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数日が過ぎ、夏休みを迎えた。忘れ物のような違和感は落ち着くことなく、日毎に強まっているような気さえする。
オカ研では例の記事について検討を進め、夏休みに実地調査を行うこととし、初日である今日も、朝から実地に赴く予定だ。
普段の登校と変わらない時間に起きて、リビングに向かう。母さんは既に仕事に出たようだ。
オカ研のメッセージを確認すると、部長から「今日は実地調査を行う。熱中症等には十分備え、現地に集合すること」とあった。舞耶が「了解デス」のスタンプを、由人が「了解しました」とそれぞれ返信していた。俺も「了解です」と返信しておく。
亨には夏休みまでに調査した内容を共有してあるため、今日の予定を知らせると、すぐに「俺も参加する」と返信があった。
朝食や支度を済ませ、外に出て集合場所に向かう。今日も変わらず嫌になるほど暑い。
調査対象としたのは学校近くの森で、かなりの広さがある。記事の人物が竜宮に辿り着いたのは、ここを彷徨い歩いてる時のことではないかという考えに至ったためである。妙な偶然ではあるが、先日の人体模型が見つかった場所もここだろう。
集合場所である、森の入口に辿り着くと、副部長を除いたオカ研の面々と亨は既に集まっていた。それぞれ動きやすい服装をしてバックパックを担いでいる。部長は登山用らしい巨大な物を使用していた。備えとしては正しいのだろうが、いくら何でも大げさではないだろうか。
合流して挨拶を交わすと、部長が先頭に立って声を上げた。
「皆、揃ったようだな! それでは森に進むぞ!」
部長はそのまま森へと進んでいき、俺たちも追いかける。森の中は鬱蒼としており、外と比較するとかなり涼しい。去年と比べればピクニックのようなものだ。
先頭を進む部長からやや距離を置いて俺たちが続く。隣を歩く亨が笑いながら尋ねてきた。
「今年も黒魔女先輩は不参加か」
頷きを返す。去年の夏休みにも一日たりとも参加しなかったことを思い出す。
「今年も学校には出てるらしいが」
「人の少ない学校で活動か。そっちの方がオカ研のイメージに合うけどな」と亨が笑う。全くだと苦笑する。
「でも、ここって、あの人体模型が見つかった場所ですよね? どうせなら副部長も来ればよかったのに」
舞耶が俺と亨の間に割り込みつつ口を開いた。「外に出るときもあの恰好なのか気になるし」と呟く。亨は「そういえば学校の外で会ったことないな」と笑った。
「とは言っても、この森のどこで見つかったかも分からないしな。例の記事についても同じことだが」
「にしても、暇な奴もいるもんだよな。わざわざ学校からこんな場所まで運ぶだけでも結構な手間だろ?」
俺も同意見であるが、亨は人体模型の件を悪戯だと決め込んでいる。だが、改めて言われると、学校からここまで人体模型を運ぶなど、相当な作業に思える。
「悪戯なのでしょうか?」とやや後ろを歩いていた由人が口を開いた。亨が「まさか、由人はあれが動いたと思ってるのか?」と由人と並んで歩く。
由人は微笑しながら、「そういうわけではありませんが」と前置きした。
「亨さんの言うように、余りにも労力が掛かりすぎると思うのです」
「私もイタズラにしては変だと思うんです。誰を驚かせたいのかもよく分からないし」
亨は舞耶に向かって「おいおい」と肩を竦め、部長も立ち止まって振り返り「悪戯に決まっているだろう」とだけ言うとまた歩き出した。オカ研の部長を務めながら、霊だの怪談だのには全く興味を示さない、と言うより否定している。竜宮も大差はないと思うのだが。
だが、由人や舞耶の言う通り、人体模型の件については、単純な悪戯と断じきれない部分があることも確かではある。
「まず理科室から外に運び出すのも大変ですよね?」
舞耶の質問に頷いて答える。
「理科室は、授業か部活で使う時以外は施錠するはずだからな」
言いながら、先日の副部長を思い出した。「黒魔女先輩は」と、同じことを思い出したのであろう亨が言いかけ、そのまま「まあ黒魔女先輩だからな」と一人納得した。
舞耶は頷いて続ける。
「もちろん、授業とか部活中に運び出すわけにはいかないですよね。各教室の鍵は職員室にあるだけですか?」
「他にあるかは知らないが、あったとしてもそう杜撰な管理ではないだろう」
舞耶は何度か頷き、「となると、休み時間に素早く、ていうのも無理ですよね。第一、誰かに見られる危険性が高すぎますし」と呟く。
「やっぱり、模型が理科室から移動したか、されたのは、夜から早朝の誰もいない時間に限られますね。休日なら猶予は増えそうですけど」
舞耶が確認するように皆を見回す。ミステリーの探偵のようである。意外とそういうものが好きなのだろうか。至って無難ではあるので、頷いておく。舞耶が続ける。
「そんな時間に、わざわざ学校に忍び込んで、やることが人体模型の移動ですか? しかもこんな場所に」
「理解できないイタズラを仕掛ける人間ってのはいるもんだ。舞耶ちゃんだって模型が動いたなんて考えてるわけじゃないだろ?」
「それはそうですけど。何か目的があって動かしたとか?」
「人体模型をこんな場所に移動させる目的なんか、余計考えられないだろ」
亨は笑いながら答えるが、舞耶は尚も考える素振りを見せる。由人が口を開く。
「副部長に尋ねてみてはどうでしょう? 継続して調べているのですよね」
頷いた俺を見ながら、舞耶はスマホを取り出して高速で指を動かし、「メッセージしておきました」と言うとスマホを仕舞った。
「返事どころか、読んでもらえるかも怪しいがな」と言うと、舞耶は苦笑した。副部長が一週間程メッセージを読まないことはざらにある。返事など、この一年でも数える程もない。
「私、副部長のメッセージ見たことないです。メッセージでも、あの感じなんですか?」
舞耶の質問に、亨も「確かに気になるな」と俺を見る。苦笑しつつ「いや、普通だ」と答えると、「そりゃそうか」と亨が笑った。