9
翌朝、俺たちは昨日と同じく森の入口に集まった。集合時間前ということもあり、部長と副部長の姿はまだない。
舞耶が「副部長、どんな服で来るんでしょうね?」と笑顔で言うと、「いつものに一票」と亨が笑った。
「まさかぁ。あんな恰好でこんな日差しの中を動いてたら、死んじゃいますよ?」
「森の中だし、大丈夫だろ。というか黒魔女先輩だったら大丈夫だろ」
亨の言葉に「そうかも」と舞耶が呟く。確かに、副部長であれば気候など意に介さないのではないかとも思う。
「結局、副部長に来てもらって、どうするんですかね? ダウジングとか?」
舞耶の言葉に苦笑する。いくら何でも、とは思うが、可能性を捨てきれない。
「ダウジングって何だ?」と尋ねてきた亨に、「L字の棒やら、紐を付けた水晶やらを持って歩き回って、物を探すというものだ」と答えると、「ああ、アレか」と頷き「黒魔女先輩なら出来てもおかしくないな」と笑った。
「副部長と一緒に、このような調査を行ったことはないのですか?」
由人の質問に「ああ」と頷く。
「この一年ではないな。そもそも部長と副部長とが揃って行動するところを初めて見る」
「あの部長と黒魔女先輩じゃ、噛み合わないことは間違いないだろ」と亨が笑い、由人も苦笑した。
集合時間を迎えると同時に、部長が副部長を伴って現れた。副部長はやはりいつもの改造制服で、荷物は全く持っていない。この暑さの中で汗もかかず、いつも通りの無表情である。
「皆! おはよう!」
部長の挨拶にそれぞれが返した。部長の背負うバックパックは昨日より膨らんで見える。
「それでは行くぞ! 今日こそ竜宮に辿り着くのだ!」
部長と副部長は並んで先頭に立って歩き出した。
「副部長、荷物はないんですか?」
舞耶の質問に、副部長は部長の背負うバックパックを一瞥した。やはりである。
森に入ってすぐ、副部長が道を外れる方向を指さした。部長と副部長はそちらに向かって歩き出す。
二人に付いていきながら、舞耶は「あの、副部長、そっちに進む、何か根拠とかあるんですか?」と歯切れ悪く尋ねる。
「人体模型が見つかったって連絡があったでしょぉ? その人に会って、どこで見つけたのか聞いてきたのぉ」
副部長は「学校もどんな人か知らないみたいでぇ、大変だったんだからぁ」と呟いた。どのように探し当てたのか、大変だったのは間違いないだろうが、相手にとっても大変な出来事であったのも間違いないだろう。
「でも、今探してるのは、人体模型の場所じゃないですよ?」
舞耶が当然の疑問を口にするが、副部長は「そうねぇ」と首を傾げ「でも、全く無関係ではないと思うのよねぇ」と続ける。
部長は「どうしてそう思うんだ?」と尋ねたが、副部長は「なんとなくねぇ」とだけ答える。部長は肩を落として溜息を吐いた。
傍から見たら突拍子がないように見えても、何かしらの根拠を持って調査にあたる部長にとっては、副部長の勘に頼る状況は許容しがたいのだろう。ダウジングの方が幾らかマシだったかもしれない。
亨が「そういえば」と口を開いた。
「黒魔女先輩は、竜宮はあると思ってるんすか」
副部長は「あると思うわよぉ」と軽く答えたが、その答えに俺はやや驚かされた。
部長が入部した時から、オカ研全体が竜宮探しを主目的として活動していたらしいが、少なくとも去年は、竜宮に関する活動の中で副部長の姿を見たことはなかった。
「そう思うなら、なんで竜宮関連の活動には参加していないんですか?」
「闇雲に探して見つかるものでもないからぁ」
それはそうではあるが。
「今回参加したのは、見つかると思ったからですか?」
「そうねぇ。そろそろかなぁと思うのよねぇ」
そろそろとはどういうことだろうか。時期が関係するとでも言うのだろうか。何と聞けばよいか迷っているうちに、副部長が呟くように言葉を発した。
「場所は関係ないのかもしれないのよねぇ。そもそも場所ではないのかもぉ」
副部長の言葉に、由人がやや考えるそぶりを見せて尋ねる。
「竜宮とは場所ではなく、現象のようなものかもしれないと?」
副部長が「そう思うのよねぇ」と返すと、部長は「ふむ」と唸った。
「そうであれば、俺が竜宮に行った場所を探しても何もなかったのも頷けるな」
部長は納得したように頷いているが、亨が声を上げる。
「だとしたら、そもそも今回の探索でも何もないってことになるんじゃないすか?」
部長は「うむ」と呟いて俯いてしまうが、副部長はそれを気にする様子もなく口を開いた。
「この森を調べるのは間違っていないと思うのぉ」
いつものように、妙な説得力を伴う副部長の言葉に、部長は顔を上げた。
それからしばらく歩いた頃、副部長が立ち止まった。
「この辺りだそうよぉ。何かないか探してみてねぇ」
周囲を見回すが、何の変哲もない景色である。何か見つかるだろうか。
「よし! それでは皆! それぞれはぐれない程度に散開して探索してくれ!」
部長の言葉に従い、それぞれある程度の距離をとって周囲を探索するが、やはり特に変わったところは見当たらない。