第十話 そして次のアップデートへ……
Aランク冒険者アッシュの敗北、そして引退。
そしてジョニー・ホマズンへの冒険者ギルド譲渡――その噂は瞬く間に広まった。
アッシュの悪評は一部の間では有名で恨みを抱く人間も少なくない。そんな悪党をハンマーで断罪したジョニー……「鉄槌」の二つ名で呼ばれるようになるのには、さほど時間はかからなかったという。
新たなギルド長となったジョニーは早速、執務机で今後の方針を考えていた。
「……いい椅子使ってたんだなアイツ」
グッと背もたれに身を預けるジョニー、その柔らかさに半ば呆れ気味だ。
「こんなところにばっかお金を使ってさぁ、もうちょっと俺に給料くれても良かったんじゃないか?」
つい悪態をついてしまう彼に傍らで佇んでいたナタリーが声をかけてくる。
「ところで、よかったんですか?」
「えっ? 何がですか?」
「私もアッシュさんの仲間でしたし、ジョニーさんの追放を止められなかったのは事実ですから、いない方が良いのかと」
必要ならば出て行きます――
その申し出をジョニーは首を横に振り断る。
「新参者の俺にはギルド事情に明るい人が必要なんですよ」
「いえ、でも……」
「それにナタリーさんが優しかったのは知っていますし、傷の手当てをしてくれたではないですか。いてくれるだけでも助かります」
「そう言っていただけると……よろしくお願いします」
一礼するナタリー。
ジョニーも席を立つと改めて向き直り頭を下げる。
「こちらこそ、我がギルドの発展のためお力添えをいただければ」
この「しっかり者の上司」な態度にナタリーは目を丸くし驚いた。
「あの……ずいぶんと雰囲気が変わりましたが。新参者というよりかは、人の上に立つことにこなれているような気がします」
「あ、アハハ……うまいなぁナタリーさんは」
前世を思い出したとは言えないジョニーは笑って誤魔化すより他はなかった。
「さ、さて! ギルドの方針についてざっくり決めちゃいましょう」
「あ、はい。とりあえずギルドの方針は当面クエストをこなし、市民の信頼を得る事ですね」
「そして必要なら不遇職のメンバーを集め、転職までのサポートがしたいです」
ジョニーの要望をメモを取りながらギルド運営に関するして進言してくる。
「私たちのギルドはまだランクが低いので、まだ大人数の正式採用は難しいかと。非正規という形ならもう少し雇えますが」
「雑用係として薄給で雇うのは個人的に避けたいですね」
自分のような思いはさせたくないとジョニー。
その意図をナタリーはしっかり汲んでいるようで今後の方針に色々提案する。
「はい、クエストをこなしていけば自ずとギルドのランクは上がっていきます。新種のモンスターや世間の問題をいち早く解決すれば上がりやすくなりますよ」
新種のモンスターと聞いてジョニーは自分の特殊能力を思い出した。
(あ、そうだ! 久しぶりにロードマップを確認しよう、もしかしたら新モンスターとかの情報がわかるかも)
自分のアッパー調整ばかり気にしてて、その後のアップデートを全然チェックしていなかったとジョニー。
(失念していたぁ……この後何が起こるかうろ覚えだし、いっちょ確認しますか)
彼は久しぶりにスキル「ロードマップ」を使うため、目を閉じ意識を集中し始める。
~ハンティング・ザ・ファンタジア8 ロードマップ~
10月
10月13日配信
配布装備
お祭りハッピ
陣羽織&ふんどしセット
イベントクエスト&新規状態変化「アンデット」
11月
11月2日
無料タイトルアップデート第四弾
追加モンスター「タケノオロチ」
12月未定
新規ミニゲーム「ポーカー」「スロット」
モーション追加
1月未定
ダウンロード&イベントクエスト
DLC「傾国の薬師」
頭に思い浮かんだ情報を確認したジョニーは懐かしそうに微笑んだ。
(地方のお祭りとのコラボで陣羽織とかの衣装実装したんだっけ、秋口にフンドシはどうかと思ったけどネットミーム狙いが当たったんだよなぁ。あとはモーションに微調整……あぁシリーズ人気のモンスターが復活するのか)
――タケノオロチ。
和風の植物系ドラゴンでタケをモチーフにしたモンスターだ。
その風貌と戦っているときの楽しさで一時期シリーズの顔と認知されている。
(確か前回のアップデートの新規モンスター「???」がタケノオロチだったっけ? 実装間に合わなくて数か月後に持ち越しで叩かれたんだ)
タケノオロチ対策は必須だなとナタリーに指示を出す。
「おそらく炎に弱いドラゴンがこの大陸に出没すると思うので……ナタリーさん炎系魔法使えましたっけ?」
「えっと、少しだけですね」
「では炎の熟練度を上げることと、炎系統の冒険者を募集しましょう」
「かしこまりました」
サラサラとしっかりメモを取り出すナタリー。ジョニーは「こんな秘書が欲しかったなぁ」と前世を思い浮かべる。
「あの頃は大変だったなぁ、人足りないから全部自分でTODOリスト作ってさ」
「はい?」
「あ、すいません。有能な人がいて助かります」
褒めて誤魔化すジョニーは続いて別のアップデート項目に注目した。
(それと「アンデット」か……)
状態異常「アンデット」
回復不能、速度低下状態になるがHP0になっても一定時間動けるピーキーな状態異常。
「死んだ人間を蘇らせる黒魔術」「魔術使用者の命令には絶対」「死後時間の経った死体を生き返らせても元の人格には戻らない」などダークな設定である。
(ダークな設定が当時流行していたんだよな。まぁゲームでは即死攻撃を防ぐ手段としてみんなポンポン使っていたんだけどね。そしてポーカーにスロット……ん?)
そこでジョニーは首を傾げる。
(アレってカジノ実装の布石だったけど……スロットは青少年への影響とか、海外販売の関係で中止になったんじゃなかったっけ?)
自他共に認めるギャンブラーだったディレクターが張り切りまくって射幸性の高いものを作らせていて「さすがにこれはダメ」と突っぱねた記憶があるジョニー。
記憶にないスロット実装のアップデート情報に混乱していた。
「え、ちょっと待ってくれ、俺の記憶とだいぶ――」
「どうしましたジョニーさん?」
「あ、いえ、ナタリーさんみたいな綺麗で有能な人がいると助かります!」
「なんか先ほどから褒められすぎて照れるんですが……」
何かがおかしい――
ジョニーは記憶にないDLCの存在にも眉をひそめる。
(まだ記憶が不十分なだけかも知れないけど……この「傾国の薬師」ってなんだこりゃ。こんなん初めて聞いたぞ……あ、そういえば)
そこでジョニーはシナリオライターが「闇堕ちエルフの復讐譚の考えている」と言ってたのを思い出した。
(いやでも、いくらダークファンタジーが流行っていても、独りよがりの妄想をいきなりDLCにされても困るって断ったはずだぞ?)
なにか「ズレ」ている。
奇妙な不安が拭えず椅子に背を預け、天井を見やるジョニー。
高価な椅子だからか背もたれがゆっくりと体を支えてくれる。良い椅子すぎてつい笑ってしまった。
「アイツ、自己投資には余念がないなぁ……何してんだろ」
そんな元ギルド長アッシュの顔を思い出したジョニー。メインキャラじゃないアッシュのその後を知りたくなった彼はナタリーにさりげなく尋ねる。
「ナタリーさん、あの後アッシュはどうしました?」
「う~ん、逃げるようにこの街を去って行ったぐらいしか情報はありません」
「そうですか。まあ、あれだけの失態を見せたし」
あの性格だから町のみんなに好かれていない、頼れる人も皆無だろうと納得する。
そんな折、ふと机の端に置いてある新聞が目に入った。
「新聞かぁ、日も経ったしアイツの情報は書いてないと思うけど」
とりあえず確認してみるジョニー。
一面は有名舞台俳優の不倫疑惑、大物商人の不正といった現実世界と似たようなゴシップが紙面を飾っていた。
「どこもこういうのが好きなんだなぁ」
知らない世界の知らない有名人のゴシップをボーッと眺めていると、ナタリーが「あっ」と短い声で驚く。
「どうしました?」
「あの、ジョニーさん、裏面……」
言われるがまま裏面を確認する。そこには――
『商人のウオトル氏。水死体で発見される』
この一文にジョニーは椅子に座ったまま腰を抜かしそうになった。
「ちょ? え? ちょ……」
声にならない声しかでないジョニーはむさぼるようにその記事を読みはじめる。
ウオトル氏、水死体で発見される。
死因は溺死。鞄の中には違法薬物と空の酒瓶。
酔っぱらった状態で薬物に手を付け、錯乱状態で川に落ちたと思われる――とのこと。
「酒に薬……アイツ、そんなものに頼っていたのか」
その一言に、ナタリーは不思議そうに首を傾げる。
「ウオトルさん下戸なのでお酒を飲めないはずなんですけれども」
「えっ? そうなの?」
「はい。どちらかというとエロ方面に全開の方でしたから」
それはそれでどうかと思うジョニー。
淡々と言い切るナタリーにちょっと笑いかけてしまう。
「もしかしたらヤケになって普段飲まないお酒に手を出したのかも知れませんね……違法薬物の時点で救いはありませんが、当ギルドからはすでに除名の身、関係ないでしょう」
「ですね」
少々冷たいかもしれないが、違法薬物に手を染めていた人間に首を突っ込んでも碌なことにならない。
ジョニーは心の中で合掌した後、最後のギルドメンバーの処遇を尋ねる。
「そう言えば彼女も辞めましたか?」
「彼女?」
「イズナです。あの日から一切顔を見せて無いんだけど……まだ麻痺毒が完治していないとか?」
アッシュからギルドを奪ってイズナがどう出てくるか身構えていたジョニーだったが全然現れないのですっかり忘れてしまっていたようだ。
ナタリーも同様で「あぁ忘れていました」とあっけらかんとしている。この素振りからみるに普段からあまり仲良くなかったみたいである。
「確かに一度も顔を見せていないですね、今度、部屋の方に行って、今後の身の振り方を確認しようかと思います」
「正規雇用枠の件もあるので、お願いします。もう治ってもいいころなのにサボり魔だなぁホント」
二人は知らない。
もうすでにイズナはこの世にいないなど。
そしてこの後、状態異常「アンデット」の力で性格の変わった「ゾンビガール」としてジョニーの部下になるなど。
そんなことを話していると、ノックの音が部屋に響く。
「はい、どうぞ」
「失礼します……あら、お揃いですわね」
「あ、エミリアさん。どうぞお座り下さい」
優雅に一礼し着席するエミリア。
ナタリーも頭を下げる。
「お話は伺っております。ナタリーと申します」
「私もジョニー様からそれとなく聞いております。前のギルドで唯一優しいお方だと、それに優秀ともお伺いしております」
「いえいえ、そんな優秀では」
「……あなたも信用できる人間だと、わたくし嬉しいですね」
ニッコリと笑うエミリアの笑顔に、どことなく暗い影を感じ取ったナタリー。
それが人間に対する漫然とした悪意とはさすがに気づかなかったようである。きっと人間関係で苦労したんだろうと考えるに止めた。
「さて、早速で恐縮ですが、ビジネスの話に入りましょう」
書類や何かの図面を広げ始めるエミリアを見てジョニーは感慨深げである。
「エミリアさん、商人が板についてきましたね」
「おかげさまです。ウオトル氏が死んだ今、お金勘定に明るい人間はいませんでしょう。このギルドの運営など微力ながらサポート致します」
そこでナタリーが素朴な疑問を口にした。
「あのエミリアさん」
「あい、何でしょう?」
「ウオトルさんが死んだ事、もう知っているんですか? 私たちは新聞でさっき知ったのですが」
「……商人は情報が命ですので」
ニッコリ笑って誤魔化すエミリア。
もちろん、ウオトルの死も彼女の手によるモノである。
そうとはさすがに気がつかないジョニーはエミリアに手を差し出し握手を求める。
「これからよろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ。ナタリーさんも握手しましょう」
「あ、はい……よろしくお願いしますね」
柔らかく手を差し出すエミリアにナタリーは「考えすぎよね」とその手を握り返した。
(タケノオロチにカジノ関係、アンデット、そして俺の知らないDLC……やることは多いけど、まずはイズナのところに顔を出そうかな)
ジョニーは知らない。
部屋に入ったらイズナの死体とご対面。
そして正式にギルドから除名されていない彼女が「クエスト中の麻痺毒を放置して死亡」するということは管理不行き届きとなりギルドの評価に傷が付いてしまうことなど。
そのせいで、さっそく新規状態異常「アンデット」の力を彼女に試さざるを得なくなるなど。
「さぁ、頑張るか」
知るよしもないのである。
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