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翌朝、スマホを確認すると、部長からオカ研へのメッセージがあった。
「明日の朝は部室に集まってくれ」
メッセージの送信は昨日の日付が変わる直前だった。夏音と舞耶は既に了解のメッセージを返していた。俺も返信をしておく。
亨に伝えると、「俺は不参加な」と送られ、すぐに「部長が来るんなら、夏音に例の件忘れないように伝えてくれ」と追加された。亨が悪戯のために作った記事のことだろう。「了解」とだけ返信する。
支度を済ませて学校に向かう。途中で夏音と合流し、挨拶を交わす。
「亨は不参加?」と尋ねる夏音に頷き、「部長が来るなら、例の件忘れるな、だと」と苦笑する。
夏音は一瞬考えるそぶりを見せ、「ああ! あのことね」と笑って頷いた。
部室には既に舞耶と副部長が居たが、部長の姿は見えず、その席にはいつも通りの古びた鞄のみが置かれていた。
挨拶を交わして席に着く。「部長は?」と舞耶に尋ねると、「私も見てません」と首を振る。
いつも通り読書を続ける副部長に目を向けると、「職員室に行くってぇ。すぐに戻るそうよぉ」と顔を上げずに答えた。
夏音は立ち上がると、部長の鞄に近付き、例の記事だろう折りたたまれた紙を素早く放り込んだ。
満足げな笑みを浮かべて席に着いた夏音に、俺と舞耶が苦笑する。同時に、部室の扉が開かれた。
「待たせてしまったな。すまない」
席に着いた部長は大きく溜息を吐いた。気を取り直すように軽く頭を振り、「昨日はすまなかったな」と俺たちを見る。
「何か収穫はあったか?」と尋ねる部長に、俺たちが揃って首を振ると、部長は「そうか」と頷き、しばらく黙っていた。
「話さなくてはならないことがある」
そう言うと、部長はまたも大きく溜息を吐く。初めて見る部長の様子に、何か重大な話だろうかと身構える。
「実は、俺が部に参加できるのは、この夏休みが最後となる」
さも一大事を告げるように、部長は重々しく言葉を発した。
「そうなんですか」と、舞耶が驚いた様子も見せずに軽く言う。
考えてみれば部長も副部長も三年なのだし、別段不自然でもないだろう。先代が卒業直前まで部に残り続けたため、部長もそうかと思い込んでいたせいで多少は驚いたが、先代が異常だっただけといえる。
「副部長もですか?」と尋ねる舞耶に、副部長は首を振った。
部長はどのような反応を期待していたのか、やや困惑したような表情を浮かべたが、「とにかく、そういうことだ」と大きく頷き「次の調査が最後になるかもしれないな」と呟くように続けた。
夏音は「あ」と短く声を発した。最後の調査が亨と夏音による悪戯で終わる可能性に思い当たったのだろう。
訝しむように夏音を見る部長に、夏音は「なんでもありません」と愛想笑いを返した。
部長の視線が外れると、夏音が、どうしよう、というような目で俺を見るが、素直に謝れ、と軽く睨む。
部長は鞄を手にすると、何やら重厚な本を取り出したが、それに引っ掛かったのか、件の紙切れが床に落ちた。
紙を拾い上げた部長がそれを開く。夏音が腰を浮かせたが、部長の哄笑がそれを止めた。
「天啓を得たぞ!」
半ば叫ぶように声を発した部長は、取り出した本の頁をめくり、机の上に開いた状態で置くと、その横に例の紙を並べた。
「見てくれ!」
目を爛々と輝かせた部長に若干の恐怖を抱きつつ、本の前に立つ。
紙は昨日見た亨の捏造だが、開かれた本の頁には、伝承の一部らしい、ある人が竜宮に至るまでが書かれている。
困惑しつつ、部長を見る。夏音と舞耶も同様らしい。
部長は「分からんか?」と、不思議そうに俺たちを見る。
「この本は全国の竜宮に関する伝承のみを採集した稀覯本だ。俺が部活動を続けることを夏休みまでとする条件として、昨日親から受け取ったのだ」
部長はそう言うと、含み笑いを漏らした。
「昨日読んだ時から、この伝承はこの近くのものではないかと目星を付けていたが、間違いないようだな」
何を言っているのか未だに掴みかねる様子の俺たちに、部長は狂気染みた目を向け、捏造記事を持ち上げる。
「見よ! 恐らくこの伝承は、この記事にある人物を基にしたものだろう! 純然たる事実というわけだ!」
確かに、話に類似する部分は見られるが、だからと言って事実だとするのは、飛躍しすぎだろう。
夏音が焦ったように俺を見る。半狂乱と言えるほどの部長の状態を見るに、冗談でした、と言おうものなら、卒倒しかねない。諦めろ、と首を振る。ふと視界に映った副部長は、顔を本で隠している。まさか、笑っているのだろうか。
舞耶が「えっと」と困惑の表情のまま声を上げ、「これからは、その本と記事を基に調査を進めるっていうことですか?」と尋ねた。
部長は「うむ」と大きく頷いた。
「まずは、調査場所の絞り込みを進めるが、それが済み次第、実地調査を行うぞ!」
こうなっては仕方がない。部長に従う方がお互いのためだろう、と俺たちは頷いた。
「それにしても、君らにしては珍しく、この記事の出所を聞かないのだな?」
舞耶が慌てたように「それは部長の親御さんからもらったものじゃなかったんですか?」と尋ねるが、部長は「心当たりがないな」と頷く。
俺たちを疑う様子が微塵も見えない部長に、さすがに心苦しくなる。副部長の顔は本で隠れたままだが、本を持つ手がわずかに震えている。
その後は調査場所を絞り込むための作業を進めたが、記事の内容や意図は既に知っているため、順調すぎる程に順調に進んだ。
「これならば、次回以降は実地調査が進められそうだな! 道具の準備が済み次第連絡するので待っていてくれ!」
部長は意気揚々と活動の終了を告げた。




