカゲたち。


 ぎゃ、ギャァァァ!


 しかし、すぐさま殴られたトカゲは白く剥いてあたりかまわず暴れだし、同士討ちを始めるたではないか。

 その光景をジョニーは腕を組み眺めている。



「う~む、こうも簡単に決められるようになるとは」


 魔物使いの数少ない取り柄の一つ、それは「怪物かく乱」というモンスターを混乱させる平打ちである。

 仲間モンスターシステムがない今作で魔物使いっぽい要素として無理やり搭載されたであろう特技で性能は100%の混乱付与攻撃だ。


「この技、強いんだけど魔物使いなんて不遇職が扱うにはリスクが大きすぎるんだよな」


 一見、強力な特技なのだが、魔物使いという貧弱なキャラがモンスターに肉薄しなければならないという諸刃の剣である。

 弱キャラが強敵に突貫しなければならないので実用性を鑑みると遠くから状態異常付与できる魔法使いの方が需要があるのも頷ける。

 しかし、身体能力という弱点を克服した今の魔物使いにとっては必殺の一撃と言っても過言ではないだろう。


 パシン――パシン――パシン……


 楽しくなってきたジョニーは怪物かく乱を連打。

 気がつけば。そこかしこで同士討ちを始めるトカゲたち。


 ぎゃう!?


 戸惑うヤシロオオトカゲ。

 ヤツにとっては頼れる仲間が厄介な敵へと早変わりだ。


「よっし、良い感じ! んじゃ今度はこっちのテストだ!」


 ジョニーは爪を立て、近くのトカゲに指を立てた。

 魔物使いのもう一つの代名詞「血気強化」である。

 魔物の血を体内に取り込み、抗体を過剰に反応させ一時的に身体能力を向上させる魔物使いの奥義だ。

 しかし身体への負担が大きく使う回数には限りがあるとされていた。


「ゲームじゃ使用回数に制限かけられていたけれども、アップデートで解消緩和されたんだっけ、さてさて」


 ドッドッドッ……ドクン!


 ドクンと跳ね上がる心音があたりに響く。

 そして、しばらくするとジョニーの血管が激しく脈を打ち出し筋肉が膨れ上がる。

 明らかに異常で病的な身体の反応だが当のジョニーは涼しい顔。負荷や苦痛の類は一切ないようである。


「使用回数の制限が解消されるってこういうことか、もはやアップデート後はデメリット無しのドーピングだな」


 向上した魔物使いの基礎能力に加えて威力の上がったハンマー。

 それだけでも強力だったのに「血気強化」による強烈なバフ――


「一体どうなってしまうのだろうか。 さて、テストプレイの締め括りと行こうか」


 すぐにでも試してみたい衝動に駆られるたジョニーはウッキウキでハンマーを構え直した。


 グギャゥ……


 一方、仲間もボロボロにされ窮地に追いやられたヤシロオトカゲ。

 体中から毒という毒を大量に滲ませ最後の戦いに挑もうとする。


 グギャゥゥ!


 大地を穿つほどの脚力で一気に距離を食いつぶすヤシロオオトカゲ。

 だが、その決死の特攻も今のジョニーには止まって見える。

 最初の動きであっさり躱し、アゴ先めがけて鉄槌を振り上げた。


「オラ!」


 パンッ……


 ギャ――


 その攻撃はあまりにも速く、そしてハンマーを振ったと思えない、あっけない音が辺りに響く。

 拍子抜けするような小さな破裂音と共にヤシロオオトカゲのアゴから先は消失してしまった。

 その後、パラパラと砕け散ったウロコや皮膚が、雨のようにジョニーの頭上から降り注いだ。


「うわ、きったね」


 殴った本人がドン引きするほど凄まじい一撃。あのヤシロオオトカゲが最後は叫ぶことすらできずあっさりと頭部を消失してしまうほど。

 そんな悪魔的一撃が練習用ハンマーで繰り出せたものだから、ジョニーの背中に変な寒気が走る。

 正気に戻ったコトカゲたちは親玉が倒された事を知り散り散りに逃げていく中、彼は自分の体をマジマジと見やっていた。


「これは想像以上だぞ」


 ユーザーが一喜一憂したアップデートの力、それを我が身で体験することができるなんてと……自分の超強化に驚いていた。


「楽勝だったけど、さすが追加モンスターは強かったな」


 「あの毒、ちょっとでもかすったら強化前ならひとたまりもない」と独り言ちる。


「やっぱ眠らせるのがセオリーだな……あーでも、もう無理だっけ」


 ここでジョニーはアップデート後、モンスターの状態異常耐性が全体的に上がってしまったことを思い出す。

 そして脳裏に同僚だったナタリーの顔が思い浮かぶ。


「ナタリー、大丈夫かな」


 アッシュらの心配はしなくても、ナタリーの心配をするジョニー。その不安は的中することになる。

 ブクマ・評価などをいただけますととっても嬉しいです。励みになります。


 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 


 次回は6/8の17:00に投稿予定です

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