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回生の果て  作者: 壊れた靴
夢現
29/40

29

 いつも通りの夏の朝、学校に向かう途中に合流した亨が口を開く。

「今年の夏休みは何か予定あるのか?」

「何も。去年と同じだ」

「お互い暇だな」と亨が笑う。

「暇だって言うなら、今からでも部活に入ったらどうだ?」

「嫌だね」と一蹴した亨に苦笑する。

 学校に着き、昇降口から廊下に出ると同時に、友達との会話に夢中になっていたらしい女生徒とぶつかりそうになった。一年のようだ。

「ごめんなさい!」

 慌てたように、顔が見えなくなるまで頭を下げる女生徒に「大丈夫か?」と尋ねる。

「ありがとうございます! 大丈夫です!」

 女生徒が頭を上げる。緊張のためか、その顔はやや上気したようにも見える。

「あの、私、星野摩耶っていいます! 初めまして!」

 何故か名乗りを上げる女生徒に苦笑しながら「天野貴水だ」と返す。

「知ってます! じゃなくて! よろしくお願いします!」と星野摩耶は再び礼をした。

「等々力亨だ。よろしく、舞耶ちゃん!」

 俺の横から声を上げた亨の言葉が聞こえなかったのか、意図的に無視したのか、星野は亨を一瞥もしなかった。

「舞耶って呼んでください! 先輩と苗字が似てるので! ありがとうございます! ごめんなさい!」

 早口にそう言って会釈をし、星野は慌ただしく去っていった。取り残された友達はこちらに会釈をして追いかけて行く。合流するとすぐに、こちらまで姦しい声が聞こえた。

 いやらしい笑顔を浮かべた亨がこちらを見る。

「カワイイ子だったんじゃないか?」

「だったらなんだ? このご時世、発言には気を付けろよ」

 俺は苦笑して教室に向かった。

 教室に入り席に着くと、すぐに志津田が「おはよう!」といつも通り快活な声を上げつつ教室に入ってきた。特に連絡事項もなくホームルームを終える。

 その後も変わったことなく昼を迎え、いつも通り亨と、教室で食事を摂り終える。

 クラスのバスケ部員二人が「先に行ってるぞ」と俺たちに声をかけて教室を出て行った。

 最近の昼休みは彼らとバスケをしていることが多い。俺と亨で部員二人を相手にするのだが、亨のせいでこちらが互角以上に渡り合えてしまうので、あちらもやや意地になっている感もある。

 体育館に向かっている途中、亨が「黒魔女先輩だ」と呟いた。校内で知らない者は少ないであろう、眞城先輩の姿が見える。ローブのような服装のため非常に目立つ。

「あの制服といい、一人なのに部活として認められてるのといい、学校側の弱みでも握ってんのかね」

 亨の言葉通り、眞城先輩は一人でオカルト研究部を営んでいるが、正式な部活動として認められているらしい。

 ある程度距離があり、亨の声が聞こえるはずもないが、眞城先輩はこちらを一瞥し、そのまま去っていった。

「まさか、聞こえたわけじゃないよな?」と笑う亨に、「聞こえたのかもな」と返して笑う。

 バスケは終始こちらが優勢のまま終わった。手加減は失礼だろう、と亨は基本的に全力である。

 放課後、帰宅の準備を終え、亨と共に学校を出る。

「今日はどっかで遊んでいくか?」と尋ねてきた亨に、「特に考えてはなかったが」と答える。

「そうか」と頷いた亨が「今日はまっすぐ帰るかな。金もないし」と笑う。

「夏休みはバイトでもしたらどうだ?」と尋ねる俺に、亨は「アリかもな。何かいいバイト知ってるか?」と質問を返す。

「さぁ?」と肩を竦める俺に、「俺も金持ちの家に生まれてれば、こんな悩みとは無縁だったんだけどな」と亨が笑う。

「そういえば、知ってるか? 泰原って先輩の家、結構な金持ちらしいな」

「へぇ」と相槌を打つ。泰原先輩といえば、美術のコンテストやらで何度も賞を受けている記憶がある。

「全校集会の時くらいしか見たことないけど、見るからに無気力って感じだよな」

「それだけじゃ分からないだろ」

 亨にはそう答えつつも、正直俺も同じ印象を抱いていた。受賞を称えられた時も、感情を表すところを見たことがない。

 亨と別れて帰宅し、リビングで時間を潰していると「ただいまー」と母さんが帰ってきた。

「おかえり」と出迎えた俺に、母さんはばつが悪そうに「ごめん」と笑う。

「お使いに行ってくれない? 冷蔵庫に何も入ってないの、さっき思い出して」

「分かった」

「ありがと。適当に買ってきてくれていいから」

 幾らかの現金を母さんから受け取り、近所のスーパーに向かう。

 買物を終え、家に向かう。夏とはいえ、外はやや暗くなっていた。

 途中、路上で辺りを見回す少女の姿が見えた。見るからに焦った様子に、放っておくのは気の毒に思えた。

 近寄って「大丈夫ですか?」と尋ねる俺の声に振り返った少女は、俺と同年代のように見えた。

 彼女は困ったように俺の顔を見る。スマホを取り出し、俺に見せつけるように電源ボタンを押すが、バッテリー切れか、電源は入らないようだった。

 スマホを使いたいのか、と俺のスマホを渡すと、頭を下げて受け取り、手を素早く動かした。

 彼女は頭を下げて俺にスマホを返すと、もう一度頭を下げてその場から離れていった。

 何となく見送っていると、彼女はその姿が見えなくなるまで、何度も振り返っては頭を下げつつ、遠ざかって行った。

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