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「何が起こっているのかぁ、教えてねぇ?」
副部長は俺に何があったかを分かっているように尋ねてくる。俺の持つ記憶の全てでも、この人には敵わないように思える。
「亨、悪いが部長をここに呼んできてくれないか? 由人、いや、鳳は連れてこないでくれ」
亨は訝しむように俺を見たが、「はいはい」と屋上を後にした。
困惑した様子で舞耶が俺を見る。
「皆が揃ったら話す」
頷く舞耶を横目に、目を瞑る。
混沌とした記憶を繋ぎ合わせ、すべきことを思い出す。
由人の予想通り、今の鳳には夏音の記憶はないのだろう。猶予はないかもしれない。
屋上の扉が開き、亨と部長がこちらに向かってくる。
「連れてきたぞ」と亨が苦笑し、「何があった?」と部長が尋ねてくる。
皆の視線が俺に集まった。こんな荒唐無稽な話を信じてもらえるだろうか。
「今からする話は、多分信じてもらえないと思う。だが、本当の話なんだ」
俺の言葉に亨は肩を竦め、舞耶は「私は信じます」と頷き、副部長と部長は何も言わずに俺を見続ける。
「この世界は、現実じゃない。現実をシミュレートしたものなんだ」
他の三人が訝しむように俺を見る中、副部長だけは小さく頷いた。
「繰り返されているんでしょぉ? 貴水くんはそれも全部思い出したのねぇ?」
異常としか言えない察しの良さに驚きながら頷く。
「ちょっと、待ってくれ」
亨が軽く手を挙げた。舞耶も部長も困惑したような表情を浮かべている。
「つまり、この世界は機械の中で動かされてる、みたいなことか?」
頷いた俺に、亨がしばらく考えるそぶりを見せる。
「シミュレートってことは、現実にも、俺やお前や、この世界の連中が揃ってて、同じことをしてるってことか?」
「ほとんどはそうだ。シミュレータの制作者が意図的に設定したものや、そうでない違いはあるらしいが」
俺の返事に、亨は「なるほど。大体分かった」と頷いた。この夏が始まるまで知らなかったが、何故か亨にはその手の素養があるらしい。
「つまり、ここは、現実に似てはいるが微妙な違いのある、機械の中に創られた世界、という理解で良いのか?」
部長の言葉に頷くと、舞耶も理解できたというように頷いた。
「俄かには信じられんが」と部長は呟いた。
「繰り返されてるってのは?」
「この世界の時間は現実の何倍も速く流れているらしい。それで現実の現在である夏休み最終日になると、この世界の創られた日に戻る」
「この世界の創られた日ってのは?」
「今日だ」
亨は「だろうな」と苦笑した。副部長の反応から薄々察していたのだろう。舞耶が困惑したような表情で声を上げた。
「それっておかしくないですか? 私は今日よりずっと前のことだって覚えてますよ?」
「それもコミで創られてるんだろ?」と尋ねてきた亨に頷く。
「じゃあ、私も、私の記憶も全部、ニセモノってことですか?」
「ニセモノってわけでもないだろ。ちょっと変わった双子だとでも思っとけよ」
そう笑う亨に、舞耶は納得できない様子ではあったが、それ以上何か言うこともなかった。
「お前は繰り返された分の記憶も持ってるってことだよな?」
「あぁ。どういう理由かは分からないが」
「現実の記憶も持ってるのか?」
首を振った俺に、亨が考えるそぶりを見せた。
「なんで、この世界が創られたものだってことが分かったんだ?」
「今はもういないが、この世界にいた、現実の人に教えてもらったんだ」
「そいつは信用できるのか?」
「多分」と頷いた俺に、亨が肩を竦めた。
「それで、お前は何がしたいんだ?」
亨が笑いながら尋ねてくる。
「俺の話を信じているのか?」
あまりにも普段通りの亨に、冗談として楽しんでいるようにしか思えない。
「お前がこんな出来の悪い冗談を言うとも思えないしな」
そう笑う亨に苦笑する。
「シミュレータの制作者に会いたい。そのために、現実とこの世界を統合する」
「創造主に会うとは壮大だな。統合するってのはどういうことだ?」
「この世界の全てを、現実に反映させる」
「現実の俺が、今のお前みたいにこの世界の記憶を持つことになるってわけか?」
頷いた俺に、亨が「面白そうだな」と笑う。
「待ってくれ」と部長が声を上げた。
「そもそも、この世界は現実をシミュレートしているのだろう? 現実との違いはなんだ?」
部長の質問に、深呼吸する。
「制作者は一人の天才だったんです。そのせいで普通の生活を送れなかったと。彼女はそれを体験するために、この世界を創ったのかもしれない」
部長は眉をひそめた。
「自分が普通の人間であると設定したということか? 制作者が誰だか知っているような口ぶりだな?」
「この世界が創られた始めのうちは、彼女はこの学校の生徒で、オカ研の部員でもありました」
「何故今はいない?」
「現実のことを、自分がこの世界を創ったということを、思い出したためです。そのことをひどく後悔していました」
「分かった。いや、正直よくは分からんが、ともかく、貴水君の行動はその彼女のためでもあるのだろう?」
頷いた俺に、部長は力強く頷き返した。
「オカ研の部員であったのなら、そいつのためにも協力は惜しまん」
部長の言葉に亨が苦笑した。
「先輩にとって、大切な人だったんですよね。私も会ってみたいです」
そう言って頷いた舞耶は、「理由なんかなくても、先輩には協力するつもりでしたし」と笑った。
「こんな機会なんかありえないからな。頼まれなくても参加するだろ」と亨が笑う。
「亨くんに同じぃ」と、至って普段通りの副部長に皆が苦笑した。




