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暑さに目を覚ます。
体調もあまり良くないが、何に対するものかも分からない、酷い焦燥感のせいで寝直す気にもなれない。
仕方なく、階下のリビングに向かう。
ソファに座って、何かしなければならないことを忘れているような感覚に向き合う。
学校の課題や何かではない、もっと重要な、忘れてはならないことがあったはずだ。
「びっくりした。貴水、こんな早くに起きて何してるの?」
母さんがドアを開いたまま驚いたような顔をしている。全く気付かなかった。ここに座ってから、結構な時間が経っていたらしい。
「暑くて寝ていられなかったんだ」と苦笑する。
「そう。顔色良くないみたいだけど、大丈夫?」
頷く。母さんは「ならいいけど。無理しないでね」と微笑した。
母さんはそれからゆっくりと支度を整えた。
「さっきより体調悪そう。学校休んだ方がいいんじゃない?」
支度を終えたらしい母さんが、心配そうな顔を向ける。
「今のところそこまで悪くはないけど、悪化するようならそうする」
母さんは頷くと、「無理しないでね」と家を出て行った。
母さんにはああ言ったが、この焦燥感を解決するためには、学校に行く必要がある気がした。
学校に行く支度を整えながら、スマホのメッセージを確認すると、部長からメッセージが入っている。新事実を見つけたとのことだったが、期待を煽るメッセージがほとんどで、内容については隠すつもりらしい。
部長からのメッセージを気にする舞耶からのメッセージには、いつもの早とちりだろう、と返信したが、いつになく、部長の言う新事実が気になっていた。
焦燥感を抱いたまま準備を終え、学校に向かう。
外は相変わらず暑く、刺すような日差しに、更に体が重く感じる。
重い体に辟易としつつ、学校に向かっている途中、いつものように亨と合流する。
「お前、顔色悪くないか? 大丈夫か?」
会うなりそう口にした亨に苦笑を返す。
「体調は良くはないが、そこまで悪くもない」
「ならいいけど。無理するなよ」
母さんと全く同じ言葉に笑ってしまう。「なんだよ?」と苦笑する亨に「なんでもない」と首を振る。
その時、スマホからメッセージの通知音が鳴った。
確認すると、珍しく副部長からオカ研宛に「今日は部活に参加してね」とのメッセージがあった。
元々参加するつもりだったが、副部長がその程度のことでメッセージをするとは思えない。何かあるのだろうか。
「なんかあったのか?」
「いや、珍しく副部長から、今日は部活に参加しろってメッセージがあっただけだ」
「へぇ。黒魔女先輩がねぇ」と亨が頷き、「俺も今日はオカ研に顔出そうかな」と笑った。「好きにしろ」と苦笑を返す。
「オカ研といえば、今年の夏休みも竜宮探しか?」
「今のところ何も聞いていない」と答えつつも、何故か竜宮が頭に引っ掛かった。焦燥感が更に強まる。
「去年の夏休みがそんなに嫌だったのか?」と亨が笑い、「すげぇ顔してるぞ」と続けた。表情に出てしまっていたらしい。
「いや、それもそうなんだが、竜宮が妙に引っ掛かってな」
「宗吾先輩の影響じゃないか?」と亨が笑った。
どうにか学校に辿り着き、昇降口から廊下に出た所で、「先輩!」と声を掛けられる。
声の方を向くと、笑顔の舞耶が駆け寄ってきたが、すぐに心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫ですか? 顔色、すごく悪いですよ?」
今日は会う人全員に言われないといけないのだろうか。
「舞耶ちゃんもそう思うだろ?」
「先輩。保健室に行きましょう。私が付き添います」
亨を押しのけるように舞耶が俺の隣に立つ。亨は苦笑しながらも、素直に場所を譲った。
「そうしとけ。志津田には俺から言っとくから」
こうまで言われるからには、素直に二人に従った方が良いだろう。「分かった」と頷く。
「それじゃ、行きましょう」と俺を見る舞耶に付き添われ、保健室に向かった。
余程酷い顔色なのか、養護教諭には何を聞かれることもなく、ベッドを利用することが出来た。
「様子、見に来ますから」と保健室を後にした舞耶を見送った後、すぐに眠りに落ちてしまった。
目を覚ますと、ベッドの横の椅子に座り、スマホを弄る亨の姿が見えた。
上体を起こすと、亨がスマホを仕舞って「だいぶマシになったみたいだな」と笑う。
「もう昼だぞ? 俺も舞耶ちゃんも、休み時間の度に来てたんだけど完全に寝てたな」
「悪かったな」と苦笑すると、亨が笑って首を振った。
「いや、正直、教室の雰囲気悪かったから、むしろここに来れてよかったんだ」
「何かあったのか?」
「転校生が来たんだけど、そいつがまぁ、なかなか強烈な奴でな」
こんな時期に転校生が来るとは、それだけで不思議ではある。
「ま、いない奴のことを言うのもなんだな。お前の隣になったから、午後には会えるだろうよ」
亨は肩を竦めた。どんな奴なんだろうか。
「飯は食えそうか? 保健の先生に聞いたら、ここのテーブルで食ってもいいってさ」
体調も、朝に比べれば大分マシにはなった。亨に頷く。
「じゃ、飯にしますか」
亨は立ち上がると、ベッドを仕切るカーテンから出ていった。俺もベッドから離れる。
養護教諭は不在なのか、姿は見えなかった。
既にテーブルに弁当を広げていた亨と並んで食事を始める。
「舞耶ちゃんは昼食べ終わったらここに来るってさ」と亨が言い終わるのと同時に、保健室の扉が開かれた。
「先輩! 大丈夫ですか?」
昼休みが始まってそれほど時間は経っていないが、もう食べ終えたのだろうか。
「おかげさまで」と苦笑した。




