第三話 アップデート後に備え「風華満月草」で軍資金を調達します
ハンティング・ザ・ファンタジアシリーズは武器と職業、そしてスキルの組み合わせでモンスターを狩ったり採取や錬金などで成り上がっていくアクションRPGである。
シリーズごとに細かいシステム変更や新アクション、新職業などでファンを飽きさせないよう常に進化しマンネリを打破してきたことで人気を不動のものとしてきた。
そのシリーズで異彩を放っているのが「魔物使い」という職業である。
モンスターを仲間にし、冒険に帯同させサポートや囮など心強いパートナーとして連れ歩けるなど当時としては画期的なシステムだった。
だが、開発側としてはモーションや戦闘などのバランス調整が難しく、魔物使いによる仲間システムはその一回限りで終わりってしまう。
一回のみのシステムだったが根強いファンが多く、ファンタジア8で「魔物使い」が復活すると発表されたときネットではちょっとした祭りになったという。
しかし「魔物使い」という職業こそ復活はしたもののモンスターを仲間にするというシステムは復活することなく、中途半端な攻撃力と他の職業の下位互換程度のサポート能力しかない残念キャラとなってしまった。
そんなわけで「これなら復活しない方がマシだった」とシリーズファンから怨嗟の声が発売直後から上がり公式SNSはしばらくの間炎上し続けた――これが半年後の大型アップデートに繋がることになる。
「やっぱりファンがうるさいからって半端に入れたのが良くなかったな、開発期間をガッツリ確保して取り組むべきだったんだ……って、今反省しても仕方が無いか」
前世の記憶に思いを馳せながらジョニーは緑豊かな森を歩いていた。
向かう場所は森を抜けた先にある丘陵地帯。
目的はそこに群生している「風華満月草」の採取である。
調合、錬金など幅広く使えるが満月の夜にしか取ることができない稀少な薬草――という設定なのだがバグのせいか満月も夜も関係なく採れる。
それどころか丘だろうと砂漠だろうと関係無しに生えているので価値はそこまで高くない。
「でもそれはアップデートまでなんだよな」
沢を飛び越え邪魔な枝葉を小振りのナイフで切り開きジョニーは独りごちる。作業しながら独り言を口にしてしまうのはプロデューサー時代からの彼のクセだった。
「プレイヤーに有利なバグをすぐ消すのはマズイのではと皆で議論して、最終的には「世界観を大事に」ということで半年後のアップデートで修正したんだよね」
そう、彼の目的は「金策」。
アップデート後に採取量がガクンと減り、価値の跳ね上がる「風華満月草」を大量に確保して一儲けを考えているのだ。
「この世界じゃ今1本20ゴールドで取引されているけど、採取量から考えるとアップデート後は400~500で取引されるようになるだろうな」
前世の勝ちで換算すると二百円程度の商品が半年後には五千円にまで跳ね上がると考えれば転売屋もビックリの大儲けが出来る。
「ギルドのお給料がこのぐらいだから……うわ! 一回採取するだけで一月分のお給料じゃないか!」
俄然やる気になったジョニーは鼻歌なんて歌いながらコケ生い茂る岩をよじ登り青い香りを胸いっぱいに吸い、木漏れ日に目を細め微笑た。
前世を思い出したからだろう、心に余裕を取り戻した彼はギルドの雑用で薬草採取していた時とは表情がまるで変わっていた。
「陰気な男」と鼻で笑っていたイズナも今の彼を見たら考えを改めるかも知れないだろう。
「さて、そろそろ……おや?」
その道中、フードを被りローブを身に纏う女性に遭遇する。
袖から覗く肌は雪のように白く全体的に線が細い。
フードの下から見える表情は儚く「薄幸の美少女」という言葉がピッタリ、思わず手で支えたくなるほどだ。
鬱そうとした森に似つかわしくない女性が気になりつい凝視してしまうジョニー。
その視線に気がついた彼女は驚きながらも軽く会釈してくる。
所作にどことなく気品が感じられる、そんな女性だった。
「あら、何か?」
「あ、いや、スイマセン……ジロジロ見てしまって」
つい挙動不審になってしまうジョニーを見て女性は微笑む。
「いえ、気にしておりません。ところで、丘陵はこちらの方で合っていますか?」
「あ、はい、この先で……あの、貴女も風華満月草を?」
気になってつい尋ねてみると、彼女は柔らかい笑みを返してくれる。
草木生い茂る森よりもお城のバルコニーが似合う、そんな振る舞いにジョニーはつい背筋を伸ばしてしまうのだった。
「そうなんです、調合の素材が欲しくて。どこでも採れるんですが、ここの丘には大量に生えていると聞きまして……でも土地勘が無くて困っていましたの」
頬に手を当て困り顔になるフードの女性。
眉根を寄せる彼女を目の当たりにしてお節介のジョニーは放っておけるはずもない。
「俺も薬草目当てなんです。よかったら道中危険ですし一緒に行きませんか?」
その言葉を聞いた彼女はパッと表情を明るくさせ白い頬を紅潮させて喜んでくれる。
「本当にありがとうございます。ご厚意に甘えさせてもらいますわ」
(こんなに喜んでもらえるなんて……嬉しいな)
ギルドでは頑張っても頑張っても褒められすらしなかった……いいようにコキ使われていたことを思い出し怒りが湧いてくるジョニー。
「~♪」
しかし、楽しそうに横を歩くフードの女性を気にしてスッとその怒りを飲み込んむ。プロデューサー時代はもっとつらかったろと自分に言い聞かせ。
「あのディレクターとシナリオライターのおかげだな……天啓って設定は余計だけど」
「え? 何か?」
「あ、いえ、何でもありません」
そんなわけでジョニーは薄幸の美少女と丘陵までの道中を共にすることになった。
彼女の名前はエミリアと言うらしい。
遠い異国の地から最近この大陸に船で引っ越して来たとのこと。
(そういわれると確かにファンタジア8の世界観であまり見かけない雰囲気だよなぁ)
どちらかというと小麦色の肌が多いオリエンタルな雰囲気の8。
もしかして8以前の世界や9の世界の人物だろうか、陸続きになっているのか……ジョニーは歩きながら首を傾げる。
(その可能性はあるよなぁ、なんたってシナリオライター本人が裏設定を山ほど考えていたとか言っているし)
とはいえあまり素性を探るのは紳士として良くないと深く尋ねるのはやめるジョニー。
ほどなくして森を抜け爽やかな風が二人を包み込んだ。
「わぁ、綺麗ですね」
「ここが風華満月草が群生する丘ですよ。他にもいろんな薬草が生えていて実用性のある場所なんですが景色も最高でして」
「えぇ、来てよかったです」
雲一つ無い青い空がやたら近く感じるほど空気が澄んでいる。
視線の向こうには雪を冠する山々が。
そして足元一面には柔らかい日差しを浴び淡く光る風華満月草が咲き誇っていた。
(う~ん、今まで気にしなかったけど、満月の下じゃないのに淡く光っているのはやっぱ奇妙だよなぁ)
ゲームのバグで年がら年中そこかしこに咲いていることを思い出した今、ジョニーはこの光景を自然に受け入れていたことに驚いていた。
「わぁすごい、じゃあさっそく」
一方、エミリアはさっそく満月草を摘み始める。
光に包まれる薄幸の美少女、なんとも絵になる姿だった。
(やっぱ美人だよなぁ、もしかして別作品の主要人物かな? ちょっとまだ記憶が曖昧だけど、ここまで美人だと可能性あるよな……っと、見とれている場合じゃない)
今は軍資金稼ぎだとジョニーもさっそく採取し始める。現実換算で一本五千円相当と考えると普段はつまらなかった採取作業にも気合いが入る。
(五千円札のつかみ取りみたいなものだよな、テンション上がるぜ!)
黙々と採取し続けること小一時間。満月草でカゴが埋め尽くされたころ、手持ち無沙汰だったのかエミリアが何となく身の上を話し始める。
「私、調合しか取り柄がないので、こんなにたくさん採れて嬉しいです。案内してくれてありがとうございます」
「いえいえ、薬草採取ばかりやっていたもので……他の仕事は、あまり得意ではなく」
「……では、ジョニーさんももしかして「不遇職」ですか」
「不遇職」と言われジョニーは無言で顔を上げる。
エミリアはそんな彼の顔を見て柔らかく笑っていた。
「私、自由を求めてこの大陸に来たのですけど、ここでは神官から天啓を受け最初の職業が決められるのが掟のようで……気がついたら私、「占い師」になっていました」
占い師――
「ハンティング・ザ・ファンタジア」シリーズでは剣士や魔法使いと言ったメジャー職の他にネタやオマケ、やりこみ用のマイナー職業が存在する。
占い師はそのマイナーの代表格と言っても過言ではない職業だ。
(たしか過去作の人気キャラが占い師で、そのキャラのコスプレするためだけに用意されたような職業だったっけ)
ほぼファンサービスの一種。
ゆえに性能の調整はおざなり。ぶっちゃけ魔法使いの下位互換……魔物使いほど嫌われてはいないが転職まで苦労する職業であることは否めない。
(ほんと天啓ってさぁ……ゲームだとキャラメイクで自由に職業選べるからただの世界観強調フレーバー設定なのに、実際この世界を生きるとなると厄介だよなぁ)
ゲームの制作者側として、少し彼女のことを不憫に思ったジョニーはついついお節介をしてしまう。
「風華満月草、ここより量は少ないですけどたくさん採れるところまだ知っていますよ」
「え? 本当ですか?」
「女性の足じゃここまで何度も来るのは大変でしょう、俺の知っている通いやすい場所をいくつかお教えしますよ」
「そんな、案内してもらっただけじゃなくここまで……ジョニーさん、ありがとうございます」
ニッコリ微笑む彼女にドキリとしてしまうジョニー。
気をよくしたのかさらにポロリとロードマップで仕入れた情報を教えてしまう。
「あと、信じてもらえるかどうか分かりませんけど」
「はい?」
「風華満月草、そう遠くない未来、あまり採れなくなるかもしれませんね」
「え、そ、そうなんですか?」
「はい、だからたくさん確保していると後々助かるかも知れませんよ……っと」
ついお節介をしてしまったと頭を掻くジョニーを見てエミリアは笑う。
「ふふ、なんかジョニーさんの方が占い師みたいですね」
「あ、アハハ」
占い師と言われ「当たらずとも遠からずだよな」と思いながら笑って誤魔化すしかないジョニーだった。
彼は知らない。
この「エミリア」という女性がシナリオライターがDLCに用意していたキャラだという事を。
そして結局DLCに採用されることなく裏設定として日の目を見ることのない「凶悪な裏ボス」であったなど。
(綺麗な人だよなぁ、また会えると良いなぁ)
転生してもシナリオライターに振り回される人生が待っているだなんて知る由もないのであった。
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次回は6/4の17:00に投稿予定です