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回生の果て  作者: 壊れた靴
転校生
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 午後の授業を終え、由人と立ち上がる。昼よりは少なくなったが、やはり何人かの女生徒が近付いてきた。

「これから由人とオカ研に行くが」

 俺の言い終わらないうちに、女生徒たちは「それじゃ、また明日ね」と離れていった。主に部長と『黒魔女先輩』によるものだろうが、オカ研のイメージは芳しくない。

 女生徒が去った後、亨はこちらに来ると「俺は適当に遊んでから帰るわ。貴水、由人、またな」と笑顔で手を挙げ、教室を出て行った。

「亨さんは部活には入っていないのでしょうか?」

 由人の質問に「ああ」と頷いて続ける。

「あいつは体を動かすのも好きだし、運動神経も異常なほどいいんだが、飽きっぽいせいで、どれか一つに専念するのを嫌がるんだ」

 「そうなんですか」と頷いた由人に「運動部の連中にはよく誘われているんだが。まぁ、団体行動やら上下関係には向いていないやつだしな」と苦笑する。

 気付けば教室に残っている生徒も少ない。「俺たちも行くか」と由人を促し、教室を後にした。

 部室棟に向かっていると、由人が口を開いた。

「先ほどはオカ研と言っただけで、離れていったようですが」

「ああ。結構歴史ある部活らしいんだが、ここ数年はかなり癖の強い人間が集まっているらしくて、悪名高いというような状態なんだ」

 苦笑しながらの俺の答えに頷く由人に「正直、入部はお勧めしない」と言うと、由人も苦笑した。

 部室棟にあるうちで、最も小さい部屋の一つである、オカ研の前に立つ。扉の上部には「オカルト研究部」と刻まれた、年季の入った木の板が掛けられている。

 室内に入る。いつも通り、代々受け継がれてきたらしい、雑多な資料やいかがわしい品々が転がり、ただでさえ広くない部室を圧迫している。

 部室中央の机を挟んで左に舞耶が、右に副部長が座り、それぞれスマホと本に向き合っていたが、俺たちに気付いた舞耶は顔を上げ「お疲れ様です!」と声を発した。副部長は一瞥もくれずに読書を続けている。

 舞耶に「部長は?」と尋ねると「遅れてくるみたいですよ」と手にしたスマホを軽く持ち上げた。

 スマホを取り出し、オカ研のメッセージを確認すると「少し遅れる。先に始めていてくれ」とあった。副部長はともかく、俺と舞耶は、部長が居なければ特にやることもない。

 空いている席を由人に薦め、俺も腰を下ろす。舞耶、俺、由人と並んで座り、対面に副部長が座る。またも奇妙な違和感を覚えたが、今までとは異なり、どこか懐かしさのようなものも感じた。

「先輩、どうかしましたか?」

 舞耶が訝しげに俺の顔を覗き込んでいる。表情に出てしまっていたらしい。「いや」と苦笑しつつ、違和感を払うように首を軽く振った。

 昼休みの一件を思い出し、副部長に声をかける。副部長は「なぁに?」と本から顔を上げた。

「人体模型の件、何か分かりましたか?」

 副部長は「悪戯の犯人扱いされて不愉快だったのよねぇ」と言ったが、表情は変わらず、口調もいつも通りなので感情は読み取れない。

「外部の人からぁ、近くの森で見つけたっていう連絡が今朝あったんだってぇ」

 思い当たる場所はある。近くの森と言っても、それなりの距離があったはずだ。まさか本当に人体模型が動いたわけではないだろうが、悪戯にしては、今朝のように学校関係者でない者を驚かせるだけになりそうだ。

 副部長は「外にあったのは確かなんだからぁ、継続調査が必要ねぇ」と呟くと読書に戻ってしまった。

 その時、部室の扉が勢いよく開かれた。

「すまない! 遅れてしまった!」

 扉を開いたままの状態で、部長が声を張り上げた。俺と舞耶は「お疲れ様です」と答え、由人も頭を下げたが、副部長はやはり読書を続ける。

 部長は扉から最も離れた座席に着くと「誰だ?」と由人に尋ねる。

「今日こちらに転校してきました。鳳由人です」と由人は礼をした。

「俺はオカルト研究部部長、3年、泰原(やすはら)宗吾(しゅうご)だ。よろしく頼む!」

「俺と同じクラスで、見学したいということで連れてきました」

「そうか! それは感心だな! ぜひ入部してくれ!」

 一足飛びに入部を勧める部長に割り込むように、俺は由人に、オカ研、というか部長の活動を説明する。

「部長は、竜宮城でも海神宮(わたつみのみや)でもいいが、とにかくその入口となる場所がこの近くにあると考えていて、ずっと調査しているんだ」

「竜宮と言うと、おとぎ話や記紀に現れるもののことでしょうか?」

 由人の質問に、部長は「うむ」と大きく頷いた。

 舞耶が「由人先輩ってちょっと変わってますね」と耳打ちしてきた。確かに、オカルトのイメージから外れているような内容にも動じずに質問をする由人にはやや驚かされる。おとぎ話だけでなく、記紀が出てくるあたり、神話に興味があるのだろうか。

「見込みのある新入部員だな! ともに竜宮を目指そうではないか!」

 部長は由人が入部するものと決め込み、意気込んでいるが、部長はともかく、俺も舞耶も、竜宮そのものがあるとは思っていない。郷土史にそれらしき伝承が多く残るため、モチーフとなった何かはあるかもしれない程度に考えている。

 俺は朝に見たメッセージを思い出し、部長に尋ねる。

「メッセージにあった、新事実とは何ですか?」

「まずはこれを読んでくれ」と、部長は鞄から折りたたまれた紙を取り出し、俺に手渡した。

 広げると、新聞の一部らしい画像が印刷されている。三人で覗き込むように読む。

 旧字が多く、文体も古いが、いつのものかを示す情報はない。

 ある人物への取材記事の一部で、薬の製法を竜宮で聞いたために名医となれた、というような内容だった。その名医はこの近くに暮らす人物だったらしい。記事では彼が竜宮に至る経緯にも触れられていた。

 舞耶と由人も読み終えたらしく、顔を上げるが、困惑したような表情を浮かべるだけで、何も言わない。

「どうだ!?」と胸を張る部長に、「冗談で答えただけなんじゃないですか」と言うと「まさか! 新聞の取材、いわんや、かように古い時代のものとあらば、誰が冗談など言おうか!」と、妙に時代がかった答えが返ってきた。

 憤慨したような部長に、舞耶が「この記事、どこで見つけたんですか?」と尋ねると、部長は消沈し「分からん」と呟いて続ける。

「夜中に、鞄の中に入っていたのを見つけたんだ」

 部長は年季の入った自らの鞄を見つめる。何代も前の部長の物が、代々の部長に受け継がれているらしく、使い込まれ、補修を繰り返されているせいで異様な存在感を放っている。

 ともかく、記事については内容どころか、そもそも実在した記事かすら危うい。悪戯にしては手が込んでいると言えるが、部長ならばこれくらい仕掛けられても不思議はない。やはり、部長のいつもの勇み足で終わりそうだ。

「今日からはこの記事に基づいて調査を進めるぞ!」

 強引に進めようとする部長に俺と舞耶は頷く。目的はどうあれ、部長に付いていくと面白いこととの遭遇もしばしばなので、特に反対するようなこともない。部長は満足そうに頷いた。

 その後は、記事の裏が取れないか、記事中の地理と現在の地理とは整合するか、など、簡単な調査や検討を行い、部活動の終了時間を迎えた。いつものことながら、顧問である志津田は現れなかった。

「今日はこれまでとしよう。皆、お疲れ様!」

 部長の声にそれぞれ「お疲れ様でした」と返す。副部長は無言で読書を続けた。

 俺は由人に向き合って尋ねる。

「まあ、こんな感じの部活だ。どうする? 今すぐ入部する必要もないが」

 由人は俺に微笑を返すと、部長に向かって一礼した。

「入部します。よろしくお願いします」

 部長は「そうか!」と喜びつつ、鞄から入部届を取り出し「では記入してくれ」と由人に手渡した。常に持ち歩いているのだろうか。

 由人が入部届に記入を始めた時、舞耶が思い出したように口を開く。

「これで部員が五人になるので、正式な部活として認められるってことですよね?」

「うむ! 危うく、来学期には部活動としての承認を取り下げられるところだったな!」

 豪快に笑う部長に、舞耶は質問を続ける。

「その割には、あんまり勧誘に熱心じゃなかったような。先輩は去年かなり強引に入部させられたって言ってましたけど」

「言われてみれば、今年は舞耶君の入部で安心していたな。亨君がよく参加しているから勘違いしていたようだ!」

 部長はまたも笑って答え、舞耶は「部長がこうなんですから、副部長がしっかりしてください」と苦笑した。副部長は本から顔を上げると、しばらくの間をおいて「そうねぇ」とだけ答えて読書に戻った。部長は「心外だな」と苦笑した。

「今日の遅刻だって、光紗君が学校の備品に悪戯しているのではないかと、教師から呼び出されたためだぞ」

 副部長は顔も上げずに「お疲れ様ぁ」と呟き、部長は苦笑したまま肩を竦めた。

 由人は書き終えたらしい入部届を部長に渡し、「皆さん、よろしくお願いします」と丁寧に礼をした。

 俺は苦笑しつつ、舞耶と部長は笑顔で、副部長は本から目線だけを上げて、それぞれ挨拶を返した。

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