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それから数分ほど歩いた頃、前を進む部長が立ち止まって振り返ると声を上げた。
「よし! ここを拠点として調査を行うぞ!」
その場所はランドマークと呼ぶには心もとないが、やや開けており、道の交差する場所であるため、他と比べれば特徴があると言える。
「帰路の確保は俺が行う! 君らは周囲の確認を怠らないように!」
部長はコンパスと、航空写真を基にした地図を取り出すと「それでは、行くぞ! はぐれるなよ!」と道を外れて歩き出した。
勿論、油断は禁物であるが、小学生が虫捕りを行うような森である。そこまで視界が悪い場所でもない。
部長に付いて歩き出したところで、亨が「調査のあてはあるのか?」と俺に尋ねてきた。「正直ないな」と返す。亨は肩を竦めた。
「そもそも、海にある竜宮を探すのに、こんな海からかけ離れた場所でいいのか?」
亨の質問が聞こえたらしい部長が、振り返らずに答える。
「伝承では、洞窟や大木の洞から竜宮に至ることもある。そもそも竜宮が海中にない場合すらあるのだ」
「へえ」と頷いた亨が続けて「この辺の伝承でもそんな話があるんすか?」と尋ねると、部長は「うむ!」と頷いた。
「でも、この森は今まで調査してなかったんすよね? 伝承でも触れられてなかったってことすか?」
亨の質問に、部長は立ち止まり、呟くように言葉を発する。
「確かに、この森の調査は初めてだな。俺の知る限り、似た場所は郷土の伝承には出てこない」
亨が「やっぱりただのイタズラだな」と俺に耳打ちする。それが聞こえたかのように、部長は振り返って憤慨したように声を上げる。
「伝承など、古い上に脚色され、事実を隠蔽されたものだ! 最近の記事の方が信頼に足るだろう!」
もはや支離滅裂だ。竜宮を信じる人の言葉とは思えない。
「そういえば、部長は何でそんなに竜宮を信じてるんですか?」
舞耶の質問に平静を取り戻したのか、部長は「うむ」と大げさに頷いた。
「舞耶君と由人君には話していなかったな」
そう言うと、何かを思い出すように遠くを見つめた。去年の夏にも、俺と共に部長の話を聞いた亨が「あの話か」と肩を竦めた。
「あれは俺が小学生の頃だった。その日は朝から体調が悪くてな。何とか放課後を迎え、帰宅していたところ、意識を失ってしまったのだ」
話慣れているのか、妙に堂に入っている。
「次に気付いた時には自宅の前に立っていてな。帰ってみたら一週間も経っていたのだよ。親に聞いたところでは、俺はその一週間、行方不明になっていたらしく、それは大変な騒ぎだったそうだ」
尚も遠い目をする部長だが、話はこれで終わりだ。
数秒もした頃、舞耶が俺に「これで終わりですか?」と囁き、俺は頷きを返す。舞耶はやや失望したように部長に質問する。
「よっぽど変な場所で倒れてたとかじゃないですか?」
「飲まず食わずで一週間は無理だろう! それに、意識を失ったといっても、感覚ではわずかな時間だったのだ!」
憤然と答える部長に、舞耶は更に質問を重ねる。
「でも、それだけで、なんで竜宮なんですか? 神隠しとかじゃなくて」
部長は鼻を鳴らし、不敵な笑みを浮かべた。
「意識を失う瞬間、見たのだ」
「何をですか?」
「覚えておらんが、見たのだ。確かに。竜宮を」
そう倒置法を使うと、部長は再び歩き出した。部長が離れるのを待って、舞耶が小声で言う。
「結局、部長の見た夢じゃないですか? 一週間行方不明だったのは確かに不思議ですけど」
「小学生のころの記憶なんてあてにならないしな」と亨が肩を竦め、俺は「行方不明は事実なんだが、根拠があれだとな」と苦笑した。
由人を見ると、何かを思案するようにやや俯いている。
「部長の話に、何か気になることでもあったか?」
由人は顔を上げると「いえ、本当だったら面白いなと思っただけです」と微笑んだ。浮世離れした由人の美しさの所為で、滑稽とすら思えた部長の話にも、妙な迫力が生まれてしまった。亨と舞耶も同様らしく、誰も言葉を発することはない。
亨が「いい加減追いかけるか!」と、微妙な空気を払うように声を上げると、部長の後を追って駆けだした。舞耶も「ですね。ホントにはぐれちゃいますよ」と追従する。俺も「行くか」と由人を促して歩き出す。
「変な空気にしてしまいましたね。すみません」と頭を下げる由人に「気にするな」と笑って首を振る。
「由人は、竜宮はあると思っているのか?」
「どうでしょうか。あったら良いなとは思います」
素直な答えに笑ってしまう。
「そうだな。俺もあって欲しいとは思う」
微笑する由人に、何故か既視感を覚えた。誰かとこんな話をしたことがあっただろうか。
部長に追いついた亨と舞耶が振り返って待っている。俺と由人は歩く速度を速めた。