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食事を終え、片付けを済ませると、食堂を後にした。舞耶はそのまま付いてくるつもりらしい。
「それじゃ、転校生を案内しますか」と亨が声を上げる。
「授業で使う特別教室とかを回る感じでいいか? まぁ、今覚えなくても誰かしら案内するだろうが」
「お願いします」と由人が頷き、俺たちは歩き出した。
食堂からは最も近い、理科室の前に来た。廊下に他の生徒の姿はなく、静まり返っている。
「オカルト研究部さん。転校生にこの学校の七不思議でも教えてやってくださいよ」
亨の言葉に、俺と舞耶は顔を見合わせる。
「いや、聞いたことがないな」
亨に答え、舞耶を見るが「私も知りません」と首を振る。「それでもオカ研かよ」と亨が肩を竦める。「お前も知らないんだろ?」と尋ねると素直に頷いた。
「その手の話は部長の範疇ではないからな。俺も舞耶も部長に付いて行ってるだけだ」
舞耶は「私は先輩に付いて行ってるだけです」と胸を張る。
「副部長なら知ってるかもな。聞いてみようか?」
「黒魔女先輩かあ」と亨が呟く。副部長は、生徒の多くから、亨の言うあだ名で呼ばれている。その容姿や立ち振る舞いのためであるが、本人も満更ではないらしい。
その時、理科室の扉がゆっくりと開き、副部長が現れた。噂をすれば影、とは言うものの、あまりのタイミングに、亨や舞耶を驚きを露わにする。
いつも通り、副部長は真夏だというのに、ローブのように改造され原形を留めていない制服を着込み、フードまで被っている。校則違反も甚だしいが、何故か黙認されている。
「こんにちはぁ」
間延びしたゆっくりとした口調で挨拶する副部長に、俺たちは揃って軽く頭を下げる。
由人の全身を遠慮なく眺めてから、「こちらはぁ?」と俺に尋ねる副部長に「転校生の鳳由人です」と紹介する。副部長は「ふぅん」と唸ったきり、黙ってしまった。自己紹介するつもりはないらしい。仕方なく由人に紹介する。
「この人はオカ研副部長の3年、眞城光紗先輩だ」
あだ名について触れるべきか迷ったが、「黒魔女と呼ばれてるのぉ」と本人が言ってくれた。ありがたくはあるが、心を読まれたようでやや怖い。由人は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「副部長はここで何してたんですか?」と舞耶が質問する。
「ちょっと調べ事ぉ。そうしたらぁ、みんなの声がしたからぁ」
副部長は亨を見ながら「七不思議に興味あるのぉ?」と尋ね、亨は「少しだけ」と頷いた。副部長は「それならぁ、付いてきてぇ」と、理科室に戻っていく。亨を見ると、すまん、と言うように片手を軽く挙げた。
副部長に続いて理科室に入る。他の生徒や教師はおらず静まり返っているが、何の変哲もない。副部長は人体模型の前で立ち止まった。俺たちも人体模型を囲むように立つと、亨が口を開いた。
「まさかぁ、人体模型が歩くとかぁ? 随分とぉ、ベタっすねぇ」
副部長の口調を真似たのか、間延びした亨の口調を気にした様子もなく、副部長は「そうなんだけどぉ、ちょっと倒してみてねぇ」と人体模型を指さし、俺と亨を見る。仕方なく、二人で人体模型を持ち上げ、床に寝かせた。
副部長はしゃがみ込み、人体模型の足の裏を指さす。釣られるように、皆で覗き込む。
「ほらぁ、ここだけ綺麗でしょぉ?」
確かに、うっすらと埃の積もる他の箇所に比べれば、最近綺麗にしたようにも見えるが、普段は接地している部分であることを考えれば、不自然ではないようにも思える。
「そうねぇ。だけどぉ、綺麗すぎる気がするのよねぇ」と副部長は人体模型の足の裏を指でなぞった。
心を読んだかのような言葉に、七不思議などよりよほど恐怖を覚える。1年以上の付き合いになるが、未だに慣れない。
由人が、屈んだままの副部長に向かって口を開く。
「つまり、最近どこかからここに移動させた時に綺麗にしたから、ということでしょうか?」
「そう思うのぉ。だからぁ、先生に何か知らないか聞いてみるわねぇ」
副部長は人体模型を眺めたまま答えると、ゆっくりと立ち上がり、「戻しておいてねぇ」と人体模型を一瞥して理科室を出て行った。
俺と亨は顔を見合わせ、溜息を吐くと、人体模型を持ち上げて元の場所に立て、理科室を後にした。
「相変わらず、残念美人の極北みたいな人だな」
亨の溜息交じりの言葉に、舞耶が何度も頷き「せめて普通の制服を着てくれたら、全然違うんですけど」と呟いた。
理科室を離れ、案内を再開しようとした俺に、由人が尋ねてきた。
「オカルト研究部を見学させてもらってもよいでしょうか?」
オカルトに興味があるのだろうか、とやや驚きつつも「ああ」と頷く。
「今日の放課後でもいいか? 今日は全員集まると思う。と言っても、部長とさっきの副部長と、あとは俺と舞耶だけだが」
言いながら、またも違和感を覚えるが、表情に出さないように努める。
由人が「よろしくお願いします」と頭を下げると、亨が由人に笑いながら尋ねる。
「意外なような、そうでもないような。オカルトに興味あるのか?」
微笑した由人が頷いた。そういえば、初対面の副部長にも平然と対応していたな。案外逞しい奴なのかもしれない。
その後も校内を回り、一通りの案内を終えた。昼休みも終わりが近い。
「教室に戻るか」との亨の言葉に、舞耶と別れ、教室に向かう。
教室に入り、それぞれの席に着くと、午後の授業が始まった。