第二話 スキル「ロードマップ」発動
「プロデューサー! めっちゃ売れてますよハンティング・ザ・ファンタジア8! マーケティングの勝利ですね!」
「ありがとう、でも評判はあまり良くないね、それも古参のファンから」
「年度末に間に合わせるため、けっこう調整不足でしたもんね。特に復活職業の「魔物使い」がかなり不遇で……」
「前々作のようにモンスターを仲間に出来ると思った人が多かったからな」
「聞いた話ですとシナリオライターとディレクターの思い入れが全くなかったみたいですね」
「あぁ、調整も大変だし削除したよ……俺としてはやりたかったんだけどね」
「面倒な人達ですよね、あの夫婦。家族の会話のノリで作った裏設定とか我々の知らないところで盛り込むし、リアリティの追求とかいって武器のバランスも最悪ですし。特にハンマーなんて鉄槌で親でも殺されたのかってくらい弱武器ですよ。そのくせ「満月草」は満月じゃなくても手に入るとか……」
「まぁまぁ。ところで修正の進捗は?」
「ちょっと時間かかるかもですが、二ヶ月……最悪半年くらいかと」
「半年……なるはやで頼むよ、シリーズ物はファンの期待に応えないと。多少雑でも良いから魔物使いは強くしてやってくれ」
(……そうだ、僕……いや、俺は、前世はゲームのプロデューサーだ。そして、この世界は――)
城下町の外れにあるボロ宿舎にて。
ベッドの上に横たわっていたジョニーは水面から浮上するような息づかいで目を覚ました。
「ガハッ! ――ハァッ、ハァッ」
ぼやける視界でゆっくりと天井を見やるジョニー。
しばし呆然。
そして呼吸が落ち着いた後、夢の世界で見ていたあの光景は何だったのか思考を巡らせ始める。
「アレはただの幻だろうか――」
一瞬、死の淵をさまよったがゆえの幻覚と思ったが「ゲーム」や「プロデューサー」という本体知るはずのない単語を理解している事で彼は確信を得る。
「いや、夢じゃない……つまり、ここはゲームの世界だ」
自分がこのゲーム「ハンティング・ザ・ファンタジア8」を手がけたプロデューサーであることを思い出したジョニー。
ハッキリと前世を思い出した彼は腕を組んで断片的に浮かび上がる前世の記憶を整理していく。
「そう、ここは世界的に有名なアクションゲーム「ハンティング・ザ・ファンタジア8」の世界だ。そして前世の俺にとって初めてのシリーズ物のプロデューサーを任された非常に思い出深い一作だ」
ベッドから上体を起こし包帯の巻かれた箇所をさする。アッシュの雷を喰らったがもう火傷は治りかけていた。おそらくナタリーが治療してくれたのだろう。
「彼女だけは他のギルド主要メンバーとは違ったもんな……」
アッシュらの本性を知った今、ギルド唯一の良心と言っても過言ではない。
彼女の申し訳なさそうな顔とアッシュら他メンバーの下卑た顔を振り払うようにジョニーは別のことを考える。そうさ、今は前世のことだ……と。
「8の世界か……思い出深すぎて転生したのか? 確かにシナリオライターやディレクターにあそこまで引っかき回されたのは後にも先にもこの作品だけだが」
時間に追われ調整が不十分、売れはしたけど後悔も多い作品であることを思い出したジョニーは改めて周囲を見回した。
いつも見ていた安宿のボロい部屋。
しかしコレが自分の手がけたゲームとなると実に感慨深い物があった。コップ一つ取っても世界観の奥行きを感じる。
「Dとライターのこだわりが具現化しているのかな? なんだかんだ優秀なんだよな」
そう思うとあの夫婦を悪く言えないとジョニーは自嘲気味に笑う。
「しっかし、よりによって魔物使いとはなぁ。せっかく転生したんだし、天啓を受けるなら不遇職以外が良かったぜ…………ん? でも、魔物使いって確か……」
何か大事なことがあったような気がするが思い出せずジョニーは自分の頭を小突いた。彼のプロデューサー時代からのクセである。
「まだ前世の記憶があやふやだ……うぅん、何だっけ……この先何かが起きたはず、ロードマップがあれば」
ロードマップ――
ゲームのアップデートやイベントのスケジュールの予定などをユーザーに分かりやすくお知らせする計画表みたいな物である。
それがあればとジョニーが強く願った……その時だった。
~ハンティング・ザ・ファンタジア8 ロードマップ~
6月
6月15日配信
無料タイトルアップデート第三弾
追加モンスター
ヤシロオオトカゲ
7月2日
イベントクエスト
モーション追加
武器種微調整(剣士挙動)
配布装備
パソ通コラボジャンパー
8月9日
「ハンティング・ザ・ファンタジア7」セーブデータで入手
ガルティア帝国装備一式
8月末
新職業「ファイティングダンサー」追加
9月未定
Ver3.3
無料「緊急!」大型アップデート第四弾
ダウンロード&イベントクエスト
新モンスター「????」追加
各種職業、武器種の微調整(魔物使い、ハンマーなど)
「ッッッ!?!?!?」
ロードマップを見ればと思った瞬間、ジョニーの脳裏に鮮明にゲームのアップデート予定が浮かび上がったではないか。
その異様な光景に彼は思わずベッドから飛び上がる。
「な、なんだ! い、イテテ」
痛みで治りかけの火傷箇所をさするジョニー。計らずともこの痛みで「夢ではない、現実だ」と確信が持てたようである。
「また夢を見たのかと思ったけど違うみたいだ……これは何だ?」
もう一度強く願うジョニー。
するとゆっくりと、そしてハッキリと彼の脳裏に先ほどと同じスケジュールが浮かび上がるではないか。
この異様な状況、心当たりのあるジョニーは唸る。
「もしかして「ギフト」? 前世を思い出したから特殊スキルを身に着けたのか?」
稀に生まれながらにして固有の能力を身につけた人間が存在する……という裏設定をシナリオライターから発売後に聞いた記憶がを思い出す。
「あぁ、そういや隠し要素を入れようとしていたなぁ……リセマラ強要させるのかって揉めて何とか却下したけど」
あの頃からDとライターの暴走は始まっていたのだなぁとしみじみするジョニー。
だが今は過去を懐かしんでいる場合じゃないと首を振る。
「っと、あのこだわりの強い夫婦を思い出している場合じゃない! 問題は大型アップデートだ!」
そう、あの大型アップデートの騒動は前世のジョニーにとって一生忘れられない出来事だろう……むしろ忘れていたほうが幸せなのではと自嘲気味に笑ってしまうほど。
それほど大変なデスマーチだったのだ。
売れこそしたが期待に応えられなかったファンタジア8への批判は日に日に強るばかり、特に魔物使いに関する不満は古参ユーザーほど根強かった。
次回作に悪影響を及ぼすと判断したプロデューサー時代のジョニーはすぐさまアップデートにて調整しようと社内に呼びかける。
すぐさまスタッフは集まったが、ここでDとシナリオライターの「こだわり」が発動する。
彼らの提案する追加要素や微調整が膨れに膨れ、普通のアップデートが「緊急大型アップデート企画」へと変貌。リリースするのに半年もの時間を要してしまったのである。
「よりよい物を作りたい、世界観を大事にしたいDとライターのこだわりで時間掛かっちゃったんだよなぁ」
そのせいでまた調整時間がなくて「やけくそ強化」なんて言われた事を思い出したジョニー。
だがやるべき仕事はこなした。他の強すぎた職業やバランスを崩すレベルの金策をしっかりナーフして「神調整」と絶賛されファンタジア9へ繋げたのだった。
「ただまぁ半年も時間をかけたせいで方法に頭を下げて回ったんだよね、それが僕の仕事なんだけどさ……っと、また思い出に浸っちゃったぜ。それはともかく」
断片的に前世を思い出しては懐かしんでいたジョニーはカレンダーを見やる。
「まだヤシロオオトカゲは出現していない、こっちの暦とリンクしているのなら発売直後なのかも知れない……だとすると」
ちょうど半年後に例のアップデートが実施され、この世界の環境は一変するのでは――
自分の職業「魔物使い」が一気にTireS職業に躍り出ることになる。
そして「これを選べば間違いない」と幅をきかせている雷特技は弱体化され防御無視の会心率は全体的に下げられることになる。
モンスター全体の眠り耐性も強化され「とりあえず寝かせてから殴る」戦法は過去の物となり、最強の金策と呼ばれた釣りは売却額を十分の一まで下げられる始末。
奇しくも、あのギルドの屋台骨全員が弱体化する事実にジョニーは気付く。
「軒並みナーフされるし……壊滅するな、あのギルド」
ジョニーはあの主要メンバーを思い出し不憫な気持ち……にはならなかった。火傷した箇所をさすって苦笑いする。
「可哀想なのはナタリーくらいか……まぁ人の心配より自分の心配だ」
「追い出した連中のことより自分だ自分」とジョニーは貯金を確認した。
転職に向け貯めていたため資金はそこそこある。
就職せずとも低ランクの採取クエストをこなしていれば半年は生活できるだろう。
「無職だしアップデートまでの準備時間はたくさんあるぞ」
――半年経てば全てが変わる。
来るその日までしっかりと準備をしておこうとジョニーは頬を叩いて気を引き締める。
超強化されるハンマーの練習をし、戦闘力に磨きを掛けるのももちろんだが、今は安値でも半年後に価値の跳ね上がるアイテムを大量確保しておけば億万長者にだってなれる。
力と富を手に入れるチャンスだ――そう考えたジョニーの脳裏にアッシュやイズナ、ウオトルのニヤケ顔がよぎった。
「笑っていられるのも今のうち……具体的には、あと半年だぜ」
「魔物使い」として辛酸を舐めてきた今までの鬱憤を全て晴らしてやる。
かつて無い心躍る状況にいても立ってもいられなくなったジョニーは早速行動にでるのだった。
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次回は6/3の17:00に投稿予定です