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回生の果て  作者: 壊れた靴
日常
26/40

26

 数日が過ぎ、部長から、翌日の朝から調査を行うとの連絡が入った。

 翌朝、絶好の探索日和といえる快晴にやや怯みながら、集合場所に向かう。

 集合場所である森の入口に着いた時には、部長と副部長を除く全員が集まっていた。

 合流して挨拶を交わす。大荷物を背負った部長が現れたのはほぼ同時だった。こちらに駆け寄りながら、「おはよう!」と快活すぎるほどの声を上げ、それぞれ挨拶を返す。

「やっぱり副部長は来ないんですか?」と尋ねる舞耶に部長は頷く。

「俺に残された時間も少ないことだし、恥を忍んで協力を頼んだんだが、協力できることはないとすげなく断られてしまった」

 部長は溜息を吐くと、気を取り直すように大きく頷いた。

「参加しない者のことを言っても始まらん。早速調査を始めるぞ!」

 そう言うなり、部長は森へと入っていった。俺たちも慌ててそれに続く。

 外と比べて暗く涼しい森の中を進む。足早に進む部長とは既に幾らか距離が空いてしまった。

「それで、実際に来てしまったが、何か当てはあるのか?」と声を抑えつつ亨に尋ねる。

「この森を元ネタにしたのはそうだけど、さすがに具体的な場所までは決めてないからな」

 亨の言葉通り、竜宮に向かう直前の描写にこの森を連想する要素はあるものの、具体的な場所まで限定するのは難しい。

「来ること自体、小学生以来だしな。こんなことなら、もう少し細かく書いとくべきだったか」と亨が笑う。

「結局、歩き回るしかないってことですね」と舞耶が苦笑する。

「健康的でいいんじゃないか? 森の外を歩くよりは全然涼しいしな」

 そう言って周囲を見回す亨に、夏音が「森林浴って感じで、気持ちいいよね」と笑った。

「そうそう。ここまで来たら、前向きに過ごすしかないな」と笑う亨に苦笑した。

 いつの間にか、更に距離が空いていた部長が、振り返って立ち止まっている。

 俺たちは足を速め、部長に追いつく。周囲と比較すると、やや開けた場所のようだ。

「よし! ここを拠点として調査を行うぞ!」

 歩道を外れて歩き出した部長に従い、森の中を歩き回るが、変わったことは特にない。時間だけが過ぎていった。


 昼食をはさみ、午後も森の中をさまよう。

「そういえば、部長」と舞耶が声を上げる。先頭の部長は立ち止まり、「なんだ?」と舞耶を見た。

「先輩から聞いたんですけど、部長は子供の頃に竜宮に行ったんですよね?」

「うむ」と部長は大きく頷く。

「その後に、同じ場所」と言うと、舞耶はやや考えるそぶりを見せてから「竜宮に行く前にいた場所は、調べてみたんですか?」と言い直した。

「何度となく行っているし、調べている」と部長は再び頷き、「何も見つからんがな」と呟くように言った。

「どんな場所なんですか? 何か目印みたいなものがあるとか」

「何もないな、何の変哲もない道端だ」と部長は首を振る。

「部長が竜宮に行ったとして」と口にした舞耶に、部長は「俺が竜宮に行ったのは事実だ」と断言するが、「この森も同じなんじゃないですか?」と続けた舞耶に黙り込んでしまった。

 しばらくして「いや!」と部長は自らを奮い立たせるように声を上げた。

「俺の引退と同じくして、あのような伝承と記事が現れたのだ! 今こそ、竜宮に向かう時ということだろう!」

 部長は大きく頷くと、「行くぞ!」と振り返って再び歩き出した。

「さすがにあそこまで信じられると、怖いな」と囁く亨に苦笑する。

「ここまで来たら、部長の気が済むまで付き合うしかないだろうな」

 それぞれが苦笑して頷いた。

 部長に付いて歩き続ける。拠点からは大分離れたようだ。

 最後尾で俺と並んで歩いていた夏音が不意に立ち止まった。周囲と比べて別段変わったところがある場所ではない。

「どうかしたか?」と尋ねても何の反応も返さず、視線も動かさないが、どこか遠くを見るような目をしている。

 唐突に、夏音が崩れ落ちるように倒れた。辛うじて、地面に衝突する前に抱き留めることが出来た。

 夏音は目を閉じ、全身は脱力し、顔からは血の気が失われている。

「おい!」

 俺の声に気付いたのか、前を歩いていた三人が駆け寄ってくる。

「何があった?」

 尋ねる部長に首を振る。

 夏音が目を開く。

「大丈夫か?」

 夏音は血色の戻らない顔で「ごめんね」と頷く。

 部長はシートを地面に広げた。夏音をそこに寝かせる。

「熱中症か? 気分は悪くないか?」

 部長の言葉に夏音は頷き、「少し休めば大丈夫です」と微笑した。

「では数分だけ様子を見るが、回復しなければ救急車を呼ぶぞ」

 夏音は頷いて再び目を閉じた。

 幸い、それからすぐに夏音の顔には血色が戻り、自分から立ち上がった。

「ごめんなさい」と頭を下げる夏音に、全員が安心したように頷く。

「今日の調査はこれまでとしよう」

「ごめんなさい」と再び頭を下げた夏音に、部長は「無理をさせてすまない」と首を振った。

 全員で夏音を囲むように森を出る。

「このまま全員で夏音君を送ろう」

 部長の言葉に頷き、夏音の家に向かう。

 夏音の家のベルを鳴らすと、夏音の母親が出迎えた。幼い頃に僅かに会った覚えはあるが、その頃から全く変わっていないように見える。

「夏音のお友達? どうしたの?」

 表情からも、言葉からも、何の感情も読み取れない。

「夏音君の所属するオカルト研究部の部長です。体調を崩されたようなので、送ってきました」

「そう。ありがとう。夏音、中に入りなさい」

 一切の動揺を見せず夏音を見る母親に、舞耶が声を上げる。

「あの、これから体調悪くなるとかもあるかもしれないので」

「そうね。注意するわ。ありがとう」

 母親は舞耶を一瞥すると、夏音を気にしないかのように、そのまま家の中に戻っていった。

「ごめんね」と家に向かって歩く夏音に、「何かあったら連絡してくれ」と声を掛けると、他の皆も頷く。

「ありがとう。ごめんね」

 僅かに見えた横顔には、沈痛な表情が浮かんでいた。

 初めて見る夏音の表情に、これまでに感じたことのない胸騒ぎを覚えた。

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